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昨日死んだの誰だっけ?
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「昨日、交通事故に遭って死んだのは確かに俺だ」

 大雅の言葉にやっぱりと納得すると同時に、じゃあ今目の前にいるお前は何なんだという恐れ混じりの疑問が口先まで出かけたが、とりあえず最後まで話を聞こうと言葉を飲み込んだ。
 せっかちな疑問が喉の奥に流し込まれたのを視線だけで見送ってから大雅は続けた。

「意識が朦朧として、ああ本当に俺死ぬんだな、と思った時、目の前に男が現れたんだ。でも一目でそれが人間じゃないって分かった。本当に信じられない話だけど、よく漫画とかであるだろ? 死際に悪魔が現れて契約を持ちかけてくるっていうの。まさにそれだったんだ」

 悪魔、という非現実的な言葉に口の端に苦笑が漏れそうになったが、大雅の目は大真面目だった。

「悪魔曰く、死について重要なのはその日に誰が死ぬかじゃなくて、何人死ぬかということらしい。だから死ぬのは俺じゃなくてもいい。代わりがいれば、誰でもいい。その上で悪魔はその代わりに璃空を指定して契約を持ちかけてきた」
「じゃあ璃空を身代わりにして蘇ったってことか……?」

 にわかに信じがたい話だ。だが、冗談を言っている風ではなかった。

「ああ、そうだ」
「どうして……」

 思わず責めるような声が出てしまった。
 確かに死にたくない気持ちは分かる。誰かが身代わりになって自分が助かるなら俺だって悪魔の契約にのるだろう。
 だがその身代わりが璃空であれば話は別だ。璃空は仲のいい幼馴染だ。それは大雅にとっても同じはずだ。

「俺だって迷ったよ。でも、俺はまだ死ぬわけにはいかなかった。……だって樹にまだ好きだって伝えてなかったから」
「え……」

 思いも寄らない言葉に耳を疑った。
 大雅が、俺を、好き……?
 それは悪魔との契約くらい信じられない話だった。
 俺と大雅は仲のいい幼馴染みで友達だ。一度だって好きだというそんな甘い感情を向けられた覚えはない。
 突然の告白に戸惑う俺に、大雅は何の前触れもなく唇を重ねた。
 その温かく柔らかな感触は、確かに生きた人間のものだった。
 触れるだけのキスをすると、すぐに大雅は唇を離した。微笑みの吐息が微かに唇に吹きかかる。

「よし、これで思い残すことはないな」

 困惑する俺を置いて、大雅はスクッと立ち上がった。そして俺の方を振り向いて笑った。
 今まで顔に貼り付けていた不気味なものではなく、爽快感すら覚えるものだった。

「さっきも言ったけど、今のところ死んだのは璃空ってことになってる。でもそれを変えることもできるんだ」
「え!」

 俺は目を見開いた。
 璃空の死を変えることができる。それはつまり、璃空が生き返るということだ。
 期待に胸が高なる俺に、大雅はポケットから薄い木箱を取り出し俺に差し出した。

「なんだ、これ?」
「いいから開けてみて」

 押し付けるように半ば強引に手渡され、俺は首を傾げつつその箱を開けた。
 中には鋭いナイフが横たわっていた。
 思わず目を見張る。それはどう見てもそれは本物で、刃先に触れると指先にスッと血が滲んだ。
 どういう意味だと視線を上げると、大雅は柔らかに微笑んだ。

「今日中にこれで俺を刺せば、元通り昨日死んだのは俺になる」

 穏やかに告げられた言葉に、俺は固まった。

「な、なんで。そんな……」
「さっき言っただろ? 昨日死んだのを俺にするのも璃空にするのも樹次第だ」

 確かに言った。だが、こんな重大な選択、受け入れられるはずがなかった。

「俺は一回家に帰って夕ご飯食べてくる。その後またここで待ってる。来なくてもいいし、来て俺をそれで刺してもいい。別に気負いする必要はない。樹に殺されるなら本望だ。それじゃ」

 ひらひらと手を振って大雅は公園から去って行った。
 残された俺は、受け取ったナイフの重さにしばらく茫然と立ち尽くしていた。


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