同人誌『殺し屋のはじめての殺意』のお知らせ【通販あり】
番外編B『殺し屋は恋人と一緒に暮らしたい』
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大概の人間において仕事はストレスの原因でしかないが、働かざる者食うべからずと言う言葉があるように、働かなければ生きていけないのが世の常である。
『あなたに合う求人があります!』
求人サイトに登録してから、こういった件名のメールが増えた。
ソファに座ってテレビを見ていた白月は、その胡散臭いほどの明るさが滲む件名のメールを開いた。そこに連なる求人情報を順番に見ていくが、これはと思うものがなかなかない。何をもってして『あなたに合う求人』と思ったのか求人サイト側に訊いてみたいものだ。
白月はハァと溜め息を吐いてソファの背もたれにしなだれた。
転職は難航していた。難航、といってもまだ求人情報を見ているだけの段階で、まだ履歴書すら書いていない状態だ。
それでも難航と言わざるを得ない原因は……――。
「白月、誰からのメールだ?」
風呂から上がった加賀井が、髪をタオルで拭きながらリビングに戻ってきた。
頭に思い浮かべた人物がやって来たので思わず肩が跳ねた。白月の反応であればどんな小さなものでも見逃さない加賀井が、それに気づかないはずがなかった。
加賀井の目が訝しげに細められる。
「なんでそんなにびっくりするんだ? まさか浮気じゃ……」
「違う違う!」
突拍子もなく繰り広げられそうな不穏な妄想を慌てて打ち切る。
「求人情報を見てたんだよ。ほら」
身の潔白を証明するようにメールの画面を見せると、加賀井が目を丸くした。
「求人って……白月、仕事をするのか?」
信じられないといった様子の加賀井に、白月はこめかみを引き攣らせた。
「するに決まってるだろう。いい大人がいつまでも無職でいるわけにはいかないからな」
「でも白月が働き出したら俺と過ごす時間が減ってしまう……」
しゅん、と悲しげに加賀井が言う。
「いやいや、普通の恋人たちはお互い仕事をして、それ以外の時間に会うのが普通だから。デートをするのにも金がかかるだろう? 人はそういった金を働いて稼ぐんだから、楽しいことばっかりじゃ人生やっていけないんだよ」
世の常識、世の摂理をどうして同い年の男にこんなに丁寧に説明しなければならないのだろうかと辟易しながらも諭すようにして白月は言った。
「デート代は俺が払う」
「いや、必要なのはデート代だけじゃないから。食費やら家賃やら生きるには色々金がいるだろ?」
「じゃあそれら全部俺が出す。あ、いっそ一緒に住めばいいんじゃないか?」
さも名案とばかりに目を輝かせてそう言うと、加賀井は嬉々とした様子で白月の横に腰を下ろした。
「そうすれば白月が必要な時に金をあげられるし、一緒に過ごす時間も増えるしいいことづくしだ」
旅行の計画でもするかのように楽しげに話す加賀井に反して、白月は顔を顰め、心の中で面倒なことになった≠ニ溜め息を零した。
加賀井は白月に関する名案――大概それは白月にとっては迷惑に他ならない――を思いつくと頑としてそれを貫こうとするところがある。これを覆すには相当に骨を折る。無駄骨になることも少なくない。
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