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同人誌『殺し屋のはじめての殺意』のお知らせ【通販あり】
番外編A『殺し屋は恋人の胸の内を知らない』

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 お互い出不精ということもあり、デートは専ら加賀井の家で宅飲みすることが多いが、今日は隣町の大型ショッピングモールで『北の味フェア』という催し物をしていたため、夕食の買い出しがてらそこまで出向いた。
蟹やウニ、海鮮丼など北海道や東北の特産品の数々に白月の胸は躍った。
「他に買うものはないか?」
 一通り店を見た後、加賀井が確認してきた。
「うん、大丈夫。というか買いすぎたな」
 加賀井と自分の手を塞ぐ戦利品の数々を見て白月は苦笑した。
本当は夕食分とデザートだけと思っていたのだが、試食をして白月が好反応を示せばすぐに加賀井が購入したので気づけば二週間は食に困らないのではないかというほどの量になっていた。
「そうか? 二人で食べればすぐだろう。もしかして荷物が重いのか? やっぱり俺が持つ」
「いやいや! 大丈夫だって、荷物ぐらい自分で持つから」
 伸びてきた加賀井の手を、慌てて体ごとひねってかわす。申し訳ないことに、懐の寂しい白月に代わって、加賀井が全てお金を出してくれたのだ。その上、荷物まで持ってもらうなんてことはできなかった。
「でも白月は細いし体力ないからきついだろ」
「いや、細くないし。これが普通だし。筋肉もちゃんとあるし」
 加賀井に他意はないことは承知だが、それでも男の矜持を傷つける言葉は聞き捨てならずムキになっていると、
「あれ? もしかして白月君?」
 背後から声を掛けられ、反射的に振り返った。人混みの中こちらを見ている声の主と目が合った瞬間、しまった、と振り返ったことを早々に後悔した。
「やっぱり白月君だ〜!」
 内心焦っている白月などお構いなしに、女は相好を崩してこちらに近づいてくる。
「……誰?」
 隣の加賀井が露骨に不機嫌になって訊いてくる。
「えっと……」
 どう答えるべきか言い淀んでいるうちに、女が白月の前までやって来た。
「久しぶり!」
「あ、うん、久しぶり……」
 屈託のない彼女の笑顔に気圧され、口の端をなんとか持ち上げる。
「なに、その曖昧な笑い。もしかして私のこと憶えてないの?」
 白月の引きつった笑みに、女が不満そうにむくれた。白月は慌てて首を横に振った。
「そ、そんなわけないだろ。憶えてるよ」
 憶えていないはずがなかった。彼女は大学時代に付き合っていた、人生初の恋人だ。
 出会いはバイト先の飲食店で、彼女――板野律子(いたのりつこ)もそこで一緒に働いており、新入りの白月の面倒を色々と見てくれた。サバサバとした性格だが面倒見がよくみんなに慕われていた。いわゆる姐御肌タイプの女性だ。
 最初はその歯に物を着せぬ言い方に、内心苦手意識があった白月だったが、次第に慣れてくると、むしろその裏表のない性格が好ましく思えた。
 アプローチしてきたのは、意外にも彼女からだった。何が琴線に触れたのかは分からないが、食事や映画に誘われ、五回目のデートの時に白月から告白したのだった。
「よかったぁ、憶えててくれて。なにしろもう最後に会ったの十年前だもんね」
「そ、そうだな……」
 ほっと肩で息を吐く彼女に曖昧に笑みを返しながら、加賀井の方をちらりと見遣る。案の定、雲行きのよくない表情をしていて、内心ひやりとした。
 これは何としても元恋人だと露呈する前に早く立ち去ってもらわねば……。
「白月」
思った矢先に、加賀井が口を挟んできた。
「この女は誰だ?」
 あからさまに敵意を剥き出しにした物言いに、さすがの律子も面食らった様子で目を見開いた。
 しかし、さすがはというべきなのか、律子はすぐに人好きのする笑みを浮かべて加賀井に向き直った。
「あはは、ごめんね、いきなり話し込んじゃって。ついつい感動の再会にテンション上がっちゃてさ」
 おふざけで彼女が口にした『感動の再会』という言葉に、冗談が通じない男の眉が神経質にぴくりと動いた。
 嫌な予感しかせず、白月がフォローに入ろうとした時、
「私、白月君の元カノの板野律子って言います! よろしくね」
 冗談の延長のように軽いノリで暴露した律子に白月は頭を抱えた。


(中略)


「……不安なんだ」
 ぼそりと、沈鬱な声音で胸の内を吐露するように加賀井が呟いた。
「俺は白月が望むことなら何だってしてあげたいけど、さすがに子どもは作ってあげられない。もし子どもが欲しいと思ったら俺にはどうすることもできないからな……」
 指をナカから引き抜くと、加賀井はぎゅっと腰を抱き寄せた。それは子どもが母親に縋り付くような甘く儚い力だった。


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あきゅろす。
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