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【電子書籍のお知らせ】 殺し屋のはじめての殺意
『殺し屋は恋人を誰にも触れさせたくない』サンプル (H30年、秋庭頒布)

(中略)

 さっさと食事を済ませて店を出よう、と白月はこの店一押しのエッグベネディクトを無心に食べていると、
「……あれ、白月?」
 名前を呼ばれビクリと肩が揺れた。聞き覚えのない声だが、こちらの名前を知っているということは親交の深さはどうであれ知り合いであることに間違いない。
 元職場の人間かもしれないという嫌な予感が胸を過るが無視するわけにもいかず、白月はゆっくりと、できれば聞き間違えであってほしいと願いながら顔を上げた。
 テラス席と街路を区切る花壇を挟んで立つ男は、白月の顔を認めると相好を崩した。
「やっぱり白月だ! うわ、久しぶりだな」
 花壇から身を乗り出さん勢いでスーツを着た男が話し掛けてくる。男に憶えはなかったが、彼の笑みや声が心地よいほど快活なものだったので不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ好意的な笑みを向けてくれる彼を思い出せないことが申し訳ないくらいだ。
「えっと……、すみません、どこかでお会いしましたか?」
「え! 憶えてないのかよ! 山下だよ、山下! ほら、小五の時同じクラスで漫画の話をよくしただろ」
「え! うそ、山下?」
 白月は驚きのあまり思わず椅子から立ち上がった。

(中略)

――カシャン
 乱暴な音ではないが、苛立ちを含んだ鋭い音がして白月たちは音の方を見ると、加賀井が右手の甲に顎を乗せじっとこちらを暗い目で見上げていた。左手はソーサーの上に置かれたコーヒーカップの取っ手を握っている。どうやら先ほどの音はソーサーの上にカップを置いた時に生じた音のようだ。
 睨むというほどあからさまではないが、機嫌が悪いのは明らかだった。白月は内心慌てた。この場を取り繕うとして口を開いたが、それより早く山下が声を上げた。

(中略)

非難を込めて睨むより早く、加賀井が口を開いた。
「……俺の前で他の男といちゃつかないでくれ。嫉妬で頭がどうにかなりそうだ」
「……は?」
 痛切な響きを含んだ加賀井の言葉に、白月は目を丸くした。
 恐らく山下とのことを言っているのだろうということは予想はつくが、誰がどう見てもあれは普通の会話であり、それをいちゃついていると捉えることが理解できなかった。

(中略)

「……白月、約束してくれ。俺以外にあんなに可愛い笑顔を見せたり、体を触らせたりしないでくれ。俺の前ではもちろん、俺のいないところでもだ」


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あきゅろす。
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