髪をあらいましょう セントビナーの街についてルークは開口一番 「俺、ガイと同じ部屋な」と高らかに宣言した。 その言葉にティアがきっと眦を決して 「勝手な事を言わないの」と冷たく言い放つ。 「んだよ、冷血女!」 「私は構いませんよ。軍への報告書を作成したいですから」 珍しくジェイドがルークの後押しをする。 「じゃ決まりだな、ガイ、行くぞ」 え、俺の意思は?と口を挟めるはずもなく。そもそもガイもルークの提案に心のどこかで安堵の息をついていたからだ。 ぐいぐいとガイの手を引っ張ってルークは後ろを振り返ることもなく部屋に向かう。 「悪いな、またあとで」 引きずられる形になりながら、ガイは旅の仲間たちに手をあげる。 呆れた視線をおくりながらも、押し付けられたチーグルをギュっと胸に抱きしめながらティアは黙って見送った。 ルークは安い木造の扉をバタンと後ろ手に閉めると、そのままそこから動こうとしない。 「どうした?何かあったのか」 気遣うガイの言葉に、ぐっと一度唇を噛み締める。 そして何かを決意したように、ばっと顔をあげてガイの顔を見据える。 「かみっ!!」 は? 噛み付くような口調で放たれたルークの単語にガイは青い目を数度瞬かせる。 うーっとみるみる頬を髪と同じ色に染めると、次はぼそぼとと途切れ途切れに話しだす。 「か、かみの、洗い方、お、教えてくれよ」 ああ、それで。 漸く合点がいった。 ルークは屋敷にいる間、自分で髪など洗ったことがない。 身体とはちがい、髪はその最中は目を瞑っているのでどのような事が行われているのかわからないままであったのだ。 その事をガイに尋ねたくて、二人部屋を希望したのだろう。だが、それを素直に皆の前に出せる性格でもない。ティアはルークを傲岸不遜だととらえているようで、必要以上にきつく諌めている。 損な奴だ、とガイは内心やれやれと溜息をつく。 「なんかさ、いつまでたっても、泡が残ったまんまだしよ、屋敷ん時と違って髪ばっさばっさになるし、あいつらに聞けねえし」 どれだけシャンプーを手にしたのだ。まさか備え付けのシャンプーを全部をその髪にかけたわけじゃないだろうな。 ガイは、ルークが焦れたように「がーっ、まだ泡が残ってやがる!」と悪戦苦闘する様子が詳細に脳裏に浮かんで、思わずぷっと吹き出す。 「わ、わらうなっ」 拳を作ってガイの腕目がけて繰り出す。威力はさほどないのだが、ガイは一応形ばかりに痛がってみせる。 「いてて、悪かったよ。お詫びに教えてやるよ、先に風呂場に行ってろ」 すると、ぱっと顔をあげる。もう拗ねて怒っていた衝動は消え失せている。 「わりぃな、じゃ先に行ってる」 バタバタと着替をもって浴室に駆けるルークの背をガイは見据える。 ルークは「ありがとう」は口にしない。 だが、何か頼む時は「わりぃな」と一言必ず添える。 そういう処がガイには好ましく映る。 記憶を失うルークは隙がなく何でも完璧にこなそうとする少年であった。今のルークは欠点だらけで誰にでもケンカをふっかけていくが、その心根は実に優しい。 ベストを脱ぐと、肘のあたりまでシャツの腕をまくる。 「おっと」 ブーツも脱いでスパッツをふくらはぎあたりまで引き上げると、裸足で浴室に向かう。 だから、俺はルークの願いに弱いんだよな、と柔らかく自嘲しながら。 タオルを腰に巻いて、じーっと真剣な眼差しをガイの掌に送る。 「そんなに熱く見つめるなよ」 「う、うるさい」 赤い髪の先から水滴がぽたぽた落ちて肩を濡らしている。 「まずは手にとって、そう。お前の場合は髪が長いから、ほら硬貨の二回り大きいくらいで、そう。それでいい」 「へ?これだけ?」 拍子抜けしたように問いかけるルークに、ガイは眉尻を下げて笑う。 「お前、宿屋のシャンプー空にしたんじゃないだろうな」 「………い、いや、してねえよ」 目を泳がせるルークに、したな、とガイは胸の内で確信してにやっと笑う。 ルークが口を尖らせながら先を促す。 「次だ、次!このまま髪にもってけばいいのか?」 「掌でまずは少し泡立てろ、そう、それから髪に指を差入れて」 「こ、こうか?」 ガシガシかき混ぜようとするルークにガイは慌てる。 「地肌は優しく、メイド達はそんなに乱暴にお前の髪を洗わなかっただろ」 ああそうか、とルークは納得してゆるゆると指を動かす。 それをじっと見詰めながら、屋敷ではルークは指一つ動かさずとも皆が何でも用意してくれていた。 それが当然の生活を送ってきた。 俺と相部屋になったのだから身の回りの支度を命じれば済むだけの話だ。 なのにルークは俺に教えを乞い、素直にそれを聞き入れ、自分一人でこなせるように努力している。 キムラスカのあの檻から一度も出たことがないルークが、敵国であるマルクトに飛ばされた戸惑いは計り知れない程に大きかったはずだ。 奇妙な同行人となった彼らの前では、不平不満も隠さずに口にするし、傲慢な態度をとる。 だが一方ではこうして素直に教えをこい、自分で事を成し遂げるために努力もする。 ふいに胸に何かが溢れてくる。ちくり、と何か痛むような。 その正体がガイにはわからない。 「なあ、ルーク。シャンプーの分量ややり方は大体わかっただろ。今日は頑張ったお前に俺が髪を洗ってやるよ」 「えっ、いいのか」 嬉しそうにルークは顔を輝かせる。 それをみると今度はじわりと胸が暖かくなっていく。 「お前、一人で頑張ってきたもんな。ほら、湯につかれ、身体が冷えてきてる」 ルークは少しばかり思案する。湯船は屋敷の時とは違い何も入れられておらず透明なままだ。 タオルを腰にまいたまま入るのはマナー違反らしいが、この場合は仕方ないよな、と自分に言い聞かせてそのままつかる。 ガイは手早くタオルを湯で濡らして絞ると、浴槽の縁にそれを置く。 ルークにそこに首をのせてほうっと息を付く。 じわり、とタオルによって首が温まり、筋肉がほぐれていくのがわかる。 浴槽の外に垂らされたまだ赤い髪にガイは指をさしいれ、ゆっくりと髪を洗う。 ああ、きもちいい、とルークはほうっと息を吐く。 ガイの指が優しく自分の頭を洗っているから、つい気持ちよくなって目を瞑る。 「昔は俺が髪を洗ってやってたんだよな」 ガイの言葉に、ルークは昔を思い出す。 とにかく昔は「ガイがいい、おまえたちじゃイヤだ、ガイがいい」とひたすらダダをこねていた。 あまり思い出したくないな、とルークは僅かに眉を寄せる。 だが、それが一変したのは4年ほど前。 「ガイはこっちくんな」とばかりに身の回りの世話からガイを徹底的に排除した。 それ以外の事は変わらずにガイとべったりだったのだが、ガイに身体を洗ってもらう事も、衣服を整えてもらう事も急に我慢ならなくなったのだ。 その衝動の理由をルークは最近自覚した。 ガイは「子供扱い」するのだ。 メイド達のように事務的にこなすのではなく、兄が弟の面倒をみるような色合いが濃かったのだ。 だからこそこれを続けていたらいつまでも「対等」にはなれない、と、無意識に危機感を覚えたルークがガイを遠ざけたのだ。 「よし、もういいかな、シャワーで流すからな」 ルークの顔に水がかからないように、生え際を手でひさしのようにあてながら、ゆっくりと流し始める。 マメだなあ、お前。 くすりとルークは笑う。それを見てガイが 「なんだ、身体も洗って欲しいのか」 楽しげにからかい始める。 「ばっ、ばっ、ばかかっ、俺をいくつだと」 思いがけない言葉に狼狽したルークが、髪を洗っている最中だというのに、反射的に身体を起こしてしまった。 押されるような形で、ガイの手からカランが離れ、シャワーが方方に湯を撒き散らす。 「っと」 シャワーの湯がガイの身体を濡らす。 「だ、大丈夫か」 「大丈夫。湯だし、どうせ今日は洗濯するつもりだったしな」 衣服がびちゃびちゃに濡れている。 殊更陽気な声で「それに、俺がからかったのが原因だしな。悪かったよ」と先手を打ってガイが謝る。 シャワーをとめると 「さ、俺のことは気にせずにゆっくりつかっていろよ」 そう言うと、脱衣室へとガイは消えていった。 それを無言で見送ったルークは大いに狼狽していた。 や、やばい。なんでだ。 ルークは浴槽のなかで膝を抱えた格好で、背を丸める。 野外も多かったからヌケなくて溜まってたし、さっき髪洗ってもらって気持よかったし、だから別に濡れたシャツが肌に張りついていたのをみて勃ったわけじゃないからな! と、誰にしているのかわからない言い訳を必死に胸の中で並べていた。 そのルークの耳に、扉一枚隔てた向こうで、水分を含んだ衣服を脱ぐ音が入ってきた。 それだけで、益々熱を持ち始めた自分の下半身に「頼むから落ち着けって」と小声で顔を真っ赤にしながら懇願していた。 終 去年の秋くらいにナナさんに押し付けた話(またか 無自覚に意識しているルクガイを書きたかったとです。 自分の中で三部作として考えている話です。長髪ルーク編、短髪ルーク編、ED後編でおしまいという感じです。 まだ長髪しか書いてないけど← ルークは髪を上手に洗えなかっただろうなっていう妄想から発生した話でした。 小話3TOPに戻る TOPに戻る [*前へ][次へ#] |