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侵食
「あなたが探していた絶版本ですが、うちにありましたよ」
その言葉にガイの瞳はキラキラと輝く。がしっとジェイドの手を掴むと
「今日、ジェイドのお宅におじゃましてもよろしいでしょうか?」とバカ丁寧に弾んだ声で尋ねる。
ジェイドの中でガイの反応は想定していたので「構いませんよ」と笑ってみせる。
あの旅で目の前の青年が音機関となると、いつもの常識人ぶりは何処へやらな豹変ぶりを目の当たりにしてきたので耐性はとうについている。
互いに仕事が残っているので、待ち合わせ場所とおおまかな時間をきめてから別れる。
二人は「仲間」であり「友人」という間柄であった。
だが、必要以上に相手のプライベートに踏み込むことはないため、これが初めての訪問であった。


ガイはジェイドの私室に足を踏み入れると、まずきょろきょろと部屋を見回し僅かに眉を顰めた。
あまりに殺風景だったからだ。
ジェイドの性格上、綺麗好きで余計なものは置かないであろうとは予想はしていたが、あまりに寒々しいのだ。
ベッドサイトのテーブルにそえられた花は、部屋の無機質な空気のせいで、どこか色あせてみえる。
極端に私物もおかず、まるで引っ越してきたばかりか、もしくは、今日にでもここを引き払っていきそうな程だった。
生活感がないというのだろうか。この場所にジェイドが暮らしている生活の温度の欠片すらガイは見いだせないでいる。
だが、この寒々しいくらいに何も無い、とてもさみしい部屋に彼は安堵するのだろう。
「なあ、旦那。あんた、音楽はきくよな」
突然のガイの問いかけに、ジェイドは訝しげな表情を浮かべた。
「ええ、聞きますよ」
本を受け取ったガイは、にっとジェイドに笑って見せる。
「じゃ、この本のお礼をさせてくれ。明日またここに来てもいいかな」
とある人物が勝手に送りつけてくるサイン入り譜業本を引きとってくれるだけで、ジェイドにとってはかなり有り難いので礼などは不要である。
だが、それを固辞すれば、目の前の青年が困る性格なのも承知している。
一呼吸おいてからジェイドは「かまいませんよ」と了承する。
「じゃ、明日。訪ねさせてもらうよ」
そう言って大切そうに本を胸にだきながら、足早にガイは去っていった。


そして翌日。
ジェイドはガイの手にしたものを無言で凝視している。
「確かに音楽は聞くと言いましたが、蓄音機が我が家にないとでも?」
漸く開いた口から毒や刺を含んだ言葉が飛び出したが、ガイは気に止めずに笑ってみせる。
「ま、そりゃあるのは知ってるさ。ただ、この部屋にはないだろ。眠る前に音楽かけるとか、なかなかオツなものだぜ」
部屋で音楽を聞くには確かに適した大きさではある。
「そしてこれがディスクだ。旦那にはあまり馴染みのないジャンルのをいくつかな」
「ガイ…」
「置き場所は、そうだな。このサイドボードの上なんていいんじゃないか。ベッドから程よい距離だし」
「ガイ…」
「うん、ほら、ぴったりだ。その横にディスク置いておくな」
ジェイドに構わずにガイは捲し立て、そしてそのまま押し付けて、昨日と同じように足早に部屋を去っていった。
部屋に残されたジェイドはやれやれと肩をすくめると、ボードに歩み寄って、程よい大きさの蓄音機を手に取る。
手にした蓄音機をどこかに収納しようと右足を一歩踏み出したところで、そのままピタリと立ち止まる。
五分ほどその姿勢のまま微動だにしなかったジェイドは、静かに振り返り、手にしたそれを元の場所におさめる。
それから、やれやれと肩をすくめて、ガイの持ってきたディスクを一つ掴んだ。


それから二週間程、ガイは毎日ジェイドの私室を訪れ続けた。
毎日、何かしら手にしてくるので、ジェイドの部屋にはあれこれ雑多な譜業が飾られている。
初めて訪れたジェイドの部屋を満たしていた、無機質で空虚な空気は霧散している。
「今日はなんですか」
長い髪を後ろで緩やかに一つにまとめ、いつもはきっちりと留められている白いシャツのボタンは上のいくつかをはずし、ラフな格好で腕を組んで出迎えている。
ガイの来訪はジェイドにとって日常のヒトコマになり、気を使う相手ではなかったからだ。
いつもの呆れを含んだ深い溜息をつくジェイドに、ガイは気にすることなくにこっと笑うと、後ろに隠し持っていた自慢の逸品を差し出した。
「手作りの卓上扇風機だ。寝苦しい夜にこれがあると便利だろ」
目を瞬かせたジェイドだが、すぐ次に緋色の瞳を細めて口元だけの微笑を浮かべる。
「残念ですが、私は寝苦しいと感じた事が一度もないんですよ」
その言葉にガイは、はた、と思い出す。あの火山でも砂漠でも常に涼しい顔をしていたジェイドを。
「あー、そうだったな。あんたは」
失念してたな、とガイの癖である視線を軽く落とし後ろ頭を掻いていたため、ジェイドがいたずらっぽい表情をのせた事に気づかなかった。
「実はですね」
声を潜めて、一度言葉を切る。
ん?と興味をひかれ、ガイはジェイドを仰ぎ見る。
「譜術を使っているのですよ。暑い時は、そうですね、アイシクルなどの冷気系の魔法を自分に纏わせています。
皮膚の表面のわずか数センチ程まで冷気を全身に纏わせているため、暑さを感じないんです」
その言語にガイは青い目を丸くする。
なるほど、それであの火山でも汗ひとつかかずにいたのか。
「今も、ほら、冷気を纏わせていますよ」
「本当か!!」
腕を広げてみせたジェイドに、興味に顔を輝かせたガイは思わずジェイドの身体に飛びついた。
長身の二人はそう目線もかわらないので、僅かに顔を俯かせジェイドの首筋よこにべったりと顔をひっつける。
…………全く冷気は感じなかった。
「……ジェイド…」
からかわれた事に気づいたガイが低音で名を呼ぶと、くくく、とこらえきれぬ笑いがジェイドの口から漏れる。
いつの間にか、ジェイドの腕の中にすっぽり収まる形になっており、ガイの背に回された腕は解く気配はない。
「侵食されている、と感じます」
侵食?急に何を言い出すのだ、とガイは訝しげにジェイドに視線を送る。
だがジェイドは意図的に視線を合わせようとはせずに、淡々と言葉を紡ぐ。
「例えば、私の部屋にあなたの趣味の結晶が増えて、じわじわと侵食されていいます」
迷惑だったか、と身体を硬くするガイだが、次の言葉で胸にぽっと灯りがともるように明るくなる。
「でもそれがとても心地良いのです。じわじわと、あなたに侵食されるのは心地良い。
今もこうしていると、あなたの体温が私を侵食している」
もっと違う言葉があるんじゃないだろうか、とガイは思うが口に出来ない。
何故ならジェイドの言葉の一つ一つに胸が早鐘を打って、体温がじわりとあがってくるからだ。
熱をもった頬を隠すために、ジェイドの首筋に顔を埋める。


もう少し気の利いた愛の告白ができなかったもんかねえ、と振り返ってガイがジェイドをからかえるようになるのは、これから三日程後のこと。





実はこの話をかなり書きたかったわけです。
ジェイドは本気の恋じゃなければ、いくらでも愛の言葉をためらわずに使うんだろうなって思うわけです。
逆に本気になったら、すごーーく遠回りな事言い出すか、は?と思うような言い回しするんだろうなあって。
あと、ジェイドの部屋が人の住んでいる気配のしない事に、ガイのお世話焼き魂に火がつけばいいなって。
それと、しらっと「冷気を纏わせている」と大嘘ぶっこくジェイドとか。
そういうJGで書きたかった事を全てぶち込んで書きました。すっきりしたあああああ。
この二人のえろを書こうとすると一気にハードル高くなるのですが(自分的に)
恋愛一歩手前の二人を書くのは好きなのだとわかりました。
ちなみにジェイドに本を送るのは当然ディスト。

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