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80000 公爵ガイ 修道士ガイ 後編
それは、蒼い月光が冴える夜であった。


公爵家の私設兵団である白光騎士が、甲冑の音をたて慌ただしく屋敷奥へと向かう。
そこはこの家の主人の私室である。
跡取りの双子が軍の寄宿舎に入ってから、奥方様が病に伏せておらずともその部屋を寝室として頻繁につかうようになっていた。
開かれた扉から部屋の様子がうかがえる。
寝台の手前、真紅の絨毯の上で見知らぬ男が膝を付いている。その首には男の背後に左右に立つ騎士の槍が交差しあてられている。
その正面にたつのは公爵。そしてその足に縋りながら、青い目に涙をため、悲痛な声で哀願しているのはガイである。
「お、お許しを。あ、あ、あに、兄なのです。兄は、兄のいのち、だけは」
「兄と申すか。お前とは似ても似つかぬこの男を」
低く、怒りを湛えた声であった。公爵の怒号に慣れた騎士の男達も、甲冑のなかでぞくりと背を震わせるものであった。
だが、ガイは怯むことはなかった。
「きょうか、い、の。兄と、慕った、」
もつれる舌を叱咤しながら、ガイは言葉を連ねる。
宵闇に隠れ屋敷に侵入したその男は、公爵の愛人と公然の秘密であるガイを連れ去ろうとした。
だが不幸にも、予定より早く戦場から帰還した公爵がいたのだ。
男は自分のために必死で命乞いをするガイを見つめていた。
それから視線を公爵へと上げる。
ガイよりも深い蒼い瞳がまっすぐに公爵を見る。そこには冷たい鋭利な刃のような剣呑さと怒りを湛えている。
それを受け、公爵は身の内からこの上ない憤怒の念が沸き起こった。
「その男の両目を抉れ!剣を持て!私が首を刎ねてやる」
簡潔で残酷な命令に、喉から血が迸るような悲痛な声がガイの口からあがる。
皺になるほどにきつく公爵の衣服を握りしめ、泣き叫ぶ。
おねがいします、いのちだけは、おねがいします。たすけて。
子供のように、ただただ同じ言葉を繰り返す。だが、公爵は命を覆すことはない。やれ、とばかりに顎をしゃくってみせる。
騎士の一人が闖入者の目に剣の切っ先をあてようとした時に
「まあ、これは一体なんの騒ぎですか」
と場にそぐわない穏やかな声が部屋に響き渡る。
シュザンヌであった。メイドを従えて、剣呑な空気に満ちた部屋に歩みをすすめる。
「あら、ガイ。顔色が真っ青ですよ。そしてこの方は?」
「お、おく、さ、ま」
「屋敷に侵入し、ガイを攫おうとした男だ」
「ガイのお知り合いの方?」
にこりと微笑むシュザンヌに、ガイはこくこくと首を縦に振る。
「何か哀しい行き違いがおこったのでしょう。屋敷を血で穢すのは悲しいことです」
「お前は黙っていなさい」
「憲兵に引渡し、裁きを受けるのが正しい道のはずです」
「シュザンヌ、口出しは無用だと言っている」
「……あなた。ガイも、そしてこの私もこのように頭を下げているのです。受け入れてくださらないのですか」
常ならば公爵を「旦那様」と呼び一歩引いた立場を貫くシュザンヌが、こうも大勢の前で「あなた」と呼ぶ。それには穏やかな口調でありながらも引くつもりは微塵もない事が窺える。
空気が確かな緊張をもって張り詰める。
それを破ったのは公爵であった。手を振り、構えていた騎士に剣を下ろさせた。
「よろしい。ここはお前の顔をたてるとする。城の憲兵に引き渡せ。明朝私が登城し、経緯を説明する事を伝えておけ」
は、と短く応え、男を後ろ手で縛ると、引っ立てる。
「ヴァ……」
男はガイを見据え、小さく口を開く。言葉になどなっていない。だが伝わったのか、ガイは安堵の涙を流した。
そこに確かな絆がみえ、益々公爵を苛立たせた。
シュザンヌがガイに寄り添い「よかったですね」と声をかけているのを背で受けながら、公爵は騎士団長を呼ぶ。

「登城途中でわざと逃がせ。そしてバチカルから逃げた所を捕まえ、どこかの地下牢にぶち込んでおけ」

団長は心得たように手を握ると胸の前にかざし、それから男を連行する騎士たちに何かしらの合図を送る。
じわじわと嬲り殺してやろう。誰であろうが私のものを穢すことなど許しはしない。

だが、公爵の考えを嗤うように、男は見事に追手から逃れ行方は杳と知れない。



**********


明け方の空気は冴え渡っている。
寝台からおりると、その気配で意識を取り戻したのか、ガイがうっすらと目を開ける。
「まだ寝ていなさい」
「いえ。もう大丈夫です」
先ほどまでの濃厚な情交でガイは意識を飛ばしていたのだ。
ガイを家に引き取り、もうすぐ三年になる。
青年期に差し掛かったしなやかな筋肉のついた身体には、ほうぼうに赤い鬱血痕と噛み傷が散らばっている。
「今日は息子たちが戻ってくる。世話は当分必要ない。身体を休めておくがいい」
見上げてくる青年の顎を掴み、唇を軽くついばむとそう命じる。
はい、と素直に返答するガイに満足そうに頷く。
ガウンを身に纏い、浴室へと向かう足をとめ、寝台を振り返る。
「昨夜も言ったが、我が息子たちとお前は身分が違う。必要以上にあれらと部屋に居ることは許可せぬ。わかったな」
「はい」
息子が、ガイに密かに懸想している事は明らかだ。ラムダスにも目を光らせておくように後から言っておかねばならぬな。
そう思いを馳せながら浴室の扉を開けた。






「ガイ、笑ったんです。嬉しそうに、すごく幸せそうに」
ルークの言葉に、公爵は眉間の皺を深く刻み、不快げに顔をしかめた。
「俺は、ガイをあんな風に笑わせてあげられない。それは、父上、あなたも」
「くだらん。私が訊きたいのはそんな戯言ではない。ガイをさらった男の特徴を言いなさい」
「わかりません。振り向いた時視界は真っ黒に塗りつぶされました」
「ならもう用はない。部屋にさがりなさい」
「……はい」
ばたりと扉の閉まる音が公爵の耳に届くと、漸くつめていた息を吐き出す。
何処に逃げ隠れようとも必ず見つけ出す。




小さな可憐な花を好んだ。風雪にさらされればすぐさま散ってしまうような儚さを彼は好んだ。
誰にも手折られたくなく、冷たい氷の籠のなかに閉じ込めておいた。
空っぽの籠を持ち、彼はほうぼうを探しまわるだろう。その間は、深く深く愛した者に去られた心の空洞に気づかずにいられるから。
氷の籠を抱き、その冷たさに心が凍りついてしまうまで。




色々本当にすみません

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