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首と劣情 1
公爵×ガイ(14歳)


息をひそめるような深夜の静寂に軽いノックの音が響いた
寝間着にガウンを羽織り自室で書類に目を通していた公爵はその音に糸が重なり縺れるような微かな焦慮を感じ
そして同時に自分は“その事”を知っていたのだという事実に気がつく


彼が入室を許可すればキィと微かな音を立て扉が開き
そしてクリムゾンの予期した通りの人物が部屋の中へと入り後ろ手で静かに扉を閉じた


「旦那様」


少年は真っ直ぐに公爵を見つめる
その視線はあまりにも高潔な光を宿していて静かな気迫と毅然とした様に公爵の胸が熱く焦がれた


あぁ、やはりお前の子だよ
こんなにも強く美しい


「旦那様、お命頂戴しに参りました」


ガイは淡々とした口調でそう言うとスッと背を伸ばし左足を軽く後ろに引いた
重心を少し低めに保ち顎を引くと彼の体がしなやかな流線形を描く
独特の構えは父親のそれと瓜二つで隙の無い体貌は芸術的だ


「剣をお取り下さい」


「…旦那様、か
私を恨んでいるのだろう?」


クリムゾンは羽織っていたガウンを脱ぎ
傍らに置いていた剣を手に取った
慣れた重みに神経が集中する

ジリッと間合いを取り豹のような鋭い眼光でこちらを伺う美しい子供とその殺気に公爵はブルリと震えた
それはおかしな事に歓喜であり興奮であり
そして欲情であった


「我が名はガイラルディア ガラン ガルディオス
一族の仇、取らせて頂く 剣を抜けファブレ」


天井から下がる照明の仄かな灯りが揺れ
奥行きを暗い影が覆う息苦しい室内に凛とした静かな声が明瞭に通る

風のようだな
そう思いながらクリムゾンは鞘から剣を抜く
それは王に相応しい彼の父を殺し
高貴で愛しい彼の母を貫き
楽園であったあの地を落とした剣だった


床を蹴る微かな音の後、キィと刃の交わる音が広い部屋に響く
力では敵わないと知っているガイはスルリと剣先の軌道を変え
瞬時に公爵の懐へと飛び込んだ


ガイは強かった
クリムゾンはけして彼を見縊っていた訳ではない
けれど彼の見た目よりずっと激しい心の内が剣先から伝わり
少なからず公爵を動揺させた


そしてクリムゾン自身気づいていなかったがそもそも公爵にはガイを殺す気持ちが毛頭なかったのだ
しかしだからといって殺される訳にもいかない
その矛盾が、捻れが、気づかなかった愛情が
クリムゾンに膝を突かせた


脇腹に重い痛みを感じながら上等な絨毯に膝をついた時初めて公爵は気がついた
自分は愛していたのだ
ユージェニーの事もジグムントの事も
そしてガイの事も


ガイが躊躇なく剣を振り下ろす様をクリムゾンは視界の端で捉える


彼らを愛している
けれどそれは友や家族に向けるような純粋な愛情では無い
それは色欲や独占欲を含む歪んだ、そして一方的な物だ
はたしてそれを愛と呼べるのかそれすら定かではない
清純とは対極に位置する汚らわしい欲望


いびつに歪み悪臭を放つソレ
けれど抗う気にすらなれないのは永遠に失ったと思ったものが目の前にあるという奇跡のようなガイの存在だった


クリムゾンはぐるりと体を回転させる
ガイの一閃は首を僅かに逸れクリムゾンの皮を掠ったに留まった


ガイの剣が床に突き刺さり
その隙に公爵は素早く起き上がると彼の首元に剣を突きつける

ガイは悔しそうに眉を寄せたものの然程表情に変化は無く
沈黙し固着する空間へ言葉を落とした


「…何をしている、早く殺せ」


14歳の子供とは思えぬ声と眼光でガイが公爵を睨みつける
運命に屈さぬ強さと命を惜しまない危うさ
そして途方もない憎しみが溶鉱炉に溶かされた鉄のようにドロドロと彼の瞳の奥で燃えていた

骨まで蒸発しそうなその視線に唾を飲み込み
早まる鼓動を隠しながら公爵は傲慢に話す


「いいのか?それで
敵討ちも出来ずに野垂れ死ぬのが本望ではあるまい」


だがクリムゾンの挑発にガイは何の反応も示さない

ガイの目は恐ろしい程に静かだった

灼熱の視線を送るのに瞳には奥行がなく曇っている
死を受け入れ、望んでいる者の目だ
焦燥が公爵の肩を掴み激しく体を揺さぶった


「…今お前が死ねばルークを助ける者はいなくなる
元々逃れ切れぬ運命とはいえルークの死は確実となるのだな」


その言葉は思いつきのようなものだった
ガイは当然ルークだって恨んでいる筈なのだ
だからこの言葉に意味など無い
無いはずだった


「それは、どういう事だ」


サッと空気が色を変える

初めてガイの瞳が怯えを見せた
声に動揺が現れ表情が14歳の少年に戻る


意外な反応に公爵は瞠目した

ルークの事ならば瞳に生気が戻るのか

嫉妬のような激しい感情に視界が揺らめき腹わたが煮える
黒く重い泥のような感情がクリムゾンの臓物に詰まっていった


「真実が知りたいか?ならば生き延びる事だ」


公爵の低い声が響きガイは不審に瞳を歪め不敵な笑みで嘲笑する


「生き延びる?」



「そうだ、選ぶがいい己の、そしてルークの運命を
生を勝ち取りルークを救い見事一族の仇を取ってみよ」

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