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小話
クワバラクワバラ
※幼少

白い光が部屋を照らし、数拍おいて獣の唸り声のような雷鳴が轟く。
ガイは窓際に張り付いて、外の景色をじっと見つめている。
まだ雨は降っていない。騎士の次の中庭見回りは半刻後。行くなら今しかない
「ちょっと様子を見てくる」
ペールの返事を待たずに、ガイは部屋から出ていく。
駆け出すガイの背に、ペールは穏やかに微笑んだ。


騎士の目をかいくぐってガイはようやく中庭に出る。と、同時に白い苛烈な光が中庭を照らす。
背がぶるりと震える。
ホド地方で伝わっていた雷が落ちないおまじないを口の中で小さく復唱して走りだす。
中庭にある小さな離れ。この家の跡取り息子が眠る部屋に向かって。
扉を叩く音は、雷鳴によりかき消された。
そっと扉を開くと、まっさきに目に入るベッドが膨らんでいない。
「ルーク?」
小さく名を呼ぶと、思わぬ方向から「あ、ガイ!」と嬉しそうな声が返ってくる。
声のした方をみれば、窓の手前にあるスペースにのぼっているルークがいた。
「お前、何やってんだ」
ルークは、よいしょっと、と言いながら、窓際まで持ってきた椅子に一度立ってから、ゆっくりと降りる。
両足が蒼の絨毯についた途端、ガイに向かって駆け出す。
「ガイ!」
「っと」
腹に衝撃を受ける。思わずよろけそうになるのを必死に踏みとどまる。
腰にがっちり回された細い腕と、腹にぐりぐりと押し付けられる押し付けられる頭。赤い長い髪が揺れる。
「ガイ、きた。夜なのに、きた」
弾んだ声でそう言うと、腰に回した腕がぎゅうっと力を込める。
中身は一歳児くらいだが、身体はもうすぐ11歳になろうかとしている。
加減をしらないルークに「いてえよ」と素直に本音を零す。
「だって、ガイ、夜、いない。でもいま、いる」
「夜いないのは仕方ないだろ。つーか、あそこに登っちゃだめだって言っただろ」
「でも、外、白い。夜なのにピカピカ」
ぱあっと顔を輝かせてガイを見上げる。
「……怖くないのか?」
ガイの問いかけに、ルークは少しキョトンとする。
「こわい?こわいのはおばけ。でも、外、ピカピカ、おばけじゃない」
「外のピカピカはともかく、ゴロゴロドッカーンは怖くないのか?」
ゆっくりとルークの腕をはずし、膝を床につけて目線を合わせる。
「ごろごろドッカーン、楽しい。ピカピカ、1,2,3,4、5,6,でゴロゴロドカーンになる」
はしゃぐルークに、ガイははあっとため息をつく。
「ちぇ、なんだよ。ルークが泣いてんじゃないかと心配してきてみたのに」
言った傍から、はっと気づく。


しんぱい?
誰が、誰に、なんで、心配してんだよ。


瞬時に苛立ちが沸き起こる。
すくりと立ち上がると、ルークの肩に手をかけ、強引にベッドの方を向かせる。
「さ、もう寝ろ」
「でも、いま、ひる」
「昼じゃねえよ、夜。そしてピカピカは雷」
「かみなり?」
「雷は悪い子をさがしてお臍をとってしまうんだ。ルークは夜なのに寝てないから、お臍とられるな」
「おへそ?」
あ、まだ臍すらもわかってないか。
パジャマの第四ボタンあたりを軽く押す。
「ほら、ここに穴があるだろ、それが臍」
ゴソゴソとズボンからシャツを出してめくり上げると、「あな。あな、だ」とびっくりした声をあげる。
「そう、それがお臍」
「でも、あな、どうやってとる?」
疑問を口にするルークに、ガイの言葉がつまる。
昔、同じように言われた自分は、素直に信じてベッドのなかでブルブル震えながらお臍を隠して寝ていたのに。こいつときたら。
「さあ、もしかしてもうとられた後かもな」
意地悪いことを言ってみせる。だが、ルークはじーっと自分の臍を見つめている。
「ほら、寝ろ」
「……うん」
モソモソとベッドに入り込む。
「じゃ、おやすみ」
そう告げるとさっさとドアを閉める。
部屋を出た途端、雨がざあざあ降り出すのは何たる不幸か。
大粒の雨は容赦なく落ちてきて、中庭をぬかるませる。
石畳を走ればいいが、部屋につくまでズブ濡れになりそうだ。
はあ、とため息をつく。


なにやってんだ、俺は。
勝手に心配して来てみれば、当の本人は雷みてはしゃいでいるし。
部屋に戻ろうとしたら、雨が降り出すし。
あんなガキに情けかけようとするから、バチがあたったんだ。
ぎゅっと唇を噛み締める。


その時、視線を感じた。気配のする方をみれば、そこには窓にはりついて、こちらを見ているルークと目があった。
「またあいつ」
怒りのままに、再び部屋の中に入る。
「こらっ、寝ろっていっただろ」
苛立ちのままに叱ると、ルークは先ほどと同じように窓の前に手をついた形で、口をへの字に曲げている。
「だって、ばいばい」
「はあ?バイバイがなんだよ」
「いつも、ばいばい、ここでしてる」
怒られた事が不本意なのか、頬をふくらませながら、ガイに訴えかける。
ばいばい?
ばいばいをここでって……
ルークの言葉を咀嚼していくガイはひとつの考えにたどり着く。
まさか、と思いながらも、ガイはルークに問いかける。
「お前、もしかして俺がここを出ていった後、いつもあそこにのぼって手を振ってたのか?」
「うん!」
伝わって嬉しいのか、途端に機嫌を直したルークは満面の笑顔で頷く。
胸の中で様々な想いが交錯する。ルークの顔を直視できずに天を仰いで掌で目を覆う。

……参ったな


どうりであそこに登る事に手馴れているはずだ。
いつもやっている事だから。
そして俺はここを出たら振り返らない。やっと面倒くさい仕事から解放されたとばかりに、ルークの事を忘れ去る。
だから今までルークが手を振っていた事に気づきもしなかった。
なのに、こいつ、いつもしてたんだ。振り返される事など一度もないのに。
………………馬鹿なやつ。

「さ、寝ろ」
「……でもばいばい」
「ばいばいはいらない。雨が止むまでここにいるから」
「本当?」
再びがばっと勢い良く抱きつかれる。
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるルークの赤い髪を優しく撫でる。
「本当。だからベッドにはいれ」
その時、白い稲光が部屋を照らす。
「……お臍」
ぼそっと呟いた言葉はガイの耳に届く。
「さっきのは嘘だよ。ほら、俺の臍も同じようなもんだろ」
隙間なく抱きつかれているので、シャツを少しばかり引っ張り上げるのにも苦労する。
僅かに腕の力を緩めたルークは、ガイの臍を凝視し、それから自分のシャツを持ち上げて確認する。
「おなじ」
「そう、取られてないから大丈夫。ほら、一緒にベッドにいこう」
今度こそルークは素直にベッドに入る。
添い寝する形のガイが頬杖をつきながら、片手でルークの前髪を優しく梳いてやる。
「雷がなったらおまじないがあるんだよ。それを二回唱えればお臍とられないんだ」
「どんなの?」
やさしい手に、ルークは気持ちよさそうに目を瞑りながら尋ねる。


クワバラクワバラ



幼少ガイがルークに意地悪なのを書くのが好きです
そして意地悪しているのに結局ルークを甘やかす展開になるのが好きです


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あきゅろす。
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