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小話
お祭り
「うおっ、なんだこれ」
街の入口前でルークは声をあげる。ティアも驚いたように目を見開いている。
だが、驚いているのは二人だけであった。
ガイが「へえ、珍しいな」と口にするがさして驚いた素振りはない。他のメンバーも似たようなものだった。
街の入り口となる門に「ハッピーハロウィン」と書かれた横断幕が掲げられ、そこかしこにかぼちゃをくりぬいた飾りが置かれている。
オレンジに染まっている街に、屋敷に隔離されていたルークと、ユリアシティとダアトしか知らなかったティアは物珍しそうに辺りを見回している。

「ガイ、ハロウィンってなんだ?」
「うーん、……どう説明したもんかな」
ルークの問いかけに珍しく躊躇うガイに、イオンは優しく微笑み「かまいませんよ。教えてあげてください」と先を促す。
「昔はローレライ教以外にも宗教団体があったんだよ。ユリアの預言を基とするのは同じなんだが、それに対する解釈や姿勢、あと死に対しての概念も大きく違ってな。
今いる世界と密接だが、交わらない死者の住む世界があると信じられていた。
ただ一年に一日だけ、そのふたつの世界の境界が曖昧になり、死者が生者の世界を脅かすと言われていた。
だから、その日は家の前で篝火をたいて、悪霊を追い払うという習慣があったんだ」
「へー、ローレライ教以外にも宗教ってあったんだ」
「まあ、大昔のことさ」
「しっかし、話聞くとなんかこえー日みたいだけど、表にはハッピーハロウィンなんて祝ってるし、あのかぼちゃなんなんだよ」
「大昔に滅んでしまった宗教の習慣が形を変え、お祭りごとになった、ってのが正しいだろうな。
今の時期は多くの街や村で豊穣祭や収穫祭が行われているが、農業に特化していない街の一部がこの祭りで活性化を図っている感じだな。
そしてあのかぼちゃはジャック・オー・ランタンっていって、くりぬいた中にろうそくをいれてランタンにするんだよ」
静かにガイの説明に耳を傾けていたティアが、ジャック・オー・ランタンをみて「……可愛い」と小さくこぼしたのが、ルークの耳に届く。
え、あれが?とルークは思うが、ティアの「可愛い」は見た目愛くるしいのから、眉を顰めそうなものまでかなり範囲が広いのを知っているので黙っておくことにした。
街の広場には様々な露店が軒を連ねている。
先ほどガイが説明してくれたジャック・オー・ランタンから、かぼちゃモチーフのお菓子入れや、かぼちゃのタルトだのが並べられている。
「……可愛いっ」
またそばでティアの感極まった小さなつぶやきが耳に入る。
「おまえ、あんなの好きなのか?」
呆れを滲ませて尋ねると、ティアは一瞬で頬を染めて
「べ、べつに、そんなんじゃないわよ」と小声で否定する。
素直じゃねえな、こいつ。
その時、ルーク達のそばを子どもたちがはしゃぎながら駆けていく。
子どもたちの格好に、ルークは思わず「なんだありゃ」とつぶやき、隣でティアがやはり「……か、かわいい」と手を口にあてながらうっとりする。
「仮装だよ。ミイラ男に妖精に、吸血鬼に、狼男といったところかな」
「かそう?なんで」
「ハロウィン祭りは子どもたちが仮装して家を訪ねて回るんだよ。トリック・オア・トリートって言いながらね」
それのどこが面白いのかわからないルークは首を傾げる。
「おかしか、いたずらか。訪問された家はお菓子を用意して子どもたちに渡す。なければ家に入り込んでいたずらをするんだ。
まあ、お菓子を用意しててもいたずらされる事はあるけどな」
「へえ」
ようやく子どもたちのはしゃぎぶりに合点がいく。お菓子が貰えるなら、楽しくて仕方ないだろう。
「ルークも混じりたいか?」
「ばっ、馬鹿言うな。子ども扱いすんなって!」
いきり立つルークにガイは、悪い悪いとガイは笑いながら宥める。

いつものやり取りをジェイドの声が割り入る。
「それでは先に宿の手配をしましょう」
その言葉に、皆が頷く。
祭りが行われていれば旅人や観光客、露天商が立ち寄るため、宿泊場所の確保はかなり骨が折れるのだ。
実際、この街にある宿屋を片っ端からあたったが、皆が同じ宿に泊まるのは難しかった。
「えーと、川沿いの安ホテル相部屋が俺とルーク。広場近くの宿屋の個室それぞれがイオン、アニス。街の奥の旅館がナタリアとティア相部屋でジェイドが個室って事だな」
なんとか確保した宿の割り当てが決まると、アニスが、あーあと溜息をつく。
「なーんか寂しいなあ」
「アニス、仕方ありません」
「そうですわよ。チェックインをすませたら、またこの広場に集いましょう」
「ええ、そうね」
また後で、と声を掛け合いそれぞれの宿へと向かう。
ルークは物珍しげに辺りを見回しながら、ホテルに向って歩く。
「この時期なら貸衣装屋があるはずだから、後から寄ってみるか?」
は?とガイを見返し、一瞬遅れで声を荒げる。
「だからっ!子ども扱いすんなって言っただろ!」
「別に子ども扱いしたわけじゃないさ。子どもだけじゃなくて大人も仮装してパーティするんだぜ」
「……へ、そうなのか」
「まあ、菓子をねだりに家は回らないけどな」
「ふーん。……でもいーや」
「いいのか?」
「考えてもみろよ、このリュックに詰まった沢山の衣装。仮装ならいつでもできるしさ」
旅をしていくうちに衣装を入手する事がある。一部は「これを着て街にはいったら不審者として通報される」とルークが危惧するようなものもある。
皇帝陛下から賜ったものなので突き返すわけにもいかないアレは、大事にリュックの底にしまわれている。
ガイはルークの表情から、今どの衣装を思い返しているのかわかったらしい。
「あれを着て仮装はやだな。俺、これ以上ピッチリしたのを身につけたくない」
ガイの思わずこぼした本音に、ルークは噴き出す。
「笑うなよ」
「わりい。でも、お前、気にしてたんだ」
ツボにはいった笑いはなかなか収まらず、ホテルがみえるまで肩を小刻みに震わせていた。


*******

「はー、食った食った」
ルークはごろりとベッドの上で大の字になる。
皆と待ち合わせた広場に向かう途中、ガイから止められたのに甘い匂いに誘われ、露店先で焼きながら売っていたジャック・オー・ランタンの形をした菓子を買ったのだ。
カステラ生地の中にカスタードクリームが入っているそれは、一口サイズだったため、大道芸をみながらつい気軽に口に運んでしまった。
ピエロがジャグリングを終える頃には、袋は空っぽになっていた。
「大丈夫か?夕食、入るのか?」
ガイの言葉に「大丈夫だって」とついムキになる。
皆と合流し祭りにちなんだ料理を食べるが、限界であった。
だからといってガイに助けを求めるのはカッコつかないと必死でかぼちゃを使った料理を平らげた。たが、腹ははちきれんばかりだった。
「俺、先にホテル帰る」
と、皆をおいて一人先に席をたった。
ガイがついてくるかな、と少しだけ期待したが、ガイは何やらジェイドと話していて席をたってくる気配はなかった。
腹をさすりながら、ホテルに向かいながら歩くと、あちこちで仮装して陽気な笑い声があがっている。
街中に満ちるお祭りの空気は、気持ちをふわふわと浮かれさせる。でもそういう気持ちは子どもっぽいのではないか、とつい必要以上に虚勢を張ってしまう。
はじめはびっくりしたあのヘンテコカボチャのジャック・オー・ランタンも見慣れれば可愛くみえる。
中でろうそくを灯された大小様々なジャック・オー・ランタンがあちこちに並んでいる。
仮装する気はないが、もう少しお祭り気分を味わいたかったな、と後ろ髪ひかれながらホテルに戻り、そして今寝転がっているところだった。


ホテルはとても静かだった。皆、街に繰り出しているからだろう。
備え付けられた音素時計をみれば、時刻は19時をすこし回ったところだ。
先にシャワーでも浴びるか、とルークは身体を起こす。ずっしりと重かったお腹も、少し消化してきたようだ。
シャワーを捻った時、扉が開き中に誰か入ってくる音が聞こえる。
「ガイ?」
水音に負けじと大きな声で名を呼ぶと、扉の向こうから
「わるい、またちょっと出かけてくる」
と声が返ってくる。
慌ててシャワーを止めて濡れた身体のまま浴室から顔を出す。
だが、そこにはもうガイの姿はなかった。
仕方なく扉をしめ、再びシャワーを浴びながら溜息を零す。
ちぇ、なんだよ。
何か頼まれ事を引き受けたんだろう。
いやとは言わない奴だし。ガイはもう俺の使用人じゃないから、俺を優先する必要もなくなったし。
胸の奥に湧いた嫌な感情に、ルークは顔を顰める。
すぐ卑屈になるのは悪い癖だ。ガイやティアに何度も指摘されているのに。
晴れない気持ちを抱えたまま浴室を出る。髪はまだ湿気を含んでいる。
首にタオルをかけてベッドの端に腰掛けて、ぼうっと虚空を見つめていると、扉がノックされる。
ガイが帰ってきたならノックの必要はないはずだけどな、とルークは小首を傾げる。
扉の向こうから、おどけた声がかかる。

「トリック・オア・トリート」

紛れもなくガイの声だ。
戸惑いと驚きにルークの眉が寄る。
つーか、鍵持ってんだから入ってくればいいのに。もしかして開けてくれるのを待ってる、とか?
ガイの行動がわからずにいるルークの耳に再び
「トリック・オア・トリート」という声が届く。
今回、幾分声が小さくなったように感じる。
開けるまでこれを繰り返すつもりだろうか、さすがにそれは気の毒に思いルークは扉に近づく。
鍵をはずしてゆっくり開けると、ガイがにっこりとした笑顔で立っている。
だが、その衣装にルークは「あ?」と驚きに目を丸くする。
ケセドニアで手にしたバーテンダー衣装に、あやしげなマントを背に羽織っている。
ぽかーんとするルークに、ガイはにこりと笑う。
「ほら、お菓子は?」
「い、いや、あるわけ、ねえだろ」
甘い匂いと祭りの雰囲気に流されたが、普段のルークは菓子や飴を欲しない。当然、常備しているはずもない。
「じゃあ、いたずらだな」
「はあ?は、ちょ、ガイ?」
まだ状況を把握できないルークの肩をがっしり抱いて、ガイは部屋の中をずかずか歩く。
引きずられる格好のルークは「おーい、話がまったくみえねえ」と情けない声をあげる。
「言っただろ、お菓子かいたずらか。お菓子がないならいたずらだ」
「あれはガキの遊びだってお前言ったじゃないか」
「まあまあ」
「で、なんだよ、お前のその格好」
「吸血鬼をイメージしてみたんだけどな。マントはジェイドから借りてきた」
そう言われよく見てみればジェイドが陛下から賜った衣装のものだった。
ああ、だから食事の席で何やら話し込んでいたのか。
ようやく胸のつかえがとれたルークのインナーの裾にガイの手がかかる。
ガイは躊躇う事なく、がばっと勢い良く剥ぎとる。
「うおおおおっ、お、お、おまえ、な、なにっ、を」
思わず腕を交差して身体を隠そうとする。
いくらつい最近まで身の回り全般を任せていたとはいえ、いきなり上半身を剥かれると恥ずかしさを覚える。
「いたずら」
メイド達を虜にしてきた優しげな笑顔を向けて、とんでもない事を言い出す。
裸にする事が?それどんないたずらだよ、セクハラじゃねえの、と一瞬で沢山の言葉が駆け巡ったルークの前に、衣装が掲げられる。
それは先日の式典で用意された正装だった。
「これを着てもらうからな」
「な、なんで」
「皆でな、仮装パーティに繰りだそうって事になったんだ。貸衣装を借りるのはお金もったいない、がアニスの意見でな。
だからそれぞれ好きな衣装になろうって事で。アニスがリトルデビっ子でティアがモンコレディ、ナタリアはお気に入りのマルクトの星。
イオンは導師衣装のままで、ジェイドは当然不参加だけどな」
だからこれが借りれたんだけどな、とマントを掴んでみせる。
「で、お前はそれ?」
「本当はロマンチェイサーのツナギ着たかったんだが、女性陣からブーイングくらってな」
はは、と力なく笑いながら床の一点をじっと見つめるガイが、どのようにアニス達からブーイングをくらったのか容易に想像できた。
何故か女性たちはこの衣装が大好きで、事あるごとに着せようとする。
黒は汚れが目立つから、というもっともらしい理由でのらりくらりかわすガイに着せる絶好の機会を逃すはずもない。
確かに長身で均整のとれた身体と、整った容姿にこの衣装はよく似合っている。
思わずルークが「へー、モテてつらいねえ」とぼやきたくなる程には。
「んで、どうして俺がこれなんだ」
授与式のため用意されたこの服は、上質な生地に手の込んだ細かな刺繍が施されている。だがかっちりした詰襟は窮屈で、ルークの苦手とする衣装だった。
「だって、お前すごく似合うじゃないか。なのに一度だけ袖をとおしただけでしまいこんだままだから勿体無くてな」
「馬子にも衣装って言いたいんだろ」
「恥ずかしがるなよ。まるで、絵本の中から王子様が抜け出たみたいだぜ」
輝く笑顔ですごい言葉を投げてくる。
からかうでもなく本心で言っているから恐ろしい、とルークは眉を顰める。


「なあ、他のにしようぜ」
「だーめ。だってこれはいたずらだからな」
いたずら?これが?何か趣旨が違うような。
「髪もちゃんと整えてやるからな」
ガイの手にはいつの間にかブラシが握られている。
「なんかお前、今日やけに浮かれてんな」
「そりゃあ、な。だって今日は祭りだろ?
祭りが楽しいのは、おとなも子どもも同じさ。浮き足立って無駄遣いして、はしゃいで笑って。
そんな夜があってもいいだろ」
「……ん、そっか」
ガイの言葉は、子どもじみているのでは、と無理していた自分の心を溶かしていく。
強がっている事を見透かされているだろうと思ってはいたが、こうもうまく気持ちを掬い上げられると少し口惜しくもなる。
でもまあ、甘えてみるのもいいかもしれない。
だって今日は祭りなんだから。






時系列がおかしいですが、優しくスルーしてください(イオンさまがいるのに、子爵衣装だの悪の譜術使いだの)

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