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小話
猫の日 ヴァンとガイ ガイ視点
気づくと猫になっていた。いや、正確には猫になった夢をみている。
四足歩行に戸惑ながらも、いつもとちがった視点はなかなか面白い。
後ろ脚に力をこめて、一気に跳ねてベランダに飛び移る。身体に羽が生えたように軽やかに飛躍できるのは気持ちよい。
侵入した先のベランダの窓は細く開いている。身体を忍び込ませると、あっさりと中に入ることができた。
普段よりもきく鼻でクンと嗅ぐと、懐かしい男の匂いがこの部屋に満ちている事に気づく。
月明かりだけが頼りの暗い部屋でキョロキョロと周囲を見回すが、部屋の主は不在らしい。知らず溜息を漏らす。
その時。扉が開く音が耳に入る。扉が開いてほんの数秒立ち止まり、それから部屋の主は規則正しい靴音で一直線に窓のそばへと寄ってくる。
必死に首を掲げると、窓を閉めようとする男は、幼馴染のヴァンデスデルカ、その人であった。
「やっぱりお前だったか」という言葉は「にゃあ」になってしまった事に困ってしまったが、放った言葉は取り戻せない。仕方ないので足元に擦り寄る。
抱き上げられて、じっと見つめられる。
おそらくこの猫が俺とは気づかずに素っ気なく摘みだされるだろう、そうしたらそうしたで今度会った時にからかいの種になる。
だが、意に反して、昔のように穏やかに目を細め、そして笑う。昔のように、おどけるように話しかける。
「ガイラルディア様、いかがされました」
「わかるのか?」というガイの言葉は「にゃあにゃあ」になってしまったが。
「小腹でもすきましたか」
昔からこいつは俺が泣いていると「マリィベル様から怒られましたか」「お腹でもすきましたか」「眠いのですか」の三択だけだったなあ、と今はない場所でのやり取りを思い出す。
懐かしくなって「お前は変わらないなあ」と返事をすると、「んにゃあ」と声のトーンが高くなった。
「ガイラルディア様は魚が好きでしたな。今日は無理ですが、明日用意させましょう」
どんな食いしん坊だ、俺は。と思いつつも、ちょっと残念に感じていたらしい。しっぽと耳がだらんと力なく下がっている。
「一緒に寝て差し上げますから」と俺を横に抱き抱える。猫の背は丸くなり、大きな腕の中にすっぽりと収まり、まるで球体のようになる。
ふと、これが人間体ならば所謂なんとか抱っこに………。深く考えるのはやめておこう。今は猫なのだから。
ゴロゴロと喉が鳴る。気持ちが良いとなるようだ。
腕に抱かられたままベッドの中にまで連れ込まれる。身体を包む温もりが心地よくて、睡魔が訪れる。
夢の中でも夢をみるんだなあ、と意識の端で考えながら、眠りに身を任せる。


朝の光が木枠の窓から差し込まれる。
瞼をあけると、そこにはいつもと変わらぬ光景がある。
「ヴァン?」
寝起きのため声は小さく掠れていたのは幸いだ。ペールが朝の支度をしながら
「おはようございます」と声をかけてきた。
そうだ、ここはキムラスカのファブレ公爵邸だ。まだ夢の残り香が立ち込めているようだ。頭を二三度振って、眠気を飛ばして
「おはよう、ペール」と挨拶を交わして、ベッドから起き上がる。
キムラスカでの一日が始まる。


******

おやすみ、と挨拶を交わしてベッドの中に潜り込む。
ああ、そういや昨日は変な夢をみたもんだ。猫になってヴァンの所にいく夢なんてな。
シーツを口元まで引き上げてから、小さく笑う。可笑しな夢だったな、と思いながら、疲れた身体は眠気に誘われるままに落ちていく。
そして夢の中でまた猫になる。
夢の中でも猫相手に律儀に約束を果たすヴァンは、白身魚のクリームソースかけを用意しておいてくれた。
一生懸命食べている傍で、昔話を話しかける。
猫に一方的に語りかけている姿を誰かに見られたら奇人扱いされるぞ。それはなんだか可哀想なので、仕方ないから返事をしてやる。
「ガイラルディア様はお魚が昔から好きでしたな」「まあな、魚に限らず海鮮類は全て好きだ」
「ホドは海に囲まれて、新鮮な魚介類が豊富でしたからな」「そろそろ貝の引き上げが始まる時期だな」
「そういえば一度魚の骨が喉にささって大変な騒ぎになりましたな」「本人が思い出したくない過去を穿り返すな」
俺の言葉は全て「んなああ」か「にゃおう」になってしまったが、ヴァンは気にせずに昔話を話している。
お腹が膨れると眠気が襲ってくる。ふわわあと大きく欠伸をすると、腕に抱かれて寝台に運ばれる。
そして共に眠りにつく。
そんな風に穏やかで奇妙な夢は数日続いた。


ヴァンの膝の上で素直に頭を撫でさせていると、少しばかり気落ちした声が落ちてくる。
「ガイラルディア様、私は明日から一月程こちらには戻りません」
そうか、ヴァンは忙しいからな。
寂しくなるな、こうやって素直に頭を撫でてもらう理由を失ってしまう。
子供の時分と違い、大人になる事は、こうしたささやかな触れ合いさえも奪ってしまう。
異性の恋人同士なら兎も角として、成人男性が同じ男性の膝に頭をのせて頭を撫でてもらうなど現実では起り得ない事態だ。
甘やかす性分だと自覚はしているのだが、たまに誰かに無性に甘えたい衝動に駆られる事がある。
おそらくその願いのまま、猫になり、無条件に甘やかす相手の所にきたのだろう。夢とは欲望の産物なのだから。
寂しいのか、と問われて返答かわりにざらついた舌でヴァンの手の甲を舐める。
「あなたが大きくなられたのに、私は変わらずこうして頭を撫でてやりたくなる。人間のガイラルディア様はもう許してはくれないだろうから、お前は今日私に撫でられてくれるか」
なんだ、ヴァン、お前もか。
頭を撫でる掌からじんわりと温かさが広がってきて、その温かさに身を任せる。


そうして夢は終りを告げた。
思い返すと滑稽な奇妙な夢だったが、夢をみている間幸せであったのは確かだった。
そういえばヴァンは今キムラスカに滞在しているそうだが、執務に忙しくこちらには出向いてこれないようでルークが大層膨れていた。
こちらとしては幸いな事だ。
夢とはいえ、頭を撫でられる感触はかなりのリアルさを伴っていた。
今、顔を突き合わせて平静を保てる自信がない。
そう考えていると、中庭でばったりとヴァンと遭遇する事になる。案の定顔が熱を持つと、ヴァンが訳を尋ねる。
恥ずかしいが訳を話すと、実に楽しそうな表情の幼馴染を羞恥からジロリと睨み上げる。
「からかってはおりません。魚料理を欲しがり、一緒に眠って、そして素直に私に頭を撫でられてくれるでしょうな」
その言葉に互いに顔を見合わせ、一呼吸おいて、笑う。

猫になるのも悪くない。




蛇足的なガイ視点。

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