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小話
捏造昔話 公爵とラムダス
※公爵捏造昔話


家族というものを私は知らないで生きている。

手早く荷物を用意する。
軍学校では、己の事は己で、と、骨の髄まで叩き込まれたお陰で、使用人の手を煩わす事もなく身の回りの事は己で人並み以上にこなすようになった。
それを苦々しく思っている男がいる。
「お坊ちゃま、入ります」
ノックのあと、そう告げて扉を開けた男だ。
メイドがするよりも綺麗に整えられたシーツの上に、大きめの鞄がふたつ。
僅かに眉をひそめると、一度コホンを咳払いをする。
「お坊ちゃまは軍で大層ご苦労をされていらっしゃるようですが、この屋敷では我ら使用人にこのような雑事はおまかせいただきたいですな」
持って回った言い回しに、内心辟易とする。
目の前の男は、私の身の回りの世話をする事に生きがいを感じている稀有な存在だ。
彼の父がこの屋敷で執事として取り仕切っている背を幼い頃から見ていたため、当然のように自分も公爵家に仕え、その身を生涯捧げるつもりでいる。
「俺が自分でやる方が早い、それだけだ」
「坊っちゃまはファブレ公爵を継ぐ者。もう少し自覚を」
「ラムダス!」
小言を遮るように名を呼ぶと、ぴしりと背を伸ばし「はい、なんでございましょう。クリムゾンお坊ちゃま」と期待に満ちた目をみせる。
「荷物を玄関に運んでおけ。俺はお祖父様にご挨拶をしてくる」
「はい、かしこまりました」
恭しく一礼をすると、二つの鞄を軽々と片手で持ち、あいた手で扉を開ける。
視線を渡さずにそのまま部屋をでる。屋敷の回廊を歩きながら、祖父のまつ部屋へと向かう。
祖父はファブレ家当主であり、キムラスカ軍の元帥という立場にある。
重厚な扉を叩くと中から入室を促す声がかかる。
「今日、だったな」
執務机で書類を手にしながら、こちらに視線を向ける。
老境に差し掛かっているが、それを感じさせぬ程に鋭い目線と、威圧感を漲らせている。
「はい。ベルケンドに出立いたします」
「ふむ。あの腑抜けに感化され、剣の鍛錬を怠るでないぞ」
「はい、心得ております」
「うむ、ならばよい」
用は済んだとばかりに、祖父の目も、興味も手元に書類に向けられる。
一礼をして退室する。


「クリムゾンお坊ちゃま。健康にはお気をつけて。お帰りをお待ち申し上げております」
荷物を御者がいれる間も「あの地方は寒うございます。お風邪など召しませんように」「音機関がたえず稼動しているため、真夜中でも大層煩いと聞いております。耳栓をご用意していたほうがよろしかったのでは」と心配性にも程がある、というくらいに事細かな事をラムダスは口にする。
だが、本心で私の身を案じているのも理解はしている。
これが聞けなくなるのも寂しい、と感じてしまうほどに。
馬車に揺られながら、今から向かう「家族」へと想いを馳せる。
前に顔を合わせたのは、おそらく3年ほど前になるか。
腑抜け、と父の事を祖父はそう呼ぶ。
父は軍人としては優秀とはいえない人物であった。
剣よりも譜業、兵法よりは商法学、悉く祖父と正反対のものを好んだ。
そんな父に焦れた祖父は強引に父を軍人にした。嫌がる父を前線に立せた。
結果は父は右足の機能を失った。杖をつかねばならぬ身体にされた父は祖父を激しく憎んだ。
祖父は己の失態を頑なに認めなかったそうだ。父の不甲斐なさ、弱腰を逆に糾弾した。
父子の仲は完全に断絶した。
私が生まれたとき、祖父は強引に両親から引き離した。
「お前は私の跡継ぎではない。ファブレの名を継ぐ者はこのクリムゾンだ。そして私が一から育てて立派な軍人として育ててやろう」
引き離され両親は深く嘆いたが、その翌年には弟が。そして数年後には妹が生まれると、きれいに私の存在は忘れられた。
父は軍人としての才覚はなかったが、商才はかなりの目利きがあった。
元より音機関を愛好していたという事もあり、ベルケンドは瞬く間に譜業の研究都市として名をはせる事となる。
そしてそれを独占することはなかった。キムラスカ国に無条件で技術提供をした。
それはファブレ公爵家が王宮内で少なからず力をもつ礎となった。
その功績を祖父は認めようとはしなかったが。


「やあ、クリムゾン。大きくなったね」「まあ、見違えるようね」
両親が揃って出迎えてくれる。その後方で、弟妹が恥ずかしそうにもじもじと私を見ている。
「長旅で疲れただろう。おいで」
父は車椅子の生活を余儀なくされている。母が押しながら、さあ、入って、あなたの家よ、と声をかける。
はい、と返事をする前に、弟たちが「僕が押します。母上」「私よ、私が押すの」と一斉に父の車椅子に群がる。
まあ、あなたたちったら、と母が笑う。父が、困ったように、じゃあ、二人にお願いするよ、と穏やかに言うと二人は顔を輝かせて、はーいと元気よく返事をする。
玄関で控えている使用人たちもそのやりとりを微笑ましそうに見守っている。
私の目の前には、「理想の家族」の形があった。
それをみて心が僅かに痛むのは、その形に私が入り込む隙間は微塵もないためであろうか。
夕食の席で「兄上は、今、何をしておいでですか」と弟が尋ねたので、素直に「軍学校に在籍しながら、訓練の一環として前線に立たせてもらっているよ」と答える。
妹が弟にこっそりと「ぜんせんって?」尋ねると、弟が言葉を硬くしながら「戦場って事」と答えていた。
すると、妹が怯えたように「ひと、ころしちゃう、の?」と途切れとぎれに尋ねる。
「ああ。相手はマルクト人だ、躊躇う必要はない」
そう告げると、瞬時にダイニングは重い沈黙が落ちた。
母は顔の色を失わせながらも、懸命に笑顔を作って「今度、シェリダンに観光と視察にいくの。クリムゾンも一緒にどうかしら」と社交辞令かもしれぬが誘ってくれた。
「海路でシェリダンに赴かれるのですか」
「ええ、クルージングしながら」
「あまりこの時期の海路はお薦めいたしません。あの地域は安全とされてはおりますが、少し先ではいまだマルクト軍艦との小競り合いが続いております。
先日も流れ弾がクルージング船にあたったとの報告もいくつかよせら」
ダン、と私の言葉を遮るように、父がテーブルに拳を叩きつけていた。
「クリムゾン、君の弟妹の様子に気づかないのかね。軍人は相手構わずに人を怯えさせるのか」
珍しくきつい言葉に促されるように弟妹へを視線をうつすと、妹はかたかたと小刻みに震えている。
このベルケンドでは「戦争」は遠く現実感を伴わない出来事なのだ。
「申し訳ありません」
素直に謝辞を口にする。だが、今度は母も取り繕った笑顔で場を盛り上げようとはしなかった。

「お義父様と会話しているようだったわ」
「ああ、自分の血を分けた息子とは到底思えないね。父上そのままだ」
扉の先に会話が耳に入り、就寝の挨拶のためにたたこうとした手をゆっくりと下ろす。
ぎゅっと唇を噛みしめて、踵を返す。
弟妹を必要以上に怖がらせてしまい、両親から不興を買ってしまった。
それも全て自分が至らないせいだ。
だから、誰にも、必要とされていないわけじゃない。
私が立派になれば、お祖父様は認めてくれる。
きっと、両親だって、みとめて………。
愛されていない。私は誰からも愛されて必要とされていないのだ。
祖父は自分のせいで父の脚を奪った事を認めたくないため、私を後継者として育てているだけで、そこに愛情などない。
そして、今、両親からも、見放されたのだ。
揺らぐ視界の中、与えられた部屋にもどる。扉を閉めると、堰を切ったように感情が溢れ出す。
私に「家族」は存在しないのだ。
誰も「私」を必要などしていないのだ。
祖父は後継者を。父達は、祖父にささげる生贄を。それだけを欲している。
私を誰も、誰も、誰も必要とはしていない。
蹲って、声を上げて私は泣いた。


私がバチカルの屋敷に戻る事を告げると、形ばかりに残念そうな表情を浮かべながらも深く引き止められる事はなかった。
再び馬車に揺られながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
はやい帰宅を祖父はどう思うだろうか。いや、もう、前線に赴いているだろう。
ならば。
ふと、ラムダスの姿が瞼の裏に浮かんだ。
ああ。あの男ならば驚きながらも私の存在を歓迎するであろう。
あの男だけは、犬のように忠実に私の帰りを待ちわびているはずだ。
そうかんがえると、ふと気持ちが軽くなった。


予測した通り、祖父はもう前線に赴いており、早めに屋敷に戻る事になった私に戸惑う使用人が多い中、ラムダス一人だけが表情を輝かせていた。
自室にもどると、ようやく心の底から息をつけた。
カウチに腰をおろし、オットマンに脚をのせる。
長い旅路で浮腫んだ脚に疲れがとれるようだった。
「脚をお揉みしましょうか」
「いや、いらぬ」
「ですが、長く馬車にのられていては血流が滞っております。血栓して病に倒れるものもいるのです」
そう言うと跪くと、問答無用で私のブーツを脱がせるとゆっくりを脚を揉み始める。
「それは下男がする事だ。執事となるお前がしてよい事ではない」
「そうです。ですが、私個人として、クリムゾンおぼっちゃまの旅路の疲れを癒してさしあげたいのです」
「酔狂な事だ」
そう言い返しながら好きにさせておいた。下男に脚を揉まれるのは御免こうむりたい。メイド相手でも必要以上に身体に触れられることは好まない。
ラムダスならば身体に触れられても必要以上に緊張する事もないからだ。
ゆっくりと揉まれると気持ち良さにまぶたが重くなってくる。
「見られるといささか恥ずかしく思いますので、すこしばかり目を閉じていただけますか」
「うん」
素直に瞼を閉じると、ゆっくりと睡魔が訪れてくる。

「ベルケンドはやはり寒くは……」
安らかな寝息がたちはじめたことに、ラムダスは黒い瞳を細めて安堵する。
ベルケンドで何があったのかは容易に想像がついた。
カウチの背に顔を預けて、安らかに眠りにつくその姿に、ラムダスは胸を痛める。
まだ幼いのに。クリムゾンお坊ちゃまはあまりにも重い物が背負わされている。
赤い髪一筋がさらりと顔に落ちる。
それを優しい手つきで掻き上げると、額にゆっくりと唇を落とす。
おやすみなさいませ、クリムゾン様。
私の、愛しい、私だけのご主人様




公爵14歳
ラムダスが18歳くらい?
ラムハムを私は書く!と意気込んでその前フリとした話。書いたらどう転んでもラムハムにはならない気がする…
一応ちゃんと続きも考えてるんです。ハムは年上金髪の女に騙されるよとか←まずそこか
私得で書いたものをおーとりさんに勝手に押し付けました

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あきゅろす。
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