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小話
ふれる 
見上げる空は重い雲がかかっている。その鈍色の雲から、はらはらと音もなく純白の結晶が落ちてくる。
天を仰いだルークの顔にそれはゆっくりと落ちて、体温にふれ液体へと変化する。
ルークはゆっくりと落ちてくる粉雪を顔面に受けながら、先ほどの告げられたジェイドの過去の出来事に想いを馳せる。
「つめてぇ」
無意識に零れた言葉に、ルークの思考は寄り道を始める。
もしガイが傍にいたら『当たり前だ、何やってんだか』と呆れを滲ませて、そして俺の心配をしてくれるに違いない。
心配性で世話焼きなガイなら。
その時、先ほどルークの脳内で再生された声が鼓膜を震わせる。
「そりゃ冷たいに決まってる。ったく、お坊ちゃんは何やってんだか」
その声に思考は一瞬停止する。我に返ると同時に、がばっと勢い良く振り返る。
その先には、先程ルークが思い描いた表情と仕草そのままでガイが立っている。
「うおっ、びっくりした!」
「それはこっちのセリフだ。忘れ物取りにいったままなかなか戻ってこないし。心配になって迎えに来てみればこの有様だ」
「忘れ…あ、ああ、そうだったな。えーと、忘れ物はすぐ見つかったんだけど、ちょっと道に迷って」
へへっと誤魔化すようにルークは笑ってみせるが、ガイの咎める視線は緩まない。
「だからついてくって言ったんだ」
「お前はネフリーさんを見たいだけだろ」
「それもある」
こうもきっぱり言い放たれるといっそ清々しい。
「第一、道に迷うって」
言葉をきって、ガイは背後を振り返る。
そこにはこのケテルブルクでひときわ高くそびえ立つ、彼らが今日宿泊する高級ホテルがある。
急勾配の青い屋根は、ケテルブルグのどこからでも見つける事が出来るであろう。
こんな目立つ建物がわからない筈がない。
「……え、えっと」
少しばかり空気が重くなったのを感じ、ガイが困った時の癖を真似てルークは短くなった赤い髪を掻く。
ふうっと聞こえがしな溜息をガイは吐き出すと、視線を背後のホテルから、正面に立つルークへと移す。
その時には蒼い瞳に僅かに滲んでいた剣呑な光は消え失せていた。
どう言い訳したものか、と内心であれこれ考えあぐねいていたルークはその目を見て、ほっと肩から力が抜けるのがわかった。
「散歩にでも行くか、ルーク」
先ほどの咎めるような声ではない、いつものガイの声色に安堵したルークは
「仕方ねえな、付き合ってやるよ」と軽口を叩く。
そんなルークの言葉を受け、ガイはそれまできつく結んでいた口元を緩ませる。


さくさくっと雪を踏む度に小気味良い音が耳を震わせる。
雪の降るなか、夕食時にさしかかったケテルブルクの街をあてどなく歩くのは二人くらいなものだ。
「なあ、ホテルの上にある広場に行かないか?」
「はあ?」
ルークは呆れを隠しもしないでガイを見上げる。
彼が広場へと誘う理由を口にせずともわかっているからだ。これは愛の力というよりも、付き合いの長さによって嫌という程に苦渋をのまされた経験にある。
だが、手をあわせて
「な、この時間なら子供たちは家に帰っているし。このとーり」
拝んでくる姿に、やれやれと肩をがっくり落としながらも
「あんま長くは付き合わねーぞ」とルークはきっちりと釘を差しておく。
効果の程は定かではないのだが。
ホテルのそばの階段をあがるとそこは大きな広場がある。かまくら、という雪で作ったドーム型の洞が幾つか点在している。
ガイの言葉通り、広場でいつも遊んでいる子どもの姿はない。かまくらの中で日中を過ごしている者も、夜は各々の居住へと帰るらしく人の気配は既にない。
昼間の喧騒を見ているせいか、人影のない今の広場をみてルークは一抹の寂しさを覚える。
だが、それを打ち破るのはガイの浮かれた声であった。
「ほら、こうやれば綺麗な丸の雪玉が出来るんだな。でもあたっても痛くない程の硬さに仕上がってる。さっすがだなあ」
何がさすがだ、と胸の中でルークは返事して、声のする方に視線を送れば青色の雪玉製造機の前で座り込んであちこちに触るガイの姿がそこにある。
「凍結防止のためにシンプルな作りで、シェリダンの職人技がそこかしこに散りばめられてるなあ」
感心したように投雪機に見入っているガイに、はあっと呆れの溜息をこぼしながらルークは近づく。
バチカルでは雪は降っても積もることはないので、この種の譜業は初見である。
だが、それを差し引いてもどこにでもある手回し投雪機にしかルークには見えない。
あともう少しでガイの真後ろに立つ、という時にガイはルークを振り返らずに
「お前、一度ホテルに戻ったんだろ」
と思わぬ不意打ちを仕掛けられ、ルークの足は思わず止まってしまう。
「知ってたのかよ」
「迎えに行こうとした時、ロビーでジェイドと何か深刻そうな話してた所を見かけてな。邪魔しちゃ悪いと思って立ち去った」
それでもなかなか戻らないことに痺れを切らせたのだろう。
ジェイドの告白を受けた時の表情は硬かっただろう。その後部屋に戻らずに外でぼんやりと空を眺めて突っ立ている自分の姿をみたガイの胸中は容易に想像できる。
凍りついていた足をゆっくり動かしガイとの僅かな距離を縮める。
「別にジェイドに苛められて泣いてたわけじゃないぞ」
自分と、一応ジェイドの名誉のために言っておく。
「そんな事わかってる」
視線はずっと機械に注がれたまま。ルークの方をチラリとも向きもしない。
ガイの少し丸まった背中は幾度と無くルークは見てきた。だが、今日は何故かその背に寂寥感が滲んでいるように見える。


「外出たのはさ、ちょっと一人になって考えたかったんだ。俺にできること、俺だから出来ることを」
レプリカのあなただから、と言った兄と似た容姿で、そして兄とは違う優しく真摯な眼差しで告白してきた内容は一人で抱えるには重すぎて。
だからといってガイに告げることはできない。
「そっか。だけどあんまり考えこむなよ」
「うん」
ゆっくりとガイの隣に膝を折って腰をおとす。公爵家子息がする座り方じゃねえなあ、って笑ったのはガイだったな。そんな昔のやり取りをルークは頭の片隅で思い出す。
「お前考えだすと止まらないからな」
「今まで考えないで行動してきたからさ。ちょうどいいんじゃないかな」
「今のお前は考えだすと悪い方向に向かっちまいそうで心配なんだよ……」
ガイのその声は、からかうでもなく本気でそう思っている
「…って悪い。俺がこうやって必要以上に心配するのはマズイって頭ではわかってるんだ」
がしがしっと金の髪を無造作に掻きながら、ガイは言葉を続ける。
「そんな事ない。俺、ガイに心配される事がすごく幸せなことだって、ようやく気づく事が出来たんだ。今まで本当にバカだったよな」
はは、と自嘲するルークに、ガイは眉根を寄せる。
「バカじゃねえよ。ウゼーと口では言いながらも、差し出した手をお前は一度も振り払わなかっただろ」
そうだったのだろうか、昔の言動を振り返れば頭を抱えたくなるものばかりが思い返される。そんな風にガイに思ってもらえる程の人間だったのだろうか。
あ、人間……じゃないんだったな。
「ほら、また悪い方向に考え始めた」
ガイの指摘に、ルークは苦笑いする。
言葉にしてないのに、ガイには全てわかっちまうんだな。
アラミス湧水洞で再会したときはティアがいて。
それからすぐにジェイドと合流し、ダアトにイオンとナタリアを奪回しに向かったから、こうして二人きりでゆっくり話す機会がないままだった。
「お前、お見通しすぎてコエーよ」
「愛の力のなせる業って言えよ」
ガイの言葉にルークは言葉を失う。驚きと、喜びと、そして本当にガイはいいのか、という想いが混ざり合って言葉にならない。
沈黙が二人の間に下りる。雪が静かに二人の髪に、肩に、落ちて積もり始める。
意を決したように、悲痛さを滲ませる程に必死な様相で、ルークはゆっくりとガイに向かい手を伸ばす。
触れてもいいのだろうか、と何度も逡巡した。だけど。
恐る恐るガイの肩に触れ、それから背に手を回す。雪に触れ指先が冷たいのに、それでも、ガイに触れているという事実がルークの胸を熱くする。
背からゆっくりと上がっていき、髪に触れ、冷たくなって少し赤くなっている耳にふれ、それから。
顔を寄せて唇を重ねた。


「…っクション」
唇が冷たくても口内の暖かさを、満足するまで味わったルークは、離れた途端盛大なクシャミをした。
カッコつかねえ、と肩を落とすルークに、ガイは立ち上がって手を差し伸べる。
「風邪ひく前にホテルに戻ろう。付きあわせて悪かったな」
「いーよ。珍しくもない譜業を、見たいふりまでしてくれたんだしな」
「参ったね。お見通しか」
「そこは愛の力のなせるわざって言うんじゃねえの」
はは、と二人で笑いながらホテルへと向かう。手を固くつなぎながら。
「さみい、ホテル戻ったらまず風呂だな」
「そうだな」
「…………一緒、はいる?」
ルークの誘いに、ガイは満面の笑顔を向ける。
「良かった。お前がそう言わなきゃ俺がお前の部屋に押しかける所だった」
「マジかよ」
ルークも笑い出す。
心が凪いでいく。きっと自分はまた悩むだろう。レプリカという事実は覆せない。「ルーク」の居場所を奪った事実も。
だけど今は、この手の暖かさと、ガイが向けてくれる優しさと、そして愛だけは確かなものなのだとわかる。
ぎゅっと強く握れば、優しく握り返してくれる。
この手があれば。この手の主がそばにいてくれれば、大丈夫。



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