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小話
あなたの腕の中で 後編
「一週間ぶりの快晴ー」
木刀をもって部屋を飛び出したルークは、中庭で大きく伸びをする。
外に出ることもないルークにとって、雨は唯一の趣味である剣の稽古の機会を潰す厄介なものでしかない。
「おーい、ガイ。ちんたらすんなって!」
待ち切れない様子のルークが地団駄を踏む前に、ゆるりとガイはベンチから立ち上がる。

昨夜の情交の名残で、倦怠感が全身を覆っている。
時間をかけた丁寧な性交は、最後はガイが意識を飛ばすことで終りを迎える。
それは昨日も例外ではなく、僅かな時間気を失っていたガイが覚醒したときには、情交の残り香すら部屋には残っていない。
ガイの体は綺麗に清拭され、ヴァンは既に衣服を整え書類や書簡に目を通している。
ガイが目を覚ました事に気づいたヴァンが飲み物を持ってこようとするのを制して、シャツに袖を通す。
いつもと変わらぬやり取り。
自らが望んだ筈だった。心など到底寄せられるとは思ってもいない。だからこそ、一時身体を重ねる事を願った。
その事に身体は喜びを感じながらも、心はじわじわと疲弊していく。
身体を覆う倦怠感と共に、心は虚無感を抱く。
そろそろ俺のわがままに付きあわせるのを止めないとな。
離れてしまえばそう考えれるのに、再び会えばその言葉は呑み込まれ欠片すら浮上することはない。
苦い想いが胸を占めてくる。

視線を落として後頭部を掻きながら、ルークに気づかれぬようにそっと詰めていた息を吐く。
すると「おい、なんだそれ」と声が飛んで来る。
ん?と尋ね返す間もなく、一気にルークが距離を詰めてきた。
「この色男」
肘でツンツンと脇をつついてくるルークの行動の意図が今ひとつガイには掴めない。
「お前なあ、どこでそんな言葉覚えてきた」
「で、誰だ、相手は」
「おい、人の話聞いてるのか」
「教えろって。もしかして新しく入ったメイ………って、お前、女ダメじゃん」
「ダメっていうか。というかな、さっきからお前と会話が噛み合ってないんだが」
やれやれと肩をすくめてみせるガイの鎖骨に、ルークは指で触れる。
「おわっ、おまっ。なにすんだ」
いきなりの刺激に一気に後ずさったガイに、ルークはニヤニヤ笑う。
「じゃそれ虫さされか。つまんねーの」
虫さされ?と先ほどルークが触れた場所に自分でふれてみる。こんな場所刺されただろうか、と考えを巡らす前に、腹部にタックルをかまされる。
「あーあ、お前もうすぐ成人になろうかっていうのに、色気ある話ちっともないよなあ。可哀想に」
「お前に憐れまれるとはね。いくらナタリア様という婚約者がいるからってな」
「おい、ナタリアの事いうなって」
その時にチクリを肌をさすような視線を感じた。その視線の方を見ようとした瞬間
「ヴァン師匠ー!!!!」
弾んだ声でルークが叫ぶと、さっさとガイの体から離れて駆け出していく。
ヴァンの名にまさかと思い、ルークのかけ出した先をみれば、たしかにそこにはヴァンが剣を携えて佇んでいた。
「師匠、来てくれたんですか」
ヴァンがいれば、ルークの意識はもうガイにはない。
解放された、と安堵の息をつく。
「あまり時間はないのだが、すこしお前の稽古をつけてやろうと思ってな。自主稽古は忘れずに行っているか」
「へへ、大丈夫です。ちゃんと言い付けは守ってます」
ルークの見えないしっぽがぶんぶん左右に振られている様子に、ガイには思わず口元が緩む。
よかったな、ルーク。
視線をヴァンにうつし、「悪いな」と小さく手を掲げる。
いつもならばちらりと視線を寄越し小さく頷き返してくれる筈だが、ルークとの会話しているためか、ガイの仕草には気づかない様子であった。
ルークが「師匠が来てくれなかったからつまんなかった」といういつもの近況を興奮が落ち着くまで一方的に話していた。それがひとしきり話し終わると、漸く稽古が始まるらしい。
飲み物の用意をするために中庭を辞しようとするガイの足を、射るような視線が止めさせる。
ん?とそちらを向くと、ヴァンが無言でこちらをみている。睨むが適切な程に苛烈な視線で、ガイは戸惑う。
「今夜」と僅かに開いた口の動きを読んで、了承したと、無言で頷き返す。
それを見届けたか否かわからぬ程に、ヴァンは視線も意識も目の前のルークに注いでいる。
中庭の扉を開けながら、ガイは「何かヴァンを怒らせるような事をしただろうか」と昨夜の自分の行動を振り返っていた。
だが、何も思いつきはしない。いつもと変わらぬ夜だったはずだ。
まあ、色々今考えてもしょうがないか、と、ため息を一つつくとガイは深く考えることはやめ、飲み物の支度のために厨房へを足を向けた。



*******


「どうした。気むずかしい顔をして」
重苦しい空気を苦手とするガイは、ことさら陽気にヴァンに問いかける。
だが、ヴァンは表情を緩めることはない。
漸く沈黙を破ってヴァンが口を開く。だが。
「貴公は」
その言葉は、何を問いかけるか彼の中でまだ決まらぬままに口をついて出た、という風で、続く言葉はなくまた口を噤む。
熟考を重ねて行動するヴァンからすればかなり珍しい事であった。
どうした、と再度尋ねるのも、言葉の先を促すのもガイには少し躊躇われた。
話を変えるべく
「今日は本当に助かった。お前のおかげでルークはあれから何をするにも上機嫌でね」
と、ヴァンが稽古のためだけに屋敷に赴いてくれた礼を述べる。
だが、益々ヴァンの機嫌が悪化していくのをガイは肌で感じる。
「もしかして、忙しいのにムリをさせちまったか?悪かったな」
すこしばかりの沈黙の後に
「貴公が謝ることではない。だが」
重々しく口を開くが、また言葉を途切れさせる。
その声は、揺らぐ感情をどうにか抑えこもうとするような響きであった。
言葉はまた途切れるのだろうか、と構えるガイの耳に咎める色合いを濃くした言葉が入ってくる。
「貴公の行動はいささか軽率ではないか」
「は?」
思わずその一言がガイの口をついて出てしまったのは仕方ない。
ガイの反応にヴァンは眉間の皺を深く刻む。
不愉快にさせているのはわかるが、だが、相手の言葉の指す事がわからずにいる。
ガイは青い瞳を細めながら、唐突に繰り出された居丈高な説教の意味を必死で探る。
ルークの稽古の礼と付きあわせてしまった侘びから、何故俺の行動の軽率さ咎める流れになっているんだ。
そもそも部屋に入ってきた時から、いや遡って考えれば昼間からこの男はピリピリした空気をまとっていた。
そしてその理由をいつまでも察することが出来ない俺がまるで出来の悪い生徒みたいじゃないか。
それに呆れ、不機嫌さを隠しもせず、辛抱強く答えが出るのを待っているあいつが教師のようで。
じわり、とガイの腹の底から何かが沸き上がってくる。
その何かとは、苛立ちであった。
「ヴァンデスデルカ、何を持って俺の行動を軽率と」
苛立ちの衝動のままに言葉を告げるが、それに耳を傾けるでなくヴァンはガイの言葉を遮るように問いかける。
「貴公は。……まだ、あの言葉を私に告げれるか」
自分の言葉に被せるように放たれた問い掛けに、顔を僅かに顰める。
曖昧な言い回しばかりにガイの苛立ちは増していく。
「だから、お前はさっきから何の話をしているんだ」
「一年前、貴公が私にした告白だ」
かっと頬が一瞬にして熱くなる。
「あ、あのなあ、今、その話は関係な」
「関係はある」
視線をそらし僅かに俯いた顔には、ひどく苦い表情がのっている。
それをみて、ガイの胸はずきりと疼く。
苦しめ、縛り付けている。わかってはいたのに、甘えたまま断ちきれずにいた自分の弱さを激しく悔いる。
だが。
「あの言葉を、もう一度私に告げてくれれば。そうしてさえくれれば、定まらぬままに混沌とした想いが、形をなして名を持つのだ」
ヴァンの絞りだすような懇願に、ガイは瞠目する。
いつの間にか肩にのせられていた相手の掌はひどく熱をもっている。
一気に様々な感情がこみ上げてきて、それを堪えるとする。
唇をわななかせながら、途切れ途切れになりながらも、言葉を紡ぐ。
「俺は……。ヴァン、お前のことが、……好き、なんだ。親愛の、情ではなく、お前のことが」
だが、ガイの再びの告白は最後まで伝えることは出来なかった。
ぐい、とそのままベッドに押し倒され、覆いかぶさってきたヴァンが噛み付くような荒々しく切羽詰まったキスをしたからだ。


********


「ひぁっ……、やめ、も、ぅ……、アアッ、あ、アアッ、やぁっ、ンッ、アアアッ」
ガイは細身ではあるがしっかりと筋肉がのっており、見た目以上の重さのある身体である。
だが、膝の上にガイを跨らせた格好で、腰をつかみ易々と持ち上げ、その身体を激しく揺さぶる。
濡れた内壁を抉りながら、最奥に叩きつける激しい抜き差しに、悲痛な色合いを帯びた嬌声がひっきりなしにあがる。
ヴァンの肩に額を押し付け、またせり上がってくる快楽にガイは悶える。
精は数度放たれており、ガイの腹部を白く穢している。
「む…り、ンアッ、――――っ!!」
懇願など聞き入れられず、ガツガツと突き上げられると、声にならぬ叫びが喉からあがり、身体をビクビクと痙攣し、視界が白く染まる。
どくどくと精が、勢いをなくしながらも、合わさった互いの腹を濡らしていく。
「はぁ、あ、っん…」
絶頂を迎え、方に顔を埋めたまま息を整えようとするガイの顎をヴァンはつかむ。くいっと顔を上げると、その息さえも己のものだと言わんばかりに激しい口付けをする。
「んっーっ、ンンッ」
力が入らないながらも必死で拳をつくり、ヴァンの腕を叩く。が、なんら効力はないようで、益々口内を深く舌が入り込み吐息すらも絡めとるような濃厚なキスをする。
息継ぎがうまく出来ずぼうっとする頭が、シーツの感触を背がとらえたことで、また思考が少し蘇ってくる。
対面の形から、繋がったまま肩を抑えこまれ、背後のベッドに倒れこむ形となった。
まさか、とガイが眉根を僅かに寄せる。漸く離れた口は、そのまま滑らかな首筋や鎖骨に唇を寄せ、きつく吸い上げる。
その刺激だけでも、「んっ、」と息が甘くなる。
ヴァンの口は、胸の紅く尖った先を含んで、吸い上げたり、舌で転がし、それから軽く歯を立てる。
ビリリっと刺激が腰から背を走る。
今までのただ含ませるだけで、もどかしい疼きをもたらすものではなく、苛烈で明確な刺激に白い喉を仰け反らせ、下腹部は再び頭をもたげてくる。
ガイの片足を肩に抱えると、再び激しい律動を始める。
凝りを狙い激しく抉るように突き上げてくるので、たまらずにガイは背をしならせ、頭を激しくふる。
「や、め、…くぅ、ンンアッ、あ、アア、さ、わる、ア、アアッ、」
ヴァンの手がびくびくと震えながら、また勃ちあがった性器を握りこみ、律動にあわせるように扱き始める。
達したばかりの身体に、また射精を促すような事は苦痛でしかない。ないはずなのに、ヴァンに食われるかのような激しさに心の一端で喜びを感じる。
一気に絶頂へと押し上げられ、瞼の裏だけでなく、脳すらもチカチカと点滅しているようで、何も考えられない。
「アアッ、あ、アアッ、ヴァ…、ン、ヴァンッ、ンンッーッ」
その時耳に熱い息が寄せられる。聴覚が一瞬だけとても鋭敏になる。
視界が白く染まり意識を失う瞬間、鼓膜を震わせた言葉に、ガイは微笑む。
「ガイラルディア、私もあなたの事を―――」





意識がゆっくりと浮上する。
だが、いつも以上に身体は重い。なのに心は軽く心地よい。あたたかなものに包まれているような。
ゆっくりと瞼を押し上げると、そこにはコバルトの瞳を和らげて自分を見つめているヴァンがいた。
まだ互いは裸のままで、後頭部の硬い感触は、どうやらヴァンの腕らしい。
彼の纏う雰囲気は、まだ情交の香りが濃く残っている。
「いま、なんじ、だ」
声が涸れているのは、寝起きということもあるが、散々喘ぎ叫んだせいであろう。
目覚めの一言に、眉間に皺を刻んで、ふうっとヴァンは息を見よがしに吐きだす。
「心配は無用だ。ある時間になれば屋敷に伝令を出すように指示はしている」
でんれい?しじ?
ヴァンの言葉を、まだ覚醒しきっていない頭で必死に考える。
そうしてたどり着いた答えに、ヴァンの方に顔を向け力なく睨む。
こうなると見越した上で、部下に予め時間になれば公爵言家に使いをだすように指示していたのか。
酔いつぶれた俺を保護したので休ませているだの、と適当な事を恐らく並べ立てているに違いない。
周到な男だとはわかってはいたが。あの弱々しそうな、捨てられた大型犬のようなしょぼくれた様子は演技か。
掌で踊らされるのは本意ではない。
「も、どる」
そういうと、ヴァンは珍しく動揺を表に出す。
身体を僅かに起こそうとするだけで、今までにない鈍痛が全身を襲ってきて、息をあがる。
「今身体を動かすのは得策ではない。ほら、横になるといい」
お前、治癒術使えるはずだよな、セブンスフォニマーなんだから。なら、とっととかけろ!大体獣みたいに盛りやがって、ヤリ殺す気か!
と、色々言葉を投げつけたいが、気だるさが勝り、何よりも枯れきった声では弱々しい罵倒にしかならないことも承知している。
僅かに起こした身体はまた力なく、そして明確な意思をもって、ゆっくりと倒れる。ヴァンの胸に向かって。
ほうっと安堵の息が頭上で零された事に、ガイは顔を俯かせて口元を綻ばせる。
腕の中に抱き込まれて、暖かさに包まれてそれからゆっくりと瞳を閉じた。





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