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小話
ガイが思春期になりました(後編) ルクガイ
「どうぞ、ごゆっくり」
紅茶を出した後、一礼して退室する。少年の姿が扉の向こうに消えるまで、ナタリアは彼女らしくない無作法さでじっと視線を注いでいた。
ナタリアの前に転がり出るように玄関前まで走った時に少年ガイはこけた。それは見事に。
ダボダボのズボンに足をひっかけてしまったのだ。
そこで洋服選びが始まった。24歳のガイの衣服より、まだ身長差などに差がないルークの衣装を貸してやる事にした。
そこでも色々一悶着あったが「ナタリアを待たせるのはマズイだろ」の一言で素直に従った。
それでも裾や袖は折らなければならなかったが、ガイの衣服よりは機能的に動き回れるようだ。
「驚きましたわ。あの頃のガイですわね」
そういえばあの頃の彼は余所余所しかった。ルーク、今はアッシュと名乗る彼と共に遊んだことは何度もある。だが、いつも一歩身を引いて静かに見守っているだけ。
今のガイらしくなったのは……
思考を一時中断すると、視線を目の前で紅茶をすするルークへと向ける。
そう、ルークが帰還した時からだったわ。何も出来ない、言葉すら満足に出てこないルークの世話を任された頃から、単なる使用人ではなく「ガイ」らしい表情をみせるようになったのは。
「なんかさ、ヘコむな」
「どうしましたの」
「好きなヤツに、冷たくされると辛いよな」
はあっとルークは深くため息をつく。
どうも少年のガイがルークに対し慇懃無礼に接しているのが不満らしい。無理もない、そうナタリアが同情を寄せようとした時
「アッシュのヤツ、あんな冷たい視線や態度に耐えて、よく幼馴染ヅラできたよな。あの鋼鉄の神経が羨ましい」
そんなルークの言葉が耳に入り、今度はナタリアがはあっと深いため息をついた。
「あ、そうですわ。これ、おばさまからお預かりしましたの」
ナタリアが取り出した革表紙の本数冊を差し出す。
「なんだこれ」
「見てのお楽しみですわ。でも、これが今あなた方の手に渡るのはユリアのお導きかもしれませんわね」
どういう意味だ?と尋ねようとするまえに、こくりと喉をならして紅茶を飲み干すと、ナタリアは優雅に立ち上がった。
「では、わたくし、行きますわ。ジェイドへの連絡は私が行っておきます。
どんな薬でも風邪に効くというあなたの誤った知識のせいで、ガイの身体に異変が起こっているのですから、一刻でも早い方がよいでしょう」
「すまないな、ナタリア」
「かまいませんわ。お見送りは結構です。あなたはそれに目を通して、そしてガイの傍についてあげるべきですわ」
「わかった、そうするよ」
幼馴染が扉の向こうに姿を消したあと、もう一度カウチに腰をおろして、置いていった本を手に取る。

ガイの字だ。
今よりずっと拙い字だけど、間違いない。
そこには淡々とルークの様子が記されていた。どうやら育児日記のようなものらしい。
まっさらになって帰ってきたと思われるルークの面倒を年が近いという事で、ガイが任されていた。
一日の終りにはルークの様子を記し、病弱ゆえ床に伏せる事も多かったシュザンヌが目を通していたのだ。
食事をした時間、排泄の有無、昼寝時間。
そこに書かれた文字は全く温度を感じさせない、突き放したものだった。
ひやりと指先が冷えてくる。
そうか、そうだよな。14歳のガイはこんなにも冷たい炎を宿していたんだ。
復讐するために使用人生活を強いられ、そして挙句にはオレみたいなのの世話を押し付けられて。
仇の息子、だったんだよな、あの頃のガイにとっての俺は。
知っていた事じゃないか。
ガイの記した過去に触れ、どれだけ自分への嫌悪を押し隠し、冷静であろうとしているのが伺える。
素っ気ない文字は、今目の当たりにしている少年の態度を思い出させて、ルークを陰鬱にさせる。
パラパラとめくっていくと、書かれている文字が増えている事に気づく。
捲る手をとめる。
「朝起きた時のルーク様の機嫌は昨日よりやや良好といったところでしょうか。
おはようの挨拶は出来ました。おやすみの挨拶は「まだ寝たくない」を繰り返しただけで、できておりません。
朝食をうまく食べれないので、なるべく一口で咀嚼できるものに変更できないでしょうか。
ヨーグルトのフルーツはなるべく甘味の強いものを。キウイは舌がビリビリする、と言って舌をだして顔を顰めておいででした。
そして中庭の溝が今のルーク様の足のサイズと同じです。すっぽりと入り込みそうになっています。
溝の上になにかしら蓋などできないでしょうか。このままではお怪我をしてしまいます。
木登りは、中庭裏の楡の木の三番目の枝まで登れるようになっています。
高い、高い、とお喜びになっておいででした。
お言葉の数は昨日より二つ程増えておいでです」
「もう今朝の出来事がお耳に届いておいででしょうが、ルーク様はそれを悪い事ときちんと認識しておいででした。
慌ただしくシーツやマットを取り替えるメイド達を前に、私の後ろに隠れておいででしたが、恥ずかしかったご様子です。
そのせいか、朝食は残さず綺麗に食べられておいででした。
それから花を摘んでメイドに手渡しておりました。そして――――――」
そこに書かれてある事をみれば、どれだけガイが自分を注視して、そして何よりも温かい眼差しで見守っていてくれていたのかが伝わってくる。
義務感だけではないものがそこにはあった。
初めに書かれてあった温度差はケテルブルグとケセドニアくらいに体感温度が違ってみえる。
「んだよ、これ。あいつ14歳で一児の父親みたいじゃねえか」
じわりと目頭が熱くなる。
そうだ、結局ガイは突き放したままじゃいられないんだ。
俺の事、仇の息子だって思っていて、復讐の道具だって思っていても、まっさらでなんもできなくなった俺の世話押しつけられて不満を感じていたって
結局は不安で弱っている人を見捨てられない。

じゃあさ、今度は俺の番だろ。
突然の環境変化に戸惑っているのに、それをおくびにも出さないでいるガイ。きっと不安でいっぱいな筈だ。
俺が、あいつの世話してやったり、慰めてやったりしなきゃ!
使命感に火がついてルークの背後に炎が見えそうなほどメラメラと燃え盛っている最中に、ガイがワゴンを運びながら部屋へと入ってくる。
「お片づけいたしますね」
「俺もやる!」
「ルーク様、これは使用人の仕事で」
「んだよ、片付けを恋人に押し付けてふんぞり返る男じゃねえぞ、俺」
「いえ、ですか……はああああ?」
目を丸くして素っ頓狂な声をはりあげたガイに、ルークはしまったと思ったが、居直る事に決めた。隠し事なんて俺うまくないし。
「な、な、なんで!!!女性恐怖症だからって、未来の俺は男に走ったのか?しかもよりにもよって、お前と?お前なんかと?」
ルークの胸ぐら掴んで一気に捲し立てたガイが、はっと気づいて手を離そうとする。
だが、ルークはガイの背に腕を回して、身体を離そうとするガイを腕の中におさめる。いつもと違って華奢で狭い背中に胸の奥が小さく疼く。
「うん、俺と。でもさ、俺、カッコイイんだぜ」
その言葉に素直にガイは顔を顰めて見せる。慇懃無礼を装っていた時よりもずっとガイらしくてルークは心が弾んでくる。
「14歳からのお前が俺をすげえイイ男に育ててくれた。だから今のお前も俺に惚れるって」
「ない!!あるわけがない!!お前とだけは絶対ない!!」
ガイの必死の全否定にルークは笑う。あー、なんかすっげえ可愛い。
顔を真赤にして「何笑ってんだよ!ふざけんなよ」と怒り出すガイは、昔の自分を思い出すようで。
「いーや。絶対お前は俺に惚れる。俺がどんな年齢のお前でも好きなように、どんな年齢のお前も俺のこと好きに決まってる」
にかっと笑うルークに一瞬見蕩れてしまい、怒りを忘れた事にガイは苛立つ。
八つ当たりでルークの足を思い切り踏んづける。
「イテエエ」と大袈裟に騒ぐルークの腕からするりと抜けだすと「そんなわけないだろ」と言い放ちその場から逃げ去った。
慌ててルークはガイの後を追う。
昔とは反対だよな。あの屋敷の中で、俺が逃げて、ガイが笑いながら追いかけてきて。
初動が違っていても、すぐにルークは少年ガイの背をとらえる。でも距離を一定に保ったままにしておく。あの当時のガイがしてたように。
「おーい、片付け手伝ってくれよ」
「うるさい、変態!」
「お前、この屋敷、どこの地域にあるのか知ってる?」
「バチカルだろ!」
「シェリダンだ」
ピタリを足をとめ背後のルークを、まさかという目で見返している。
「アルビオールっていう浮遊石をつかった乗り物もあるんだぜ」
見返す瞳に剣呑さは鳴りを潜め、逆にキラキラと輝かせている。
「お前の洋服も買わないといけないし、街を案内してやるよ」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたあと、一呼吸おいて、慌てたように
「ふ、服が欲しいだけだからな。お前の服いつまでも着ているわけにはいかないし」
頬を赤く染めて取り繕う。
「そうだな。じゃ、早速行こうか。服買って、それからノエルかギンジに会いに行って、アルビオールに乗せてもらおうぜ」
たちまち顔を喜色だけで染め上げるガイをみて、ルークもうれしくなる。
時折自分の存在すら忘却される音機関をあまり好ましく思ったことはなかったが、今は深く感謝する。
「じゃ、行こう」
差し出された手にきょとんとするガイに
「ここでお前迷子になったらどうしようもないだろ」
そう説明する。少しばかり逡巡したガイはルークのシャツの端を掴む。
「これでいい」
「そっか」
まだ手をつなぐには早い関係だけど、きっとこのガイとも仲良くなれる。
そう確信して、ルークは街へと歩き出す。




タカトリナナさんの身悶える妄想に感化されて書いた話です。
一応ガイ視点の続きを考えていて、チマチマ書き進めているところです

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