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小話
愛人 初日ボツ話
それは15歳のころ

「ガーイ、ガーイ」
誘拐されて戻ってきたルークは赤ん坊状態となった。
そのルークをようやくここまで育てたのは俺だ。
仇の息子で、いつかその命をもらうはずだったのに、俺の姿をみると一目散に駆け寄ってくる姿をみるとそんな気持ちが少しずつ萎んでいく。
こんな事ではいけないのに。
そう思う俺にペールは笑って
「ガイラルディア様、無理に復讐などされなくてよいのですよ」と言ってくれた。
俺を命がけで救ってくれた老騎士は復讐で俺の手を汚す事を望んではいなかった。
「そうはいかないさ」
自分に言い聞かせるように、目を瞑る。父と母と姉の姿が浮かんでくる。
復讐をやめるわけにはいかない。


そうやって俺を諌めてくれていたペールが庭先で倒れて、あっけなく亡くなってしまった。
突然の喪失に俺はどうしていいのかわからなかった。
屋敷の人間があれこれ手配してくれたおかげで、簡素な葬式をあげ、墓をたてる事も出来た。
だが。
俺が復讐など言い出さなければペールは異国の地で命を落とす事も、異国の地に埋められる事もなかったのだ。
そして何よりペールがいなければ俺は何も出来ないのだ。単なる子供。
小さなこの手でルークの首を絞めれるのか。俺の顔を見上げれば無邪気に笑う子供の首を。
公爵の命などますます不可能に近い。元帥という地位は飾りだけではなく、並々ならぬ威圧感を常に湛えている。
「ごめんな、ペール。俺のせいだ」
ペールが倒れた中庭にたって、小さく呟く。
滲んだ涙を拭おうとすると、どこかから視線を感じる。
屋敷の方に目をやるが、潤んだ視界がぼやけただけで、何もわからなかった。
男が泣くなんて恥ずかしいな、と袖口で拭って中庭を後にする。
部屋に戻ってこれから先の身の振り方を考える。
ヴァンデスデルカを頼ろうか。だが、あいつも忙しいはずだ。おまけに公爵家で働いていた俺がヴァンデスデルカの元にいくとなると
関係性を疑われ、ヴァンデスデルカに迷惑をかけてしまう。
そう考えていると、扉がノックされる。
入室を促すと、入ってきたのは執事のラムダスだった。

「旦那様がお呼びだ。粗相のないように」


ラムダスの後について、屋敷の奥に進む。豪華で重厚な扉がいくつも並んでいる中、突き当りの部屋の扉をラムダスが叩く。
「旦那様、ガイを連れてまいりました」
「入りなさい」
初めて通される部屋だった。広い部屋の壁には天井まで届く書棚が並べられ、広く高い窓を背に大きな執務机で何か書きものをしているファブレ公爵がいた。
ラムダスはそのまま扉の所に立っている。顎で「いきなさい」と公爵のそばにいくように促される。
屋敷で働くようになって数年になるが、公爵とこうして対峙する機会は少なかった。
近づいていくと、これ以上にない威圧感に圧倒される。
「ガイと言ったな」
規則正しく羽根ペンを走らせながら、視線を俺にむける事もなく公爵が尋ねる。
「はい」
「庭師の祖父の事は残念だったな。お前の処遇だが」
ようやく手をとめて、こちらを見上げてくる。碧の鷹のように鋭い目が俺を貫く。
「今まではルークの面倒をみてきたようだが、あれも随分言葉もおぼえてきた。
お前の役目は家庭教師に移すのが良策だろう。そうラムダスが進言してきたのだが」
言葉をきると、表情を緩めることなく口元を少しばかり綻ばせる。
「ルークがお前でないと駄目だとかなりの駄々をこね、シュザンヌに泣き付いた。そのシュザンヌが私に懇願してきた。
シュザンヌの甘さは元からだが、あれが誘拐されてから一層酷くなっておる」
どう返事をしていいかわからず、戸惑いのままに無言で公爵を見守り次の言葉を待つしかなかった。
「だがまがりなりにも公爵家嫡男であり、王位継承者、ナタリア王女の婚約者でもあるルークが使用人に付きっ切りというわけにはいかん。
わかるな」
「はい」
ようはお役御免。クビってわけか。ペールがいないなら俺はここを出ていくように、という事なのだろう。
ルークに波風たてぬように俺から辞めるように言わせたいのだろう。

「読み書きは出来るな」
「え、は、はい」
思いがけぬ言葉だった。
「古代イスパニア語は」
「はい、出来ます」
「算術は」「はい」
「ふむ、上出来だ。ではお前に仕事を申し付ける。私の執務の手伝いだ」
「…え…」
予想外の展開に返事を忘れて立ち尽くす。
「ルークの世話は午前だけにしなさい。午後からは家庭教師をつける。
お前は午後からこの執務室で私の指示に従うように。明日からだ、わかったな」

あの日から俺の運命は変わっていった。

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