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小話
掌の温度 ヴァンガイ
ふと意識が覚醒する。
使用人部屋の粗末な硬い枕とはまた違った硬いものが、ガイの頭部とシーツの隙間に滑り込まされている。
腕だ。
その存在を起き抜けの頭が認識した途端、ガイは飛び起きる。
やばい、もう部屋に戻らないと。
意識を飛ばす事は別にこれが始めてではない。
だがその度に、身体を清めた後、申し訳なさそうな声色で
「ガイラルディア様、そろそろお部屋に戻られないと」と軽く肩を揺すってガイの意識を覚醒するのが常だった。
今日に限って何故、と気持ちよさそうに寝ている恋人の方を恨みがましく睨もうとして、漸くここがファブレ公爵の屋敷でも、バチカル城下町の宿屋でもない事を思い出す。
ああ、そうだった、とほうっと安堵の息をつく。
ガイは一週間の夏期休暇を貰い、ヴァンと碧い海が美しいこの街で待ち合わせ共に休暇を過ごすことにしたのだ。
チラリと窓に目を走らせると、まだ夜の帳は下りたままで、夜明けには遠そうだ。


寝直すか、とガイが起きた拍子で撥ねのけた掛布を掴む。
だが、少しばかり逡巡する。
ヴァンの左腕は伸ばされ、ベッドの端まで届いている。
意識を取り戻したガイはその腕を枕にするのは気恥ずかしい。
だからといって腕を動かせば、ヴァンの眠りを妨げてしまいそうで躊躇われる。
どうしたものかと考えていると、眠っているヴァンの厚い胸板に視線が止まる。
好奇心から、ガイは手を伸ばして触れてみる。
衣服に隠れる箇所なので、思った以上の肌の滑らかさに、思わず口元が緩む。
行為の最中は、一方的に奉仕され、一方的に貪られるせいか、こうしてヴァンの身体をじっくりと眺めた事はない。
掌に吸い付くような滑らかな肌をしていたなんて知らなかったぞ、と心の中で悪戯っぽく呟く。
それから少しばかり嫉妬の念も沸き起こる。
ヴァンは立派な体躯をしていて、その筋の人間達から羨望のまなざしを向けられるだろう。
反して自分はどうなのかと。
鍛錬は全く怠ってはおらず、日々精進しているのだが、望むような身体にはなっていない。
時々手合わせする白光騎士団に体重を尋ねられ、素直に応えると「マジか!」と全身を無遠慮な視線で見られたものだ。
そう、筋肉はついてウエイトもあるはずなのに、どうも線の細い身体に見られてしまうのだ。
腹筋も綺麗に割れているのだが、華奢に見えるらしい。
それもこれも厚い胸板がないからではないか、と考えたのだが、それを言うと笑い飛ばされ「筋肉のつき方が違うんだろう。速さと手数重視の剣捌きだから、身体に重さと厚みがあるとその特性が殺がれてしまう」と諌められたが、でも男としては憧れるではないか。


ガイはそのような出来事を思い出しながら、寝ている事を良いことにペタペタとヴァンの胸板を無遠慮に触りまくると次は伸ばされた腕を触り始める。
立派な上腕二頭筋にメラメラと嫉妬の炎を燃やし始める。伸筋はまだ俺の方が……いや、やはりこいつの方か。
その腕の先にある左手は、まるで天井から水滴が落ちてくるのを受け止めるように、軽く天に向かって折り曲げられている。
そっとその開かれた手に指を滑り込ませる。
この手とは何度も触れ合っている。
意識を飛ばす前、何度も何度も追い上げられ、快楽の濁流に押し流され泣きながら助けを乞うように名を呼べば、手を力強く握ってくれる。
ただ、あの時は自分の身体の何処もかしこも熱くて、握ったヴァンの手も負けずに熱かったが、今触る掌はあの時の熱が嘘のように、穏やかな温かさだ。
思わずガイの口は微笑をかたちどる。
瞬間、石像のように動かなかった左手がぎゅうっとガイの手を握り返し、ガイの肩にヴァンの左手がかかったかと思うと引き寄せられ、先程まで触っていたヴァンの胸板に頭をのせられる。
「なんだ、起きていたのか」
「あれだけ触られれば」
どこか嬉しそうな響きでヴァンが応えると、ガイは少し顔を顰める。
「我慢していたのですよ」
「くすぐったいのをか」とガイが問い返せば、ヴァンは微笑んで
「いえ、初日からあまりガイラルディア様に無理をしてしまうと、せっかくの休暇がベッドの上だけになってしまうと」
そうヴァンは言うが、先程までの性交はかなり激しく容赦ないものであったとガイは苦笑いで返す。
「でも、ガイラルディア様がこうして誘ってきてくださるのに、手を出さぬのは申し訳ない」
「……」
ようやくヴァンの意図する事がガイにはわかった。
熱っぽい視線を送られ、握り返された手は温度をあげて熱いほどだ。
「い、い、いや。明日は俺は海で泳ぎたい」
「明後日でも宜しいではないですか。まだ時間はたっぷりあるのですから」
そういうと、クルリと身体が反転させられ、ヴァンはガイに覆いかぶさるように唇を奪う。
抵抗虚しくガイはそのままヴァンに美味しく食べられる事となる。



おまけ

一週間後
「結局一度も海に入らなかったな」どこか遠い目でガイがポツリと呟く。心なしかげっそりとして見える
「また次の機会があるではありませんか」そう言うヴァンは肌がツヤツヤして、満面の笑みだ。
「……お前とはもう二度と休暇を合わせない」
「何故ですか、ガイラルディア様。次の冬季休暇も一緒に」
焦るヴァンの言葉をガイはひたすら受け流した。

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