小話 現代パラレルVG たとえば。 映画でも観に行こうかと誘ってみる。 彼と私の映画の趣味は異なる。彼はCGを多様した映画を好む。 そして話よりもその技術に注視している。 私は虚構の世界ながらも、話の根幹がしっかりとしているものを好む。 私の誘いを受けて、ソファで携帯を嬉々とした表情で弄っている。 彼の携帯は私の所有のものとは異なり、平べったく大きい。 指で液晶部分に触れていた手がとまる。 私に向かってその液晶を見せるように掲げる。 「これはどうかな?」と彼が選んだ映画は、私好みのもので、間違いなく彼には退屈なものだ。 「構わないが、寝てしまわないか」と意地悪く微笑むと、わずかに眉を寄せてふくれっ面をみせる。 普段はしっかりした青年と称される彼だが、私といると子供のように感情が顕になる。 「寝ない」きっぱりと断言した彼に「そうか。では、寝たらおしおきだな」そう告げると、ぎょっとしたように目を剥く。 その様子に喉を震わせて笑うと、頬を紅潮させ眦を決して「からかうな!」とソフャから立ち上がる。 「冗談だ。悪かった」そう素直に謝れば、彼は直ぐ様怒りを顕にした事を恥じる。 何か言いたそうにしている唇に、私の唇を重ねてすぐ離れる。 パチクリと青い眼を瞬かせる彼に「寝たらキスをして起こしてやろう」というと、今度は耳まで真っ赤に染め上げて、口をパクパクさせている。 なんとも可愛らしい反応をみせる彼に笑ってみせると、真っ赤なまま、苦虫を潰したような顔で横をぷいっと向いて「映画の間、キス魔になる気か」と言葉をこぼした。 たとえば。 私は移動手段として車を好む。 彼はバイクを好む。 しかも運転だけに留まらず、休日はガレージに篭って道具でなにかしらのメンテを行っているようだ。 私は車を好むが、あくまでそれは移動手段としてであり、彼のように内部構造にまで詳しくあろうとは考えた事もない。 最低限の知識があれば、それ以外はディーラーの仕事だという認識だ。 彼はバイクを物ではなく、まるで愛犬のようにかわいがっている。 ピカピカにその車体を掃除しながら、懸命に何か声をかけている。 不可思議である。それは無機物であるから、声をかけてもなんら反応があるとは到底思えぬ。いささか胡散臭げではあるが、植物も話しかければよく育つという説はある。 だが、バイクは違うものだ。 一度それを口すると、彼が大層怒ったので、それ以来そのことには触れないでいる。 だが、ツナギを着て、ペンチをもってオイルで顔を汚しながらも嬉しそうにしている彼を見ると、坐り心地の悪い感情が腹から沸き上がってくる。 「昼食にしないか」と声をかけるが、意識は目の前のバイクにあり、私の言葉は彼の耳を震わせるだけだ。 「んー、まだいい」こちらに意識も視線も向けぬままの彼に、無性に腹がたってくる。 その感情や、腹が立つ理由を私はよく知っている。「嫉妬」というものだ。よい年をして恥ずかしい限りだと自覚している。 あまりに付き合いの長い感情なので、そろそろ扱いも心得てきた。 「そうか、では、私は出かけるとしよう」 彼が私以外のものに愛情を注ぐ事を視界にいれなければいい。同じ空間に身をおいて意識を彼に向けない事は不可能だと悟っている。だからそんな時は距離をおけばよい。 「誰かと会うのか?」 ガレージから出て行こうとする私の足を止めたのは彼の怒りを滲ませた声だった。 「いや、そのような予定はないが」 「本当か?そう言ってこの前あの秘書と会ってただろ」 いつもあんなに大切に扱っている工具をその場に投げて、つかつかと私との距離を詰めながら、先々月の事を持ち出してくる。 この前、にしてはあまりに遠い出来事だと思うのだが。 兄さんとガイって時々天然よね、としみじみと溜息をついた妹の言葉が脳裏をかすめた。 たとえば。 見たい映画は異なる。 愛情を注ぐ対象も異なる(彼は無機物をあまりに愛しすぎている) 音楽の趣味も異なる。 異性の好みも異なる(彼は女性のあらゆる変化に敏感だ) 読む本も異なる。 さて、では、何故私たちは共にいるのがこのように心地良いのだろうか。 「美味いな」 彼は箸を上手に扱う。そして魚を綺麗に食べる。マナーの教本に載せても良いくらいだ。 「ああ、そうだな」 私も魚を好む。 その時に気づく。そうだった、私たちは好物が同じであった。苦手とするものも同じであった。 互いの舌は似ているのだろうか。 だから彼の舌を絡めるとこのうえなく、満たされ、心の空洞が幸福で埋まっていくような錯覚に陥るのだろうか。 私が彼の全身をこの舌が好んでいるように、彼も私を好んでいてくれているのだろうか。 真向かいで食事している彼の手をとり、指を舌で味わうと、顔を赤くしながらも微笑む彼をみると、どうやら正解のようだ。 終 幼なじみ設定だけど、離れていた時期あるのでなんとなく照れというか距離のある二人 H済み おーとりさんに押し付けたもの ポエム魂爆発 小話TOPに戻る |