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小話
蝶のつかまえかた
ひらひらと蝶が飛ぶ。
「まってー」
必死になってその蝶を追いかける。
金色の髪は日光をうけて煌かせながら、たとたと、と本人の思いとは裏腹な呑気な足音をたてて、蝶に後を追って走りまわる。
もみじのような、小さな小さな手の中に収めようとしている。
網を持ってきましょう、と声をかけたが、ふるふると頭を左右に振って「その間に逃げられちゃう」と私に背を向けてまた走りだす。
咲き乱れる花のひとつに止まった蝶に、腰を落としながらそーっと息をひそめて近づく。
両の手を広げて、さあ、今、という時に、蝶は鱗粉をまき散らしてひらりと身をかわす。
林檎色の頬をぷうっと不満げに膨らませてる。
だが、癇癪を起こして地団駄を踏むわけでもなく、空の瞳は空中を、まるで誘うように優雅に飛びまわる蝶をまだ追っている。そして躊躇ってもいる。
蝶の誘いにのり、また手を広げても、蝶がするりと逃げ去ってしまうと悲しくなるからだ。
もう少しで手に入れると思った瞬間、それが消えてしまうと、より深く絶望してしまうから。
「では、私が捕まえてさしあげましょう」
すると、ぱあっと顔を輝かせて私を見上げる。
ほんとうに?と尋ねる事などしない。ありがとう、と先に礼を口にする。
鮮やかな紅の花弁に止まった蝶に、ゆっくりと近づく。
固唾を呑んで見守るガイラルディア様の姿を目の端で捉える。
そうっと手をのばして、一瞬のうちに蝶を手の中に収めることに成功した。
「ヴァンデスデルカ、凄い!」
腰を落としたままの私に駆け寄ってくる。肩に手をおいて、頬が触れ合うほどに顔が近い。
興奮を隠しきれぬ様子のガイラルディア様に、そっと合わせた手を少しだけ開く。
そこには、急に不自由を強いられてしまった蝶が、懸命に手の檻の中から飛び立とうとしている様子だった。
それを見た幼き主は命を下す。
「……もういいよ。放してあげて」
その言葉を受けて、手をひらくと素っ気なく掌から去っていく。
ガイラルディア様は蝶の軌跡を追いながら、満足そうに私に笑ってみせる。蝶を失った私の掌に自分の掌を重ねて「帰ろう」と促した。
小さな手を握りしめて、ガルディオス邸へ向かって歩いていると
「どうしてヴァンデスデルカは蝶を捕まえるのが上手なの?コツがあるの?」と小首をかしげながら問い掛ける。
「ええ、ありますよ」
「教えてよ」
「それはですね」



相手を欲している事を気取られてはいけないのですよ。身を焦がすような想いで、相手をどれだけ渇望していようとも。飢餓に心が狂気に捕らわれてしまっても。
口は言葉を紡がせないように。目は想いを乗せぬように。気取られるように心は凍りつかせて。
そうすれば、欲しいものはいつの日かこの手の中に収まるのですよ。
「はっ……ヴァ…んっッ。ヴァン!やっ……あ、アッ、ヴァン…、ヴァッ」
貫かれ、揺さぶられながら、必死に縋りついて名を呼ぶ、幼き頃から渇望していたもの私が漸く手に入れたように。
あの遠い日触れるほどに近かった頬に口づけを落としながら、自ら望んで入った檻から彼が逃げ出さぬように、きつくきつく抱き締める。




7月4日の日記より転載
前半と後半の温度差がハンパない(笑

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あきゅろす。
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