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10万企画小説
公爵ガイ 新婚パロ続き 後編
鈍痛で目が覚める。
昨日の雨が嘘のように、朝日が閉じた俺の瞼を突き刺してくる。
仕方なく目を開けて、ゆっくり身体を起こそうとする。
が、痛みが全身を走り「―――ッツ」悶絶する。
ズキズキと頭は重く痛み、臀部やら腰やら股関節が身体を動かせば悲鳴をあげている。
―っのやろう。
赤毛ホモへの呪詛を何度も何度も何度も胸の中で繰り返す。今は声を出すのさえつらい。
どうやらベッドの上で寝ていたようだ。気を失ったのはどのタイミングだったっけ。
不愉快な昨夜の記憶を辿る。
押し倒されて、あんな場所にあんなもん突っ込まれて、ガツガツ突き上げられて息も絶え絶えになった辺りはまだ意識はあった。
痛みで気を失う事の難しさを昨夜は痛感した。
ああ、そうだ。その後浴室に連れて行かされて、あんな格好取らされて、今度なあんな場所に指突っ込まれて…。
恥辱で身体がかあっと熱くなる。
息も絶え絶えになり、ちっさいバスタブの縁に縋り「も、う、いいだ、ろ」と涙を滲ませて振り返って嘆願すれば、「まだだ」と却下された。
その時赤毛ホモの身体の一部が屹立しているのが目に止まり、「あんたなあ」と文句を言おうとした最中、くらっと目眩を起こしてそのまま視界がブラックアウトしたんだった。
飴の包み紙すら開けないくせに、どうやら俺をベッドに運んでパジャマを着せてくれたらしい。
髪は濡れたままで寝かせたんだろう。いつものクセで髪を掻こうとしたら、髪が爆発しているのがわかった。
仰向けの体勢からじわじわと動かし、横向きになる。
ああ、この体勢が一番楽だ。
こんな身体じゃ今日の講義全部休むしかないだろうな。
はあとため息をつく。
ったく俺は何やってんだか。あんな危険極まりない人物を家に招き入れたのが間違いだった。いや、飯を食べたのも。いやいやあの時車に乗らなかったら。
家族を突然亡くして16年。色々苦労はしたが、まさかこんなひどい目にあうとはな。
後悔は先に立たずとは言うものの「あの時こうしていれば」を考えずにはいられない。


その時、きいっと軋む音をたてて玄関の扉が開かれる。
誰だ。
身体をまた向けるのがつらいので、顔を必死に捻ると、そこには赤毛ホモが立っていた。
昨日とは違うスーツなので一度家に戻ったんだろう。
何しに来た、と詰りたいところだが、そんな気力すらわかない。
顔を戻して目を閉じる。倦怠感だの鈍痛だの吐き気だの目眩だのが一気に襲ってきて、声を荒げるのすらつらい。
畳がみしっと音を立てる。あいつが部屋に入ってきたのがわかる。
「ここに、私名義の口座、不動産、株券の写しと共に、資産総額と内訳を表記した紙もある」
まず何を言い出すんだ、こいつ。
重い身体を必死に動かし、半回転して男の立っている方に向き直る。たったそれだけでも時間がかかり、息がはあはあとみっともなくあがる。
だが睨むことは出来るので、目一杯睨みつける。
「責任は取ろう。私が死ねばこの資産の半分はお前のものだ」
………………は?
この赤毛ホモは一体何を言い出しているんだ。
「あの…っ…」
昨日散々喚いたせいか喉が枯れている。
顔を顰めると、一度開けっ放しの扉の向こうに消え、手にポカリをもって再び姿をみせた。
ストローくらい用意しろよ、と言いたいが、飴の包み紙すら開かなかったこの男にしては上出来なのかもしれない。
少し顔をあげて、口の中と喉を潤す。
ふうっとようやく一息つく。
「お話が見えません」
今日は資産を見せびらかしにきたのかと勘ぐりたくなる。そしてどうしてそれが半分俺のものになるんだ。
今度は目の前にA3サイズの紙をつきつけられる。
「戸籍謄抄本は取り寄せている。あとはここにお前の名前と印鑑を押せば終わりだ」
「…………おい」
「私は責任はとる男だ」
「おい、ちょっと待て」
「そうすれば資産の半分は」
「これ…、婚姻届じゃないか!!!」
身体を起こして用紙を奪い取る。ご丁寧に必要事項はすべて埋められており、あとは下の届け人のところだけがぽっかり空いている。
全身に痛みが走ったが、怒りでそれすらも一瞬忘れた。
「アンタなあ、昨日から一体何なんだ!急に車乗れって言って、強引に飯食わせて、んで部屋にあがりこんで人を……アレして!
んで今日は婚姻届持ってきて。アホか!!豆腐の角に頭ぶつけて死んでこい!今すぐ」
一気にしゃべると、肺が空気を欲して、ゲホゲホと噎せ返る。
その振動が身体に伝わり、痛みを再び引き起こしてしまうもんだから、襲ってくる苦悶の波が引くのをシーツを握りしめて待つしかない。
痛みの衝動をなんとかやり過ごして、やっと正常な呼吸が出来るようになる。


この男は、言葉が足りない。そして様々な過程をすっ飛ばして結論を強引に持ってくる。
人としての在り方が根本的に間違っている。説教をしようと、ゆっくり顔をあげようとすると、濃厚な花の匂いが鼻孔をくすぐった。
は?と思うまもなく、視界に赤が飛び込んできた。
それは真っ赤な薔薇だった。
後から数えたら俺の歳の数だけあって、俺を心底げんなりさせる事になるのだが。
膝をついた姿勢で、真っ赤な薔薇の花束を突き出しながら、顔をうつむかせて、ごにょごにょと小さな声で、あの男は
「一目惚れだったのだ。…責任はとる。結婚して―――く、ください」
ととんでもない爆弾を放ってきた。



***********



背中が温かい。
じんわりとした熱で半分意識が覚醒する。
寝ぼけまなこでサイドテーブルの時計に目をやると、夜4時を過ぎたところだった。
首を捻ると暗闇の中に赤い髪がちらっと視界の端にうつった。
「帰ってきてたんだ」
小さくひとりごちる。
二週間海外に出張していたヤツが戻ってきたのだ。
油断した。部屋の鍵はかけておくべきだった。
その考えを読み取ったように
「無用心だな。きちんと鍵はかけておきなさい」
くぐもった声がかかる。
どうやら起きていたらしい。
「旦那様がいなければ鍵は必要ないですから」
二週間前の出立前夜、自分が何をしたのか覚えているんだろうか。
そっけない言葉に返事はなく、かわりに脇とシーツの間に手を差し込まれ、ぎゅうっと背面から抱きつかれる。
「退いてください。加齢臭が俺に移ります」
これも返事がなく、益々きつく抱きしめられる。


「お前のことをずっと考えていた」
「……奇遇ですね。俺もそうです」
俺の言葉に、背後から歓喜のオーラが一気にあふれたのがわかる。
「俺も、俺の事をずっと考えてました」
悦びに膨らんだ気持ちが、一瞬にして萎んでいくのが、顔を見ずともわかり、口元を緩ませる。
二週間前の意趣返しだ。
何度ももう無理だと泣きながら嘆願し、こもらない力で必死に引き剥がしているのに、盛りのついたガキみたいにがっついてくれた。
そのお陰で翌日はずっとベッドの住人になった。以前は二日寝込んでいたから、俺も慣れてきたものだ。
いや、こんな事慣れたくもないんだけどな。
俺の言葉でずーんと気落ちしているのが背から伝わってくる。
ようやく溜飲が下がった。


言葉が壊滅的に足りず、しかも常に顰め面しているせいで、その胸の内はわかりにくいし掴みにくい。
だが慣れてくれば俺の言葉や仕草一つ一つで、感情を激しく浮き沈みさせているのが見て取れる。
それを、可愛いもんだと思えてくるから恐ろしい。
……本当に恐ろしい。
道を思い切り踏み外している。
ふうっとため息を吐くと
「でもあなたの夢をみてましたよ。さっきも…」
そう言葉を零せば、背後が一気に沸き立つ。
夢の内容は告げないほうがいいだろうな。
あまりつつき過ぎると、へそ曲げて、大人げない事を恥ずかしげもなくやってのけるからだ。
先月のバレンタインなんか、ルークが困り果てたように「父上が可哀想だからもっと優しくしてあげて」と瞳で訴えてくる事態に陥ったし。
俺はあの瞳に何故か弱いんだ。
肩を押されて、自然とあおむけの形になる。
覆いかぶさってくるヤツを見上げる。
その時になって気づく。
ああ、そっか。あの瞳は。
父子だもんなあ、としみじみと血の繋がりの恐ろしさと、道を思い切りどころか、とてつもなく踏み外している自分の愚かさに、口が自然と微笑む形をとる。
それを了承と受け取ったのか、近づいてくる唇を、まあいっか、と俺は受け止めた。




※作中にあった「おまえのことを考えていた」を受けての「俺も俺のことばかり〜」のくだりは
三谷幸○脚本の「総理におまか○」のワンシーンから使わせていただきました(ドラマでは当然男女のシーンでしたけど)

匿名様からいただきました「公爵×ガイ 新婚パロの続き」でした。
続きじゃないじゃん!エロもないじゃん!と自分でツッコミいれたり、謝りたい気持ちでいっぱいです。
後からおまけという形で、二週間前のエロス部分だけをさっくり書き足したいです。
どうしても話の流れ上いれるよりもさっくり流したほうがいいかなあ、とかなんとか考えてしまったもので。
続きを是非読みたいとおっしゃっていただいたのに、色々申し訳ないです。
でも、当初あほえろ話として書いていたのですが、改めて二人の関係を書き始めると、楽しくて楽しくて筆が止まりませんでした。
本当に楽しかったです。有難うございました。

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