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10万企画小説
公爵ガイ 新婚パロ続き 前編
「バレンタイン」公爵ガイ現パロ新婚の続き?です
※現パロで男同士が結婚してて、性格改変が甚だしいです
※エロなしです


第一印象は最悪だった。
いや、第一印象「も」最悪だったが正しいか。
廊下の向こう側から来る一団の中心にあいつはいた。
先を真っ直ぐ見据え、隣で必死で何か説明している教授に一瞥をくれることもない。
耳には届いているのだろう。教授の言葉に、口を開いているようだったから。
だが、視線はやらない。周囲が傅く事が身体に染み渡っているような傲慢さを撒き散らしながら、前だけを見つめ歩いている。
男の正体を知らない学生ですら、咄嗟に廊下の端に移動し、すれ違う時頭をかるく下げさせる程に周囲を圧倒している。
俺も例外ではなく素直に廊下の隅に移動し、この団体が通りすぎるのを大人しく待った。
すれ違う時に息を潜めてしまったのは、やはり並々ならぬ威圧感を覚えたからだ。
定規でもあてているのかってくらい真っ直ぐに伸ばされた背だな、と彼らの背を見送りながら、ぼんやり考えていた時。

視線が交わった。

肩越しに振り返ったのだと気づいたのは、男が再び前を向いてからだった。
「びっくりした。あのおっさん何者だよ」「コエーな」と学生たちが次々に今の団体への感想を言い始める。
「共同研究パートナー探しじゃねーの。海のものとも山のものともつかない研究だから、なんとか金蔓掴みたいんだろうよ」
となると、あれだけ周囲がへつらうくらいだから、余程の裁量権をもってんだろうな。羨ましい話だ、こっちは貧乏苦学生だってーのに。
ちょっと気持ちを腐らせたが、研究室に着く頃にはすっかりあの男の事は頭から抜け落ちていた。


それから数日経ち、夕方から急に降りだした雨を前にため息をついていた。
天気予報のつれない裏切りには何度もあってきた。だからこそ置き傘もしてた。
だが、その置き傘をどうやら盗られてしまったらしい。
夜8時になったキャンパスは研究棟しか灯りがついておらず、当然売店も閉まっている。
近くのコンビニで傘を買うにしても、たどり着くまでずぶ濡れになりそうだ。
参ったね、と髪をガリガリと掻いた時、隣に誰かが立った気配がした。
そちらに視線をやると同時に「うあっ」と変な声が口からあがった。
先日みた赤毛の男が立っていたからだ。
オーダーメイドのスーツを身に纏い、身に付けているもの全てが高級品なのは間違いないだろう。
それに見合う風格というのを兼ね備えている。
要するに、そんな男に隣に立たれると緊張で息苦しくなるってわけだ。
お迎えの車でも待っているのだろうけど、早く去ってくれないだろうか。
そんな事を考えていると、急に
「ないのかね」
と声をかけられ、肩がびくりと跳ねる。
え、俺?って俺しかいないけど。
ない、という言葉は傘にかかるんだろう。必要最小限の事しか口を開かないらしい。
「ええ、まあ」
はるか年上のお偉いさんにする言葉遣いじゃないとはわかってはいたが、珍しく俺も緊張しているようで敬語がすっぽり頭から抜け落ちてしまった。
答え方が気に入らなかったのだろう。横目でジロリと睨まれた。
仕方ないだろう。日本語の尊敬語、謙譲語は難しすぎる。
その時、横殴りの雨の中車のヘッドライトが見えた。
救われた!と心底安堵した。
お偉いさんの迎えの車だろう。黒い高級車が静かに前につける。
運転手の男が傘を手にして隣のお偉いさんの上に掲げる。


「乗りなさい」
その言葉が鼓膜を震わせた時、思わず周囲をキョロキョロと見渡した。
え、俺?俺に言ってんの?
「え、いや、あの、大丈夫です」
思わずしどろもどろになる。もし俺に言ったわけじゃなかったら恥ずかしい事このうえない。
だが、俺で間違いなかったようで、眉間に深い皺を刻むと
「何度も言わせるな。乗りなさい」
不機嫌そうに言い放つ。
さっさと背を向け、運転手が傘を翳したまま扉を開けると、車の中に滑りこむ。
扉を閉めると、運転手は俺に傘を向けてくる。
「さあ、こちらへ」
初老の運転手は俺に傘をむけているせいで雨に濡れている。
躊躇い押し問答すれば、益々濡れてしまうだろう。
「すみません」
ペコリと頭を下げて差し出された傘にはいる。
車の後部座席は広く、足もゆったり伸ばせる。だが、隣にあのお偉いさんが座っているので身を縮こまらせる。
「あの、有難うございます。そのあたりのバス停かコンビニで構いませんから」
「食べたのかね」
「は?」
バス停もコンビニも食べられないと思うが。
「夕食は食べたのかね、と聞いている」
察しの悪い学生を叱る教授のように、苛立ちげに言われると、咄嗟に取り繕う事が出来ず「まだです」とありのままを返した。
「そうか。いつものところだ」
「はい、畏まりました」
運転手が心得たように車を静かに走らせる。振動を全く感じさせない、まさに滑りだすといった感じだ。
「あ、あの。そこの角曲がった先にあるコンビニで下ろしてください」
「夕食はまだなのだろう」
会話が見事に咬み合わない。なんだ、こいつ、と反抗めいた気持ちが沸き上がってくる。
「ですから、そこの」
珍しく荒らげたガイの言葉は携帯の着信音によって遮られる。
すっと胸から取り出すと「何用だ」と相変わらず偉そうだ。
会話が耳に入ったらいけないよな、とドアの方に心もち移動し、聞いてませんよと言う風に車窓の向こうを眺める。
雨だし、夜だし、面白みのない景色だが、あいつの顔を見るよりはマシだな。
つーかどこに向かってんだ、この車。
金持ちの気まぐれなんだろうけど、なんでこっちの意思まるっと無視してんだよ。
そんな思考は「何故そんな端に座る」男の不機嫌な声で中断される。
気づけば通話はもう終わっていたようだ。
「電話されているようでしたので。万が一にも会話が耳に届くのは好ましくないのかなと」
「余計な気を回すな」
けんもほろろとはこの事か。
俺の言動一つ一つが気に入らないのか、眉間の皺は益々深く刻まれ、むすりと口を硬く結んで不機嫌そうだ。
空気が重い。窒息しそうなくらいに重苦しい。


きいっとサイドブレーキを引く音に、そっと安堵の息を零す。
ようやくこの息苦しい空間から解放される。降りたら礼を言ってとっとと逃げよう。
意気揚々と車から降りると「え?ここ……は?」文字通り目を丸くする。
目の前には昔ながらの日本家屋が在る。門から玄関までの距離で俺の住むアパート全体がおさまってしまう程の長さがある。
壁はこの手の家屋にしては珍しく高く、中の様子は窺えない。
だが、問題はそこじゃない。
高台のこの場所は、目の前の家以外何もないのだ。バスも通っているのかさえ疑問だ。街の灯が眼下に広がっている。歩いてあそこまでいくのはかなり骨が折れそうだ。
「何をしている」
強引に腕をとられる。おっさんのくせにえらく強い力でグイグイ引っ張っていく。
着物を来た女性が門の前で頭を下げて出迎え、部屋に案内する。
門をくぐると玄関に続く道の途中で、竹垣をきいっと押す。どうやら庭に続く扉らしい。
そこは手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。雨に濡れた庭石を踏み進む奴は、こちらを振り返りもせずに、だが逃がさないとばかりにきつく腕をつかんで引っ張る。
誰がどうみても怪しい二人連れだ。犯罪の匂いがプンプン漂っているはずだ。
だが女将は気にした様子もなく、おっさんに向かって傘をさしながら、楽しそうに世間話など始めている。
程無く、築100年は経っていそうな数寄屋造りの離れに到着する。
女将が玄関を開けて中に入れば、華美さはないもののシンプルで上品な部屋があった。
当然のようにどっかり上座に腰を下ろすおっさんを見下ろすように、俺は立って腕を組んでいる。
何をしている、と言わんばかりの強い眼差しを向けられるが知ったことではない。
今にして思えば、この時無言で引き返せばよかったんだ。
女将のにこやかな笑顔の、だが、有無を言わさぬ圧力に屈して腰を下ろしてはいけなかったんだ。


卓に上がった料理は、魚を中心とした和食で、いわゆる会席料理というやつなのはわかった。
目と舌で楽しむというやつなのだろうが、目の前の男のせいで美味しさは半減だった。
間が持たない事に業を煮やして、俺をこんなところに連れだした趣旨を問うたが、無言を貫き通される。
仕方ないので話を変えてみると、ポツポツと言葉がかえってくる。が、必要最低限のことしか返ってこない。
それでも根気強く、返ってきた言葉(単語の羅列であったが)を自分の中で噛み砕いて「それって、こういう意味ですか?」と問えばコクンと頷く。
金持ちのお偉いさんってこんな嫌な生き物なのか。この人の下で働いている会社員に激しく同情を寄せる。
数年経てば俺もこういう気難しい人の相手の顔色を窺うようになるんだろうか。
その時、急に奴が咳き込みだした。
よせばいいのに。本当に本当によせばいいのに、俺ときたら鞄をあさって、のど飴を一つ渡す。
「どうぞ」
ほんの一瞬、呆けた表情を浮かべると手渡されたのど飴をじっと見つめる。
「このまま食べろと?」
……どうやら人間偉くなると、基本的な事をやりたがないらしい。
仕方ないので奪い返し、銀色の包みを開いてから突っ返すと、ようやく口に運んだ。
人の親切を踏みにじる奴だ、と内心憤慨している俺をよそにどこかご満悦な様子で益々腹が立った。
今にして思えば「飼う気もないのにノラに餌を与えるな」という言葉は正しかった。
相手はノラではないが、あれで一気に懐かれたんじゃないだろうか。
気の重たい食事が終わって、ようやく俺のアパートが見えてきた時「喉が渇いた」とボソっと呟かれた。
無視すればいいのに、あの食事の後では聞かない振りを通すのも躊躇われる。
「インスタントしかないんで」
遠回りな断り文句を言うと
「私は気にしない」と偉そうに言い放つ。
チッと心の中で舌打ちし、運転手の人にも誘いをかけるが駐車場がないのでとやんわり断られる。
腹をくくって、「犬小屋より狭いですよ」と言ってみたが、「犬は飼ってない」と卑屈な冗談の一つも通じやしない。
車から降りる時、ヤツの動向に注意を向けるべきだったのだ。
アパート前で一度車の方を振り返ったのは、合図を送っていたのだと、こうして過去を振り返れば見えてくる。
小さなオンボロアパートの扉を開いて招き入れて、約束通りインスタントコーヒーを入れて、そして俺は。

美味しくいただかれる事となった。

後編


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