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10万企画小説
ヴァンガイ射精管理の続き 後編
気怠い身体を横たえて微睡んでいると、腕を掴まれる。
ゆっくり瞼をおしあげれば、そこにはヴァンがいる。
視界が僅かに狭いのは、泣き腫らしたせいだろう。
腫れた目をヴァンは優しくひと撫でする。
「泣き虫のガイラルディア。今日はいいものを見せてやろう」
ぼんやりとガイはヴァンを見上げ、胸の中で反芻する。
いいもの?
「外に出る事になるが、歩けるか」
ヴァンの言葉にガイは頷き、用意されたシャツに袖を通す。
石牢から移されたこの部屋でずっと軟禁状態にあった。
ここがどの場所なのかすらわからずにいた。
外の様子がわかるのでは、というガイの期待は黒い布を目にあてられた事でみるみる萎んでいった。
腕を掴まれて歩く。
甲冑の音は、おそらく前後を取り囲むオラクルの騎士がたてるものだろう。
久々に吸う外の空気にほっと肩の力が抜ける。
すぐさま船に乗り込み、船内で目隠しをとられる。
「どこにいくんだ」
ガイの言葉にヴァンは微笑むだけで答えはしなかった。
「ガイラルディアが早々に脱走を諦めてくれたおかげだな」
言葉の真意をはかりかね、ガイは眉を潜めてヴァンを見つめる。
「両足の腱を切らずにすんだ。おかげで共に歩いてかの大地を踏みしめれる」
物騒な言葉を穏やかな声で事も無げに言い放つ。
一瞬身体を強張らせたガイをみて、愉しげに目を細める。
「笑えない冗談はやめてくれ。お前のそれはわかりにくい」
反応してしまった自分に苛立ちながら、ガイは肩をすくめる。
「まあそういう事にしておこう」
逃走は何度も試みた。尽く阻止されたが。
まず、思考に霞がかかったようになった。次に身体が重く、常に倦怠感が纏うようになった。
飲み物に何か混ぜられたと気づいた時には遅かった。
ヴァンがいなければガイはほとんどを寝台の上でぼんやりと過ごしている。
日にちも曜日の感覚も麻痺し、筋肉はみるみる衰えている。
今もぼうっと頭のなかに靄がかかったように、思考が愚鈍になり身体を動かすのも気だるい。
それを察したヴァンが
「少し横になるがいい」
と促す。
否応なしに馴染んでしまったその声が耳に届くと、ゆっくりと眠りに堕ちていく。



肩を揺すられ目を開けば、船は港についたようだ。
再びあの目隠しをされるのかと構えたが、ヴァンは何もせずに先を歩き出す。
タラップをおりると、何やら巨大な要塞がそそり立っている。
「……これ、は」
驚きに言葉を失うガイに、ヴァンは「エルドラントだ」と短く答える。
ガイの胸は酷くざわついた。
「……しかしこんな……ものが、誰の目に触れずにいられるのか」
「普段はプラネットストームを利用し防御壁をつくり、海中に落としている」
そんな事は可能なのか、と訝しむガイをよそに、ヴァンは昇降機へと歩みを進める。
慌てて後を追って箱に入ると、続こうとするオラクルをヴァンは手で制すると、扉が閉まった。
「どこに連れて行くつもりだ」
「もうすぐわかる」
珍しくヴァンの声が上擦っている。僅かに振動を感じ、昇降機は停止し、次に扉が開かれる。
その先にある光景にガイは目を瞠った。




ああ、これは。この景色は。
一歩、一歩、大地を踏みしめる。
まさか、あり得ない。だが。
ふいにガイの前を2羽の美しい蝶がひらひらと過ぎていく。
幻といわれるようになった、青色ゴルゴンホド揚羽。
その名の通り、ホド諸島で生息していた蝶。
島が消失してしまった為希少価値となってしまった蝶が、まるでダンスを踊るように睦まじく飛んでいる。
「ここは……」
さあっと風が頬を撫でる。
飛んでいった蝶の方に視線をやると、そこには真白な屋敷があった。
幼い記憶が鮮明に蘇り、驚愕する。
郷愁や懐古よりも、なぜここにという思いの方がはるかにまさった。
「ホドが地殻に落ちるまでの一ヶ月。私はホドの情報を可能なかぎり入手した。
ただガルディオス家は火が放たれ崩壊が激しく、すべて再現するには至らなかったが。
だが、ガイラルディア。ここはホドなのだ」
誇らしげに笑うヴァンに、ガイは全身から力が抜け落ちた。
再生された地に膝をつく。



『泣き虫のガイラルディア』
二人でいる時、お前の口調は時々崩れて、そうやってからかう事があったな。
すっかり忘れていたよ。
お前は、失ったお前自身を。
お前の過去を欲しているんだな。
歪めた形でも、過去を。
過去の自分を。
そしてその過去の記憶を共有する俺を。
だが、ガイ・セシルを経た今の俺ではなくて、この地で共に過ごした泣き虫のガイラルディアを求め望んでいる。
なんて無慈悲で残酷な。


愚かにも。
お前から手を差し伸べられる事は嫌ではなかった。
拒んでも差し出される手に安堵した。
自分の価値を差し出される手に、その言葉に見出していた。
簡単に敵と割り切れる程の浅い関係ではないのだと、身勝手な事すら考えていた。
お前の手を取れなかったのに。
お前の深い孤独を救うのは、お前が救いの手を求めるのは、過ぎ去った過去。
もう戻れない幼少の俺。


完膚無きまでの拒絶。
お前は俺を見ていない。俺を欲してない。俺を愛してない。
その事実を今突きつけられる。
目の前が真っ黒に塗りつぶされ、深く絶望する。
どうして。
知らずに心の奥に閉じ込めていた感情が形となっていく。
ああ、そうか。
だから、こんなに今、俺は哀しいのだ。
俺は、お前を―――



ガイはヴァンを見上げる。
その瞳には透明の雫があふれている。
涙がひとしずくこぼれる。
それをみてヴァンは目を細め、指で拭う。
あの頃と変わらぬ優しさで。





*********


己を形成していく音素が次々に光の粒となっていく。
地殻に沈んでいるはずだが、浮遊している感覚にさらされる。
腹を貫いた痛みが希薄になっていく。
肉体とはなんと脆いものか。
精神は最後まで足掻こうと肉体にしがみつく。
過去の情景がまざまざと蘇ってくる。
私がこの手で崩落させた故郷の景色が鮮やかに広がっていく。


陽の光をあびた金糸を輝かせた子どもが私の名を呼びながら駆けてくる。
顔は涙に濡れている。
腰に抱きつくと顔を埋めて、声を上げて泣いている。
泣き虫の子ども。
柔らかな髪を撫で優しい言葉を繰り返しかければ、ようやく泣き止む。
程なくして恥ずかしそうに顔をあげると、袖口でいささか強く目をこする。
その手をやんわり制し、指で目尻にたまった涙を拭う。
触れる指先の温かさが、じわりと心まで温かくさせる。
そうすれば子どもは嬉しそうに笑う。
そう、とても嬉しそうに。


花が咲いたように顔をほころばせる。
もう一度腰にうでをきつくまわし、子どもなりの精一杯の力で抱きついてくる。
それだけで心は凪ぎ、夢の様な幸福に満たされる。
小さな小さな世界。
だからこそ幸福でいられた。
否。
彼がいたから幸せでいられた。
彼の笑う顔が私を幸せに溺れさせた。


離れていく子どもが、違う手を掴む事を良しとせずにいた。
私の手を必要とするには泣かせればいいのだと思った。
そうすれば子どもは私にすがって抱きついてくるのだと。
私を必要とするのだと。
過去に現在の彼を無理に嵌め込もうとした己の愚かに嗤う。
じきにこの意識も薄れていくのだろう。
そうすれば私という存在は消え果ててしまう。


泣いているあの子どもにうたを。
あの子どもが笑えるように。
一族にしか伝えてはならなかった、あのうたを。
うた、を。



********






混濁した意識の外で、懐かしい声がする。
「ガイ!!大丈夫か!!ジェイド、ガイが!」
切羽詰まった悲痛な声に、ガイが僅かに瞼をあげる。
うっすらとした視界に鮮烈な赤が目に入る。
「ルーク、落ち着きなさい」
「でも!ガイが!な、なあ。ティアか、な、ナタリアを、呼んだほうが」
おろおろと泣きそうな声に、安心させてやろうと笑おうとするが顔の筋肉はピクリとも動かない。
シャツのボタンを外そうとしたジェイドの手が止まる。
「いえ、これは薬物による意識障害です。治癒術では無理でしょう。私が診ますので、まずはガイを安全な場所に運びましょう」
「わ、わかった!」
ぐらりと身体が浮いて、ゆらゆらと揺れる。
アブソーブゲートに向かうといったヴァン。
だがあいつは帰らず、ルーク達が助けにきた。


ああ、そうか。
あいつ、負けたんだな。










「だいぶ、顔色がよくなりましたね」
「ジェイド、あんたのおかげだよ。ありがとうな」
「別に私は何もしてませんよ。解毒剤をつくっただけです」
「それでも充分世話になってるだろ。それに、まあ、その、色々な」
解毒の事もあるが、あの時ガイの身体に残る痕をみて察したジェイドは周囲に的確な指示を出し、治療をすべてを担った。
言葉を濁して、彼の癖である髪を無造作に掻くと、ジェイドは眼鏡の奥の紅い瞳を柔らかく細める。


再生されたホドに連れて行かれたその数日後、ヴァンはアブソーブゲートへ向かうと言い、そのまま帰ってはこなかった。
混ぜられた薬により衰弱したガイを、ルークとジェイドが発見しなければどうなっていたことか。
意識を取り戻した時にはすべてが終わっていた。
ヴァンはアブソーブゲートにてルークに討たれ、地殻へと身を投じた。
ガイは救出された後、ジェイドの投薬治療により意識を取り戻した。
彼がガルディオスの名に戻るために、尽力を注いでくれた事もガイの耳には届いている。
今、ガイが治療を行なっている病室もまるでホテルの一室のような豪華なものだ。
いいのか、と尋ねれば、これに関しては陛下の一存です、と言われれば、もう何も言えなくなる。
広いバルコニーもあり、ジェイドから言われた通り、昼間はそこに備えられた椅子に座り、日光を浴びている。
「あんたは俺が裏切ってヴァンのもとに下ったと判断して、放っておくだろうって考えてたんだがな」
「おやあ、そんなに私が冷たい男だと?」
「あー、でもあったかくはないだろ」
眉尻をさげて笑うガイに、ジェイドはいつものように笑って、それからすぐに表情を引き締める。
「六神将が生きている可能性をアッシュが告げにきました」
びくり、と身体が強張る。
「午後からこのまま出立します。アブソーブゲートに突き刺さったヴァンの剣が何者かによって持ち去られています。
ヴァンは確かに地殻に堕ちましたが、ディストは逃亡し他は生死不明の者ばかりです。
この病室の外に警備の者を数人配置させています。何もないとは思いますが、警戒を怠らないでください」
「わかった。すまないな、今はまだこんな身体だから何の役にも立たなくて」
「いえ、あなたはゆっくり休んでください。そして悪いと思うなら、回復したらルークに顔をみせてあげなさい。
かなり心配していましたから」
「ああ、そうだな。一度キムラスカにも顔を出さないといけないな」
それでは、と告げてジェイドが部屋を出て行く。


ジェイドの気配が消えると、ガイはそっと瞳を伏せる。
エルドラントの存在を何故言えなかったのだろう。
もし六神将が生存しているなら、その地に逃げ込んだ可能性は高い。
なのにその事をとうとう告げれずにいた。
閉じた瞼の裏に、記憶と変わらないホドが蘇る。
ガイはあの小さな世界を懐かしみ、そして、少し憎んだ。





きいと音を立ててバルコニーに続く扉が開く。
気づけばもう夜になっていたようだ。
身体を起こせば、月光を背にして、淡く光る男が静かに立っている。
驚愕よりも、やはり、という思いでガイは仰ぎ見る。
「……死にぞこない」
思わず憎まれ口をたたくガイに、ヴァンは淡く微笑む。
ヴァンの瞳は穏やかで、そこに狂気の光は消えていた。
静かに中央に座した寝台に近づくと、ガイのそばで膝を折る。
「ガイラルディア様」
「泣き虫の、はつけないのか」
「大切な事を忘れておりました。私はあなたの泣き顔よりも、泣いた後輝く笑みを向けてくださる事が至上の悦びであった事を」
その言葉に瞠目し、そしてやれやれとため息をつく。
真顔で何を言い出すのかと思えば。
「……本当にお前の冗談は笑えないな」
「まごうことなき真実でありますが」
地殻に落ちた時に、頭のどこかを打ち付けたのだろうか。
場に相応しくない心配をしながら、ガイの胸の奥は喜びにざわめいた。


深く頭を垂れたヴァンは腰の剣を抜き、そしてガイへと捧げる。
「あなたが剣を返すというならば、私は何度でもあなたに剣を捧げましょう。
ガイラルディア様、この新たに得た生命はあなたのために。
あなただけに捧げるものだ」
そのままの姿勢でヴァンは微動だにしない。
ガイは静かにヴァンを見つめる。
「ばか、だな」
小さく呟くと、ヴァンに顔をあげるように促す
ゆっくりと顔をあげるヴァンの額にガイの唇が落とされた。






「ガルディオス殿。今、何か物音が」
兵士が扉を叩くが、中からなにも声が返ってこない。
兵士たちは顔を見合わせ、カーティス大佐の命に従い、鍵をあけて中にはいる。
開かれたバルコニーから一陣の風が入り、バザバサとカーテンが揺れる。
だが部屋には誰の気配も残ってはいなかった





匿名さまからいただきました30000フリリクのヴァンガイの続きです。
前半と後半で色々トーンが違いすぎて泣けます。
ですが、書いていて楽しかったです。というか、もう少し話をふくらませたくて仕方なかったです。
ヴァンガイを楽しく書かせていただくきっかけを本当にありがとうございます。
そして大変遅くなってしまって申し訳ございません

10万感謝企画
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