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10万企画小説
六神将(アッシュ)×ガイ 前編
昼のケセドニアの日差しは強い。
住人も旅人も、皆帽子やフードをかぶり、ギラギラした太陽光を遮っている。
アッシュも外套のフードを深く被り、活気のある露天市場をあてどなく見ていた。
その時、視界に見知った背中をとらえる。
「…の野郎」
思わず言葉がついてでる。視線の先には、譜業パーツが売っている露天で、背を丸めて座り込んで物色している男の後ろ姿がある。
あの三人組を送り届け、機体の点検をして戻るのに、少なくとも5日はかかると言っていたはずだ。
今日は彼らを見送って3日しか経ってはいない。早くこちらに着いたなら、真っ先に来るべきは自分が連泊している宿であって、ジャンク品が並ぶ露天ではないはずだ。
怒りのままにアッシュは足早に彼との距離をつめる。
「おい!こんな場所でなに油を売ってやがる」
隣に人が立った気配を感じ「彼」が顔をあげると同時に、その言葉は口から放たれた。


放った言葉は取り戻せない。それは世の常だ。
わかってはいるが、アッシュは時間を巻き戻せる音機関はないのだろうか、と一瞬思考と共にこの場を逃避したい衝動にかられた。
驚きに目を見開いていた蒼の瞳は、声の主をとらえ、一瞬で冷たさと鋭さをそこに宿す。
「そりゃ悪かったな」
男はゆっくりと立ち上がり、フードを背へと流す。怒号を投げた相手、つまりはガイは不機嫌なのを隠しもしないで、頭ひとつぶんの高さからアッシュを見下ろす。
「あ、いや。そういう意味、では」
「へえ、じゃどういう意味だっていうんだ」
アッシュは、内心で舌打ちする。ガイとギンジを見間違えるという失態をした自分に向けて。
「お前を、ギンジと間違えた。あいつとここで二日後に待ち合わせする事になっていた。だが、よく似た背中をみつけて」
「俺とギンジを?」
アッシュの弁明を、はっと笑い飛ばす。確かにギンジとガイでは身長も体格も違う。いくらフードをかぶっているとはいえ、そう見間違うものでもないだろう。
こんな露天市場の隅で誰も見向きもしないジャンクパーツを、嬉々として漁っているのはあいつくらいだ、という先入観が色々見誤らせた。
ガイも音機関が好きだという事はアッシュも覚えてはいた。だが、バチカルに住むあの年頃の少年は、大抵音機関が好きなものだ。
まさか大人になっても好きだとは知らなかった。
だが、タルタロスの中で暇さえあれば計器などを見ていた事を思い出す。あれは自分を避けるためと、そして彼の純粋な音機関への興味からくるものだったのだろう。
アッシュは己の迂闊さを呪いたくなった。
「アルビオールの点検で、ここに3日ほど足止めされる事になってね。
たまには一人でブラブラ買い物でもと思ったが、油を売っていると叱られるとあっちゃ素直に宿に戻るしかないだろうな」
嫌味と毒を含んだ言葉を投げかけ、さっさとアッシュに背を向けて歩き出そうとする。
咄嗟に、先を歩くガイの左腕をアッシュは掴む。
自分の行動に驚いたが、ガイはもっと驚いたらしく歩みをとめ、首を捻って訝しげな眼差しを向けてくる。
「お前に話がある」
「俺はないね」
ばっさり切り捨てて掴んだ手を振りほどこうとするので、ぎゅっと力を篭めると、今度は冷たく睨んでくる。


何もかも、あいつ、とは違うんだな。
胸の奥がずきりと重く疼く。


振り返ってみればガイとこうして二人きりになる事はなかった。
タルタロスで外殻大地に戻っても、ガイは明確な意志を持ってアッシュと二人きりになるのを避けていた。
自分には時間がない。今を逃せば、「次」なんてないかもしれない。
「とにかく付き合え」
退かない思いでそう強く言えば、ガイは少しばかり目を細める。
だがその中に逡巡が見て取れた。ざわざわと騒がしい中で、二人の間の空気はピンと張り詰めている。
「……まあ、いいだろう」
その言葉が耳に届いても、願望による空耳の可能性は捨て切れず、じっとガイをみかえす。
その視線を受けてガイは、片眉を僅かに吊り上げる。
「話があるんだろう。さっさと終わらせたい」
苛立たしそうな声で、はっと我に返る。
「…ここじゃなんだ。俺の泊まっている部屋で話そう」
そう言って踵を返す。
少し距離をとってガイがついてくる気配に、そっと安堵の息を漏らす。


宿につくと、一階ロビーで数人談笑している以外は閑散としていた。
ここに宿泊している多くは商売人で、日が昇ると共に露天で何かしら売ったり、買い付けに出ているのだろう。
昼間のこの時間に、部屋でのんびりしている者はいないらしく、階段をのぼると、人の気配は全くなくなった。
鍵をあけて先に入る。扉を開けたまま、入り口で注意深く部屋の隅々を見渡してから、ガイはようやく足を踏み入れた。
アッシュは外套を脱いで、軽装になる。パラパラと砂がこぼれるが構わずに椅子の背にかける。
外套の下はいつもの教団服ではなく、ケセドニアの気候にあった軽装を身に着けていた。
窓を開けると、熱気を伴ってはいるが乾いた風が吹き込んできて心地良い。
「……、お前、顔色が悪いじゃないか」
ガイは訝しそうに目を細め、アッシュの横顔を注視する。
命の期限が迫っている身体は顕著だ。
アルビオールで連れ回すのではなく、ここで数日休ませる事に固辞したギンジも、何かを感じているからだろう。
「うるせえ。これだけ暑いんだ、調子くらい悪くなる」
珍しく向けられたいたわるような眼差しから、顔をそらす。
「だけどなあ。お前、ちゃんと水分とってるのか」
「いいんだよ、俺のことは!」
どうせお前が大切なのは、あのレプリカなんだ。なら、俺に淡い期待を持たせるような事はするな。
膨らみかけた期待は、いつも簡単に押しつぶされる。
それ以上言葉を重ねても無駄だと悟ったのか、ガイも同じように外套を脱ぐと左腕にかける。
窓に背を預け、わずかに前かがみになって腕を組んでアッシュに尋ねる。
「で、なんの話だ?」
オアシスで会った時も、同じような姿勢で木に凭れ掛かり、冷たく睨み上げていたのをアッシュは思い出す。
腕を組んで相手の話を聞くのは、心を許してない、警戒心の現れだと言ったのは誰だったろうか。
ガイのはまさにそれだろう。
「誤解を解いておきたくてな。あの時、屑が変なことを言ったが」
屑、の言葉にガイが僅かに身じろぐ。
「あの時?」
「キノコロードで会った時だ」
屑の言葉で一気に険しさをました青い目が、少し虚空をさまよう。
だが、すぐさま思い当たったのだろう。
「ああ、あの時の事か」


キノコロードの入り口で五度目の再会した時。ガイがルークに遠慮するな、と言った時、ルークがアッシュを庇い立てをした。
それもアッシュにとってはかなり屈辱であったが、そのかばい方が問題であった。
『こいつ、ガイのこと好きなんだから、ちょっとは優しくしてやれよ』
マルクトの死霊使いと導師守護役の、笑いの衝動を抑えている顔と、呆れ顔のヴァンの妹、そして心底嫌そうに顔を歪めているガイ。
とんでもない事を言い放った当人とナタリアは、皆の反応に首を傾げている。
あまりの事に言葉を失い、あの場をどう取り繕ったのか記憶がかなり曖昧になっている。


ガイは溜息を一つつく。
「別にルークが言ったことを誤解はしてない」
アッシュがそれにほっと安堵する間もなく、言葉の刃によって斬りつけられる。

「道具だろ。お前にとって俺は、お前の虚栄心や、自尊心を満足させるための都合のいい道具だ。
好きだのなんだの、そんな対象じゃないのはわかってる」

驚愕に目を見開いて、ガイを見返す。
ガイの表情は平素のままで、それが嫌味でも当てこすりでもない、心からの言葉なのだとアッシュは知る。
ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。
どうぐ?虚栄心?自尊心?
並べられた言葉に戸惑い呆然とする。だが、すぐさまそれは怒りへと転じる。
「俺がっ!!いつ、お前をそんな風に扱った!」
一気にガイとの距離をつめると、彼の胸ぐらを掴む。頭ひとつ分の差があるが、前屈みの姿勢のおかげでそれは容易かった。
アッシュの剣幕に驚いたように、ガイの組んでいた腕がはずれ、ぱさりとマントが床に落ちる。
「俺は、お前をそんな風に思ったことはない!一度もだ!」
「……自覚すらないのか」
「なんだと」
ぐいっと掴んだ胸ぐらをひきよせる。
「お前に俺の何がわかるってんだ!」
息がかかる程の距離で二人は激しく睨み合う。
「ああ、わかるね。『ルーク坊ちゃん』」
安っぽい挑発だ。だが、それは怒りや苛立ちを容易に沸点へとおしあげた。
衝動のままに、少し踵をあげ唇を押し付けた。

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あきゅろす。
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