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10万企画小説
ピオガイ 前編
もうすぐ30000フリリク企画のピオガイの続きです

ブウサギ達の手綱を握りながら、片手を掲げる。ピオニーの私室前のメイドに笑顔をむけると、彼女もにこりと笑い返してくる。
「どうぞお入りください」
一礼し、ノブに手をかけ扉を開ける。その時に、おや、とどこか違和感をガイは覚えた。
いつもの彼女ならもう少し砕けた口調なんだが。
一歩足を踏み入れると、その小さな疑問は直ぐ様解けた。
「ちょっと待った、侯爵夫人のこの贈答はやめたほうがいいな。おかえりガイラルディア」
前者は傍らに立つ文官に向け。後者は手綱をもって目を見開いているガイに向けて。
部屋の主は、いつもはブウサギの遊び場になっている執務机に座ってめくった書類の一箇所を指さしている。
「今の侯爵夫人は先月生まれた仔猫に夢中だ。猫をモチーフとしたものを選別してくれ」
そう指示を与えると、文官は端に書き込み書類の束をもって一礼し、下がった。
胸の内で沸き起こった感情に意識を持っていかれたガイは、文官と共に退室するという絶好の機会を失ったことに、扉が閉まる音でようやく気づいた。


「き、今日は、こちらで執務でしたか」
なるべく平静に、平静に、と胸の中で何度も復唱した言葉は、吃り、声も上擦って口から放たれた。
「ああ、そうだ」
椅子に背を預け、ピオニーはにやりと笑う。
「つれないガイラルディアが、俺から逃げまわっているからな」
いきなり核心をついてくるそれに、う、とガイは言葉につまる。
「あ、そうだ!ブウサギのブラッシングがまだ終わっていませんでした」
「朝方、丁寧にしてくれたんだろう。メイドから話は届いている。一日に二回のブラッシングは皮膚をいためるんじゃないか」
「……貴族院に忘れ物をしたようです。それではこれで」
「忘れ物はなんだ。取りに行かせよう」
机の上におかれたベルを摘もうとする手を止めたのは、ガイの焦った声だった。
「ちょっと待った!その必要はない!!……です」
慌ててしまい、つい口が滑ってしまった。取り繕っても遅いとはわかっていても、一呼吸おいての「です」は情けない声色をしていた。
ぷっと吹き出したピオニーはベルから手を離し、柔らかくガイを追い詰める。
「嘘なんだな?」
「はい、嘘です」
「うん、素直なのはいいことだ」
「申し訳ありません」
「気にするな。で、なんで俺を避ける?」
「………」
ストレートな問いかけに、ガイは黙してしまう。
いつかピオニーがこういう態度に出てくるのは予想はしていた。想定していたよりも随分早くはあったが。
ここ数日どう応えたものかと頭を悩ませも答えは出てはこなかった。そして今日、突きつけられた問いかけにガイは途方に暮れる。
静かにピオニーが席を立ち、ゆっくりとガイに向かって歩く。石のように固まったガイは瞬きすら忘れ、距離を詰めてくるピオニーを凝視する。
ガイの掌に巻き付かれた手綱をほどくと、腰を下げ、ブウサギ達に「さ、好きに遊んでこい」と優しくうながす。
ブウサギたちは嬉しそうに、遊び場であるピオニーの私室をそれぞれ思うがままに駆け出した。
その様子を満足そうに暫し見つめ、それから不意に立ち上がった。ガイはピオニーの一連の行動を黙って見守っていた。
走り回るブウサギに目を細めるピオニーに油断をしていた。
立ち上がったピオニーの顔は、息がかかる程に近い。はっと気づいた時はピオニーの片手はガイの手に重ねられ、もう片方は腰に回されている。
逃げ場はどこにもない。
「あ、あ、あの」
絞り出した声は震え、なんとも情けない。
「なあ、ガイラルディア。なんで俺を避ける」
甘い声で優しくなじられ、心臓がばくばくと早鐘をうちはじめ、ノドがからからに乾き、全身が熱っぽいのに、流れる汗はひやりと冷たくて。
逃げられない。
ガイがそう覚悟を決めた時、コンコンと扉がノックされた。
ちっと舌打ちせんばかりに、珍しく渋面をつくったピオニーが「誰だ。今は通すなと言ったはずだ」とドアに向かって言葉を放つ。
扉の向こうから、ガイにとっては救いの、ピオニーにとっては最大級の邪魔者の声が返ってくる。
「これは失礼。陛下が私に用があるとうかがいましたが、何かの手違いでしょうか」
しまった、忘れてた!とピオニーの言葉に、ガイはそっと身を引いて
「それでは陛下。また週明けに」
頭を下げそう言うと、目を合わさずに扉に向かって駆け出す。
「っと、ガイ。中にいたんですか」
突然開いた扉から飛び出してきたガイに、ジェイドは言葉をかける。
「旦那、今度あのバーのカレーおごる!じゃあな」
脱兎のごとく駆けていく背を見送り、それからいつもの見よがしなため息をついて部屋にはいる。


「お前、絶対盗聴器か何かしかけてるだろ」
「おやおや。ケダモノの如くガイに襲いかかろうとしているところでしたか」
冷笑を浮かべる幼馴染に、ピオニーは顔をしかめる。
「信用ねえなあ」
「ないですねえ」
にべもない返しに、ピオニーは重い気持ちをのせて息を吐く。
「ガイラルディアが俺を避けるから、話をしようとしたらお前が入ってきたんだ。で、盗聴器はどこだ、踏みつぶしてやる」
「ないものは踏み潰しようがないですよ」
「じゃ協力しろ」
「は?」
俺の邪魔をしたんだから当たり前だろ、と傲慢な事を言い出すピオニーを呆れ顔で見返し、そして額に手をあててやれやれと深いため息をついた。



*******

「ガルディオス伯爵、歩いてお帰りですか?」
王宮入り口にたつ兵士から声をかけられる。
全力で宮殿を駆けたため、あがった息を無理に整えて浅い笑いを向ける。
「ああ、少しは身体を動かさないとね」
それに煮えたぎって使い物にならない思考を冷ます必要もある。
じゃあ、と片手を挙げて挨拶をし、門までの道をゆっくり歩く。
やってしまった。
冷やすどころか、先ほどのピオニーへの態度を思い出し、思考はそれ一色になる。
綺麗に整えられた庭はとても美しく、マルクトを象徴する青と白にあって、とてもよく映えている。
それらをみてもなんら心は晴れない。
貴族街へとすぐには向かわず、市街地の橋に頬杖をついて、眼下を流れる水をぼんやりとした表情で見つめる。
やってしまった。
逃げてばかりもいられないとわかってはいたが、心の準備がいまだ整わないでいる。
ガイは物憂げなため息をつく。

まさか。
そう、まさか。
二回目のハードルがこんなに高いなんて知りもしなかった。


******


告白された事は何度もある。体質や自分の素性の事もあり、悉くそれらを断ってきた。
誰とでも親しくなれる性格だと自負しているが、深く踏み込ませないように生きてきた。
だから誰かと恋人関係になるのは初めてだった。
経験がないからといって、知識がないわけじゃない。
恋人となった二人がどういうプロセスを踏んでいくかはわかっている。
過剰なスキンシップをあしらう術も心得ているし、まあ何とかなるさ、と高をくくっていた。
いざ蓋を開けてみれば、ピオニーが同じ空間にいるだけで、緊張して息苦しくなる。声をかけられれば心臓が早鐘をうつ。近づいて来られれば、じっとし掌に汗をかく。
情けなさ過ぎて必死に隠していたが、ついにばれてしまった。
羞恥に身を縮こませるガイにピオニーは独自の理論で、それを把握する前に、あれよあれよと流されてしまった。
最初こそは大変だった。くすぐったさが抑えきれずに思わず身をよじって大笑いしたり、情けない声をあげて思わず蹴り上げようとしたり。まだまだ色々やってしまった。
だが、もっと恥ずかしいのは。
……ねだってしまった事だ。
今、思い出しても羞恥の炎で身を灼かれる。熱くなって気持ちよくなって、気持ちはどこかふわふわとして、ぐちゃぐちゃして、なのにとても貪欲になって。
ここに人目がなければ、雄叫びをあげたいくらいだ。
まだ翌朝はどこか情欲を引きずっていた。だから普段通りだった。
だが一度家に戻り、自分で着替えている最中、身体に残った紅い跡が目に止まった途端、ざーっと映像早送りで前夜の出来事が脳裏を駆け巡った。
その場に頭を抱えてへたりこんで「ど、どうしよう。どんな顔をして会えばいいんだろうか」と一人苦悩した。
そしてどうしていいかわからずに、今日までピオニーを徹底的に避けていたのだ。
情けないし、なによりもピオニーは酷く困惑しただろうとガイは気落ちする。
呆れられたのかもしれない。恥ずかしがって逃げてばかりの自分に。
はあ、と深いため息をつく。
それに。
ガイは執務をしていたピオニーと文官の会話を思い出して、気持ちがまた重くなる。
本当に情けないな、俺。
小さくひとりごちて、それから、ん、と自ら気合をいれ、ようやく橋から離れる。
週があけたらきちんと話をしよう、と夕暮れに染まる街を歩きながら、そうガイは決意した。


後編

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