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愛人 読みきり連作
初日 後編
上半身はぐったりと浴槽にあずけ、床に投げ出されたままの下半身は公爵の手によって全てを晒されている。
何を行なおうとしているのか直視する事が出来ずに、目を瞑る。
とっとと終わらせろ、と心のうちで悪態をつくが、捩じ込まれた指の違和感に顔を顰める。
「う…あっ……」
捩じ込まれた指が俺の体内で蠢くたびに身体が震える。
「たかが指一本で音をあげていては先がもたんぞ」
何か指に塗っているのだろうか、増やされた指と共に抜き差しされる度に、ヌプリと粘着質な音がする。
圧迫感に息が詰まる。


顎をつかまれて顔を上げさせられる。
「きちんと見ておくことだ。これからは自分でするのだからな」
「誰…がっ…」
声は震えていたが、精一杯の反抗をみせる。
「そうか。では」
そう言うなり指が引き抜かれる。
その感覚に背を震わせている暇も与えずに、熱い塊が押し付けられる。
目を開いて「や、やめっ」と慌てて力の入らない下半身を捩じり、浴槽を掴んでいた腕に力を篭めて男のしたから逃げようと試みる。
そんなささやかな抵抗をあざ笑うかの如く、狭いそこを無理に押し広げながら脈打つモノが身体のなかに入り込んできた。
「………っ…!!!!」
脳天にまで突き刺さるような痛みに、喉から声にならぬ絶叫が迸る。
押し入れられた入り口が、裂けるような痛みが走り、その場所がジンジンと熱をもつのがわかる。
太腿を伝う液体は、服の端から落ちる水滴でなく、おそらく血。
内臓を突き破るのではないかと恐怖するくらいに、激しく突き上げられる。
無理に身体の奥に熱い塊を突っ込まれ、抜き差しされて。
おまけに血なんて流している。
女のように男の下に敷かれ、女のように男の欲望を受け入れ、初物の女のようにそこから血を流し。
痛みと屈辱で、遠くなる意識を必死にとどめる。
どこまで俺を貶めれば気が済むんだ。
乱暴で相手の事など微塵にも考えない激しい律動に、歯を食い縛って耐える。
早く終われよ、とただ祈るしかない。この苦しさをとにかく終わらせて欲しい。


地獄のような責め苦は、一瞬動きを止めた後に、熱い迸りを身体の奥にうけてようやく終わった。
はあはあと荒い息を吐く俺を一瞥もせずに、公爵は俺の身体から離れていく。
終わった…のか。
この場からすぐにでも逃げ出したいが、下半身が痺れたようになっていて、少し動かすと痛みが全身を駆けめぐる。
零れた精液が、裂傷に触れながら腿を伝っておりていく。
焼け付くような痛みに、ずっと縋っていた浴槽を掴む力もなくなり、ゆっくりと床に倒れこむ。
このまままた意識を手放して、見たくない現実から逃避したい。ボロボロに打ちのめされた心を眠ることで癒したい。
だが、誰かが近づく気配がする。
薄く目をひらくと、バスローブをきた公爵が、冷ややかに見下ろしている。
「もう一度言っておく。私は愛人にも使用人にも拒否する権利を与えていない。
己の身が可愛いのならば、少し言動に気をつけるべきだな」
力なく睨むことしか出来ない俺に、公爵が膝をついて顔を近づけてくる。
「前処理をお前が学ばぬからこのような事態になった。次回は気をつけろ。
私はどちらでも構わぬが、毎回血を流して寝台を汚す事態は避けたほうが賢明だろう」
そう言うなり、熱をもっていまだに痛みと痺れがある箇所に再び指を突き入れられる。
「……っつああっ」
陸に上がった魚のように跳ね上がって、その手から逃げようとするが、空いた手で押さえつけられる。


痛みに震える身体を無視して、公爵の指はまた俺の身体の奥をねぶる。
ただ、先程とは違う動きをする指に、痛みで鈍った思考を必死に動かして、公爵の意図をさぐろうと試みる。
すると、ゴボリと音を立てて精液がまた出てくる。
傷口に触れ、痛烈な刺激を伴う感覚に背を仰け反らせて、押さえつけられながらも必死で脚をばたつかせる。
声にならぬ悲鳴をあげる俺の耳に口を寄せてくる。
「後処理を怠ると、先日のように腹痛を起す。覚えておくがいい」
高熱の後の強烈な腹痛の原因が今わかったが、それもこれも誰のせいだと思っているのだ、この男は。
その時、指をある一箇所を掻いた瞬間に、電流のような痺れが全身を駆巡った。
初めての感覚に、痛みを忘れて呆然と公爵を見上げる。
今のは一体。
するとわざとその周辺を指を押し付けるように動かし、こちらが焦れたように眉を寄せると、ようやく掠るように触れていく。
「…あっ…」
どくり、と心臓が跳ね上がる。痺れるような痛みと共に、何かが湧き上がってくる。
初めての感覚に戸惑いもあるが、それ以上に何か、思考を鈍らす甘い何か、がそこから湧きあがって、じわじわと身体をかえていく。
グイっと指で押されると、身体を跳ねて「…あ、あああっ」と俺の声ではないような嬌声が上がる。
「前も元気な事だ」
指の動きに翻弄されて、痛みを忘れて身体をくねらす俺に、公爵がそう言葉をつげる。
そういわれて痛みで萎えていたモノが勃ち上がっている。
何故?と思う間もなく、おれを押さえつけていた手が前に移動する。
いきなりそこを掴まれ、「っつああっ…!!」と身体が跳ねる。


初めて他人から受ける刺激は、自分で慰める事よりも数倍の快楽だった。
同じ男として快楽のツボを心得ている手つきはどこまでも正確だった。
身体の奥底を探る指がビリビリと甘い痺れを与え、前を弄る手が絶頂へと導こうとする。
「…ああっ、あっ、ああっ、んんっ、っあぁ」
脳が沸騰して何も考えられない。気持ちがいい。
理性が焼ききれて、腰を揺らめかして、絶頂の先を求める。
ああ、いきたい、だしたい、今、すぐに。
俺の口から漏れる声色は、普段からすれば考えられぬ程に高く甘い。
「私に逆らわず大人しくしておれば、気持ちがよいのだ、わかるな」
根元をきつく握られ、どうしようもなく膨れ上がった先端から先走りだけがダラダラを溢れている。
こくこくと何も考えずに首を振る。
目の前の男が誰なのかわかっていながらも、身体に溜まった熱を出したい。
背筋が震える。


「変態と先程罵られたが、お前も充分に変態で淫乱だと思わぬか」
はあはあと息が熱い。早く、早く。
「気持ちがいいのだろう。男に指を尻に突っ込まれ、前を弄られ、先端から絶え間なく露をだして」
ああ、そうだ。気持ちがいい。
公爵は俺の身体を支配し、言葉で嬲っていく。
顔を俺の身体に寄せて、シャツが張り付いたままの胸先を舐める。
「あああああっ」
冷たく張り付いたシャツ越しに、生暖かい舌が、歯が、俺の胸先を嬲る。
考えれない、何も。
「庭師がみたら驚くだろうな、お前のこの姿を」
ピシリと何かにヒビが入る音がする。
ペール、俺の我儘に付き合ってくれたペール。なのに俺は、今、ここで。
「ちがっ……」
「なにが違うのだ。本当に嫌ならば、勃ちはせんよ」
揶揄するように耳元に口を寄せて、冷たい言葉を浴びせる。
その言葉が俺を深淵に突き落とす。
仇だと、復讐だと、そう思っていた相手に身体を奪われ、そして、今―――。
欲している、この先にある快楽を、仇とした奴に、男に、俺はあさましくも懇願している。
熱くもどかしい、この火照った身体をどうにかしたくて、一瞬の快楽を引き換えに、復讐する相手にねだっている。
「悦いのだろう。素直になればいい」
まるで毒のようだ。言葉がじわりと耳に入り、全身に回っていく。
「浅ましく淫乱な身体を抱いてやろうというのだ。私に感謝するがいい」
そう言って、あの箇所に爪を立てる。
「……ひっ…ああっ!!」
だが堰き止められた熱が、快楽と痛みを織り交ぜて神経を麻痺させていく。
「素直に抱かれるな」
こくこくと首を振るが、公爵はそれを許さない。
「言葉にしなさい。獣でもあるまいし」
「は…い」
そういうと、ようやく根元が開放され、堰き止められていた熱が迸る。
その衝撃に嬌声をあげて、身体を痙攣させる。


まだ快楽の波に身を震わせる俺の身体にぱさっとタオルが落とされる。
「私が望むときに身体を開くことだ。この浴室を使う権利をお前に与えよう」
そう言って浴室の扉の先に消える。

父上、母上。あね…うえ。ペー……る。
俺は復讐する者としての、牙をぬかれてしまいました。
俺は、もう。堕ちてしまいました。



それは俺があいつの愛人となった日の事だった。




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