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創作短編『それぞれのゆく年くる年』
残業 (前編)
昼間に社員食堂で話題になっていた2人――諫山課長と風本係長は、他の社員達が退社した後もオフィスに残っていた。

と言っても、女子社員の間で囁かれているような色恋は一切なく、ただ単に仕事が片付かないので残業しているだけだった。

明日から年末年始の大型連休に入る――今日が仕事納めだ。

気持ち程度にしか入っていない暖房はほとんど利いてないに等しく、特に夜のオフィスは底冷えするような寒さだった。

2人共防寒のジャンパーを羽織り、それぞれの仕事に向かっている。

風本係長――風本 清美の足元には、小型の電気ストーブも置かれていた。

窓に下がったブラインドの隙間からはネオンの明かりが見える。

――トゥルルルル!

突如、静寂を切り裂くように電話が鳴り響いた。

諫山のデスクだ。

「――はい、進栄商事です」

彼が一瞬面倒くさそうに顔をしかめた後、受話器を取る。

「何だ、お前か…!」

相手を確かめると怒りもあらわに舌打ちし、

「だからそれはそっちに任せると言っただろう。仕事中だ、そんな事でかけて来るな!」

一気にまくし立てると、ぶつけるような勢いで受話器を置く。

電話の相手は妻だった。

ただでさえ仕事がはかどらないのに、妻にも余計な事でイライラさせられて、諫山は息を荒らげていた。

――が、しばらく経ちそれが収まって来ると、電話の声を聞いていたはずの風本に対して気まずい思いが湧いて来る。

とんだ恥さらしだ。

だが気にした所でどうなるものでもないので、諫山も仕事に戻った。

同じ室内に居ても2人は一切会話を交わす事はなく、それぞれの仕事を黙々とこなして行く。

しんと冷えたオフィスにしばらくの間延々と、書類を整理する紙擦れの音や、カチカチとキーボードを叩く音が響いていた…。

――やがて風本が先にケリをつけ、帰り支度を始める。

彼女はツカツカと諫山のデスクに歩いて来ると、

「お先に。よいお年を」

と挨拶をし、帰って行った。

軽くねぎらいの言葉をかけて彼女を見送った後、1人切りになった気楽さと、寒々としたオフィスに自分だけがぽつんと残っているという虚しさが同時に襲い来る。



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あきゅろす。
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