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09
「橋本夏樹ってちょっとニュースになってた奴だろ?俺らが中2くらいの時に

飲酒運転のトラックに跳ねられる事故に遭って

そのまま事故死した奴の名前だよ」






予想通りあいつはあの公園にいた。シロツメクサの生い茂る場所に、白いリュックをだるそうに背負ったまましゃがんでいる背中に呼びかける。



「…っなつき!」

「おーみなみー」

「あんた、学校、」

「シロツメクサの冠、俺作り方何回教えてもらってもできなかったよな」

「みんな変なの、夏樹のこと知らないって…死んでるって言ってる」

「ほら、今になっても全然作れね…」

「夏樹!」



意味を成さない会話に苛立って、腕を強く引き掴もうとする。けれども私の手は変に白い腕を捕らえることなくすり抜けてしまった。言葉が出ないままに妙な感覚を味わった自分の手を見つめる。夏樹はすく、と立ち上がると困ったように笑った。





「死んでるよ」



「中2ん時に事故死!飲むなら乗んなっつーんだよなー」




やれやれとばかりに話す目の前の人物が、死んでる?信じられない、信じたくない事実なのに。言わなかった転校の理由、なくした教科書、日焼けしていない肌。頭の中で曖昧だったピースが一つ一つ順調に枠に嵌っていく。



「まぁ要するに幽霊みたいなもん!」

「…ゆうれい」

「そ、いっこやり残した事あったから戻ってきたわけ」






「俺は、みなみに会いに来た」




さぁ、風が足元のシロツメクサ達を揺らした。突然色々起こりすぎて頭がパンクしそうになる、けれど目線は逸らさない。逸らしちゃダメだと、思った。




「本当はこれ言ってすぐ帰ろうと思ってたんだけどさー、色々楽しすぎて長居しちゃったよ」




一度後ろ手に頭を掻いてから、夏樹が小さく息を吐く。




「お前、見込みがないのに言える訳ないっつったよな」

「…うん」

「俺は言えるよ」







「小学校ん時からずっと、俺はみなみが好きでした」





…ほら、言ったぞ!そう歯を見せて夏樹は笑った。すき?夏樹が私を、好き。なら今まで真崎くんを想う私は、夏樹の目にどんな風に映ってたの?どんな思いで、私に頑張れって言ってくれたの?背中を押してくれてたの?分かってなかったのは私だ。私、なんにも分かってなかった。夏樹にひどいこと言っちゃった。目の奥がじんわり熱くなったと思ったら、すぐに雫が溢れてきた。ぼろぼろ、頬を伝うそれは次から次へと地面に吸い込まれていく。泣くなよー、と目尻に添えてくれた指は少し透けていた。






「もう俺はなーんも後悔してない!」


「みなみにも後悔してほしくなくて、こないだあんなひどいこと言った」


「ごめんな。真崎のことすげーすきなの、本当はわかってるから」




謝られてぶんぶんと首を横に振ったら、あの時みたいにやさしく笑ってくれた。私こそごめんね。言おうとするのに、しゃくり上げる声が邪魔して言葉が出てこない。





「みなみにだって良いとこあるよ」

「ど、こ?」

「ちょっと内気でマイナス思考、あと引っ込み思案で恥ずかしがりでー」





…こいつは何がしたいんだろう。てっきり褒めてくれるとばかり思っていた私は拍子抜けだ。小さく肩を落としてうなだれていると、「でも!」そう声がしてぐしゃぐしゃと両手で頭を撫でられる。感覚はほとんどない、でもあたたかい夏樹の手。こんなに手、大きかったの?





「俺のために泣いてくれる、やさしい子」

「…っ、」

「ちょっとは自信持て!んで真崎のことはお前次第だけど、後悔して泣いてたらそれこそ笑いに行くかんな!」

「…フラれて泣いてたら?」

「しゃーねぇから慰めてやるよ」






いきなり人差し指で額を突かれて思わず声が出る。全く痛くないのに声が出たのは反射的なものだ。「痛いよ」と小言のひとつでも言ってやろうと思って、はっと気がついた。夏樹、さっきよりも透けてる。足はもうほとんど見えない。








「俺もう行かなきゃ」

「やだ、なつき、」

「みなみも、すぐ俺のこと忘れるよ。そういう決まりになってんだ」

「わすれない!」







「絶対絶対、ぜったい忘れてなんかあげないから!」







意地っ張りめ。そう言ってから、いつもはムカつくくらいに似合う笑顔が少し、歪んだ。





「俺も、みなみだけには忘れてほしくない」






透ける速度が急激に増した。ここでやっと現実感が訪れる。夏樹は死んでるんだ。もう、会えないんだ。






「俺はもう死んでるけど、お前は生きてるから」



「だから、一生懸命生きろ!俺の分まで、なんてプレッシャーはかけねぇから、」



「みなみはみなみの分を、一生懸命、生きてください」







もう顔は涙でぐちゃぐちゃで、それはもうひどいものだと思う。その顔を上げて、震える喉を絞って、私は口を開いた。一番大切なこと、私まだ伝えてない。






「…っ夏樹!」




「ありがとう!」






最期に太陽を背景にして、夏樹は今年の夏いちばんの笑顔をくれた。






「がんばれよ!」








一度だけ、強い風が吹き抜けた。








(そこに残されたのは、わたしと)
(作りかけの、やけに不格好なシロツメクサの冠がひとつ)

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