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贈り物
触れる、届く/夜若と首無(壱郎さんへ!)






「ああ、なんと気高い」
「神々しくて、目眩がするわ…」
「こちらを向いてくれないかしら」
「でも顔を見られないわ、恥ずかしくて」


夜の浮世絵町にひそひそと囁きあう声は絶え間無く続いている。
夜のネオンが瞬き過ぎているというわけでもないが、明かりがうっすらと灯っている往来はやはり世間話が絶えないようだ。しかも目の前には艶のある御仁がいるのも拍車をかけているのだろう。
光があれば、何者もそれに吸い寄せられ、従う。特に純粋であればあるほど止まらない。それは善いものも悪しきものも関係なく近寄ってくる。
だが彼女らは特に危害を加えようと算段しているわけでは無いので、知らぬふりを決め込んだ。ただ黙々と歩を進める。


「―――…黙りこくるなよ、珍しい」


前を悠々と歩いていた主がこちらを顧みて言った。何処か眉間にシワが寄っているように見えなくもなく、首無は内心で驚いた。何せ"遊びに行く"若に無理やり護衛として任命されたのが首無なのである。てっきり一人で居たいだろうからと気を利かせて黙っていたのだ。だから、まさか裏目に出るとは、と首無は焦り、とりあえず、すみません、と呟く。


「きちんと隣で歩け」
「は、はい」


ついでに何か面白い話はないのかと催促されて、とっさに若が学校にいる間に起こった黒田坊の失態を話した。若菜の家事を手伝おうとしたのはいいが、フライパンは焦がすわ、バケツをぶちまけるわ。揚句の果てにゴキブリが現れたときに真っ先に頼りになるはずが、黒は固まり代わりに納豆小僧が仕留めたのだ。
手伝おうという心意気は褒めるに値するが、てんで役に立たず、その上見せ場では動けなかった彼の話は、少なからず若の心をさらったようだった。現に口許が少し緩んでいる。
首無はほっとした。黒田坊には悪かったが、若が不機嫌になるのはどうしても避けたかったのだ。何故なら彼はぬらりひょん。気配をなくそうと思えば、それほどたやすいことはない。つまり、護衛は撒かれてしまい即座に困ってしまう。


(置いて行かれるのは、厭です)


何処か胸の奥でツンとするものが去来する。
主に置いて行かれるほど無様なものは無い。そして、それをとても慕っている相手にされるのはなおさら悲嘆にくれそうだった。
思えば幼い頃からリクオの世話をしていたせいもあるのだが、どうやらそれだけではなく、間近で若の成長を見ていたいのも理由なのだろう。魅せられてしまった。特に最近の目覚ましい早さで育つ主を見るのは、とても喜ばしかった。あの大将の孫が組の者に認められるのは、本家の願いそのものでもある。
だが、同時に首無は沸々と沸き上がる、ある感情に苛まれるようになった。


(私は、もうお役御免なのだろうか)


彼は夜、もしくは闇に紛れれば妖怪の姿になっていた。半妖のさらに半分の血しか受け継いでいないリクオならではの所業である。その夜の若は、次第に散歩という名の外出をするようになった。烏天狗は、やんちゃで困るとため息を吐いていたが、果たして本当に遊びに行っているだけなのだろうか。まるで今まで見ないようにしていた世界を見に行くようだ、と首無には思えてならない。そう、もう巣立ち始めているのだ。それは、緩やかにさりげなく、影に身を潜めているが、確実に。


「なあ、首無」
「…なんでしょうか」


突然話しかけられ、つい一歩離れて立ち止まってしまう。それを感じてか、彼も動きを止め、ゆっくりと振り返った。


「外ってのはすげぇな。俺が知っている世界なんてちっぽけなもんだった。…全部が知らねぇことばかりだ」
「………はぁ」


何を言いたいのだろうか、この方は。
ぽつぽつと語られた全ての話の行く先が全く見えない。届きもしない。


「昼の俺が今まで目を閉じてきたツケが、今俺に回って来てんだ」


うっすら自嘲的な笑みを若はちらつかせる。
確かに昼の若の面影が全く感じられないはずなのだが、何故か重なって見えてしまった。
―――本当に何を言いたいのだろう。


「なあ、首無。俺一人じゃあ出来ないことが、まだまだあるみたいなんだよ」


悔しいけどな、と続けた声はもはや朧げだった。
胸が、熱くなる。
―――ああ、なんて狡いヒトなのだろう。全部見透かされてしまっている。
歳など、首無の方が遥かにとっているというのに、まだまだ成人すらしていない若に浅ましい思いを知られてしまった。それは、的確に舞台に引きずり出されてしまった。隠れる場所など、何処にもない。
いや、もしかしたら子供だからこそ分かってしまったのかもしれない。夜の外見がいくら話に聞く若かりし総大将に似てるといえど、リクオはリクオなのだ。本当は昼と夜の間に大差はない。
その事実に思い当たり、ほう、と一度息を吐く。


(何もかもを一人で背負おうとする貴方が何を言う)


不安定だった心地がやっと落ち着いたところで、非難めいた言葉を紡ぎ出す。危なっかし過ぎて目が離せない。口にはしなかったが、代わりに自然と頬が緩んでいた。
―――そうだ、何故自身を憂えるのか。まだ始まったばかりなのだ、いきなり舞台袖に戻るつもりなどさらさらない。


「―――……ええ、いつまでもお供します」


貴方がいるのなら、たとえ暗い暗い闇の中でも、ずっとお傍に。
挑戦者の如く、その不敵な笑みは月夜に鈍く照らし出されていた。








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大変お待たせしました…。もう約束してから一年くらい経過してそうで恐ろしいです。
しかも結局首無と夜若、というリクエストしか叶えられていないという←
…これでもしよかったらお受け取りください!返品、破棄なんでもござれ!←
こんな奴ですが、相互リンク、これからも宜しくお願いします^^(図々しい)




091017 ろう


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あきゅろす。
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