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儚さはやがて散る(夜昼)





もし空を飛ぶことが出来るなら、この気持ちも晴れて行くのだろうか。


夕暮れの教室は幻想的で美しい。
今はつららも倉田も誰もいない。クラスの子たちも思い思いの場所に帰って行ってしまった。

気づけば僕一人だった。


(いつからこうしてたっけ、)


視線が宙を舞っていた間の記憶が殆ど残っていない。いったい僕は何をしていたんだろうか。手にはお気に入りのシャーペン、机の上には消えてしまいそうな消しゴムに英語のノート。


(あ、予習をしてたんだ)


いや、実際はしようとしていたのだ。しかし見事に書きかけだった。なんだか我ながら呆れ返ってしまう状態である。だがまた取り組もう、だなんていう気持ちはさらさらわいて来なかった。気が抜けてしまったのだ。部活をしている者たちの声が、遠く遠く、関係のないものに感じる。よく分からない、浮遊感。


こういうときは決まって目を閉じた。そして眼鏡を外してしまう。外しても何等支障はない。ただ、心のどこかの鍵が緩むだけ。空気が流れるようになるだけ。
そして祈った。あの着物の裾を探した。会えるだろうか、逢えるだろうか。逢いたいんだよ、僕は。君にただ、逢いたい。


「随分と今日は積極的だな、リクオよ」


その声が聞こえた途端に、僕は自分の目を見開いた。夜の僕がそこにいた。そこ、と言ってもあの茜色の教室じゃない、季節外れの桜の木が静かに揺れている、お決まりの場所。相変わらず長い長いその髪の毛をなびかせて、僕のもとまで舞い降りて来てくれた。


「たまにはこういう日があっても悪くないでしょ?」
「ああ…寧ろ嬉しいな」


そっと髪の毛についた花びらをさりげなくとってくれながら、彼は微笑んだ。
同じ存在だというのに彼の背は優に僕を追い越していた。だからどうしても見上げる恰好になってしまう。何故か悔しくも、歯痒くも感じてしまう。もどかしい。もどかしいのだ。
すると何を思ったのかポン、ポンと小気味よく頭を叩かれた。焦点を合わせると力強さを秘めた瞳に出くわしたが、何も言わずに僕は見つめてしまう。


「お前も俺なんだ。そのうち伸びるだろうよ」
「そのうちっていつだろ、」
「…あと数年したら、だな」


そこで僕の歯痒さは一層増してしまった。うずうずする。
ああ、不安が、不安が、僕を、飲み込んで行く。
焦燥感だけが頭の中を駆け巡る。
行かないで往かないで。側にいて、ただ側に、横に。


「何、焦ってるんだよ」
「…焦ってない、よ」
「いいや、焦ってるぜ。目つきが険しいからな」
「…焦ってない、焦ってなんか、」


ふるふると、足が揺れていた。確かに夜の僕が言うように焦っているのかもしれない。でも、認めたくは無かった。馬鹿にされたくもなかった。愚か者だと、謗られたくもなかった。たとえそれが、傍目から見れば隠し通せていない、微かな抵抗だとしても。


だから僕は縋った。


「君はずっと、居てくれるよね?」


だが肝心なところで彼はいつもさらりとかわしてしまう。いきなり口数が減ってしまう。まるで明快な答えを彼は与えてくれなかった。今日もまた然り。さあな、と言って笑う彼は不謹慎だと、何時もながらに思った。


「分からねえな、未来のことなんざ」
「そうだよ、そうだけど!」


僕が聞きたいと思うのはそんなことじゃなくて、そんな理屈じゃなくて。ただ、ただ―――…。
ふといきなり身体が傾いた。視界は真っ暗。でも、温かい腕に抱かれていた。
現ではないのに、じんわりと染み込んでくる。だが、幻想でもない。
戸惑っていると、彼は諭すように話し掛けてきた。


「誰だって確約した未来のことなんざ、話せねえさ」


そうだ、分かってるんだ。分かってはいるんだ。声に出すことが出来ない代わりに、彼の胸に宛がっていた手で着物を握っていた。皺で波打ったが、彼は何も言わなかった。ただな、とだけ彼は続ける。


「俺は離れたくはないぜ」


その言葉に震えた。涙が出そうになって余計に掴む手に力を込めた。

そう、足場がただ、欲しかったのだ。揺るがない地盤が、決して崩れることのない地面がただ、その場に存在してくれれば、それだけで。


深く考えて、堕ちていく僕を掬うように。


空から見た人は小さいという。斑点のようらしい。僕はかつて未だ見たことがなかった。それは当たり前のことなのだけれど、思わずにはいられなかった。


(ああ、世界を見てみたい)


そうすれば悩みなど吹き飛ぶのだろうか。
そんな途方もない考えが、彼の腕に抱かれながら頭を過ぎ去っていった。







*****
あ…れ?
なんでか知りませんが相当暗い話になりました…あれ?←
夜と昼は支えあっていて欲しいです。表裏一体!←
フィーリングで読んで下さると嬉しいです。
ではここまで読んでいただきありがとうございました!



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