百聞は一見に如かず(夜×昼)
夜の僕は意外と世間を知らないらしい。
ちなみに只今夢の中。今日も彼は枝垂れ桜の枝で過ごしていたようだ。
『よぅ、元気そうだなぁ』
「元気じゃなきゃ君も困るだろ」
『はん…違いねぇ』
そう言って笑ったかと思うと枝から降りてきた。長い髪をたなびかせ、着物をはためかせて。そういえば夢の中で会う彼はいつも着物ばかりだ。他の洋服を着ていた試しがない。しかし他の服では似合いそうもないと思うのは失礼だろうか。
『なんか失礼なこと、考えてねぇか?』
「か、考えてないよ!」
焦って声が上擦った。この世界は言わば精神世界の一つなのだ。簡単に感情が分かってしまう辺りがやりにくい。
そして今度は僕が気づいた。
「なんか…そわそわしてない?」
『分かったのか…やるじゃねぇか』
「い、いやー…」
何だか自分が自分に褒められるというのは変な感じだ。そんな彼は今度の僕の心情の変化には何も言わないで、ひらりと手を翳した。出てきたものはとっくりでもおちょこでも何でもなくて、赤い変なものだった。何だ、これ。でも見覚えがあるような、無いような。
『今日テメー学校で、見ただろう?』
「へ…っ?って、ああ!」
言われて思い出した。今日は学校に不審者が出たときの対策として、類似した状況を創って先生たちが色々演じてくれていたっけ。確かその体育教師が被っていたものとそれは良く似ている気がする。というかそのものだ、間違いなく。
『人間なんてもんは、こんなもんを被るのが好きなのか?』
「覆面マスクって言うんだけど、それを好んで被る人はそうそういないね…」
職業上被らなきゃいけない人はいるけれど、だいたいこの覆面マスクを被るのはやましい人が大多数を占めるんじゃないか、なんていうおおざっぱな説明をすると涼しい顔で納得したようだった。本当に理解したのかな、などと不安になるが何となく触れたらいけなさそうな悪い顔をしているように見えたので黙ってしまう。巻き込まれたくはなかった…だが、結局"自分"なのだから火の粉は僕にもかかるのだ。少しぞわっとした。
『だいいちなんだ、あの取っ手に半円くっつけた金属は』
「半円…?あー"さすまた"か」
『さすまたねぇ…あんなんで妖怪は捕まえられねぇぜ』
「そりゃそうでしょ…」
人間が人間に対する防衛のために作られたものなのだ。妖怪たちなんか枠に入っていない。その前に僕みたいに妖怪に精通しているほうが彼らにとってはおかしいのだ(皆は僕も妖怪の一人だ、というときもあるけれど)。
『まあ、悪さをする愚かな妖怪たちは俺が叩き斬るがな』
「確かにそうだねー…」
僕は今じゃ記憶こそあるけれど、やっぱり動いたり意志を示すのはこの彼だ。彼が居てこその僕。なんだかそれを考えると悲しくなってきたので頭を振ると、おい、とぬらりひょんの血を顕著に見せる彼が言った。視線を戻すと存外整っている顔が間近に迫っていて驚く。逃げようと反射的に後ろに一歩足を引いたが、さすがと言うべきか背中には木の感触があった。片手で手を押し付けられる。
えーと、これどういう状況?
『テメーもだろ、リクオよ』
「…そーでした」
視線をずらしてお手上げポーズのままで認めると彼は満足そうに頷いた。しかし木には押し付けられたままで、前には夜の僕。なんなんだ、この板ばさみ状態!と、焦っていると片方の手が軽やかに動いた。
『と、その前にその伊達眼鏡をやめて本当の自分に戻ったらどうなんだ』
「あ、ちょ…っ!」
自然に自分の眼鏡が取られてしまった。言われたとおりにする気も無く、とにかく取り返そうと思ったが生憎動けない。くそーなんて思っているといきなり世界が赤色に染まった。なんだこりゃあ!
『確かに被ったらおかしいな、これ』
「何被らせてるんだーーーー!」
じたばたするも彼の力には何故か叶わない。なんで、どうして!同一人物なのに!
「もう、手、放しなよ!」
『いやだね』
「意味分かんないし。…だったら脱がしてよ!」
『…ほう?』
その返事を聞いて少なからず了承してくれたのか、なんて思ったけれどそれは間違いだった。
見えはしなかったがズボンのほうでカチャカチャ音がしたのだ。……カチャカチャ?
「って何ベルト外してるの!!!?」
『脱がせって言ったのはテメーだぜ、リクオ』
「僕は覆面マスクを……!って、まさか最初っからそのつもりで…!!?」
『さあ…どうだろうな』
そう恐らく不敵に笑っている夜の僕が、直に感じられ余計脈拍数が上昇する一方で背中にはひや汗が流れていく。とにかく大声で、
「たすけてーーー!」
なんて叫んでみたけれど、
『誰もこねぇよ』
と一蹴されればどうしようもない。そんな往生際が悪い(と彼は言うが本能的な行動だと思う)僕に彼はただ一言。
『じゃあ、行くぜ』
「どこにーーーーー!!?」
そのあとのことは語りたくも、思い出したくもない。
ただ一つ言えるのは、やっぱり物は知らなくても総大将の血だけあって悪知恵が働くということだけは身をもって知らされました。
(もう近づくもんか…!)
****
すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません・・・・!としか言い様がございません。夜昼です。ちょっと最後どうなったかはご想像にお任せします。というか二作目でこれってありなんでしょうか。ぐはぁ!
ちなみにネタ元はお笑いネタからです(…)
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