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解式はいらない(鴆夜若)





秋の夜は長い。
だが、長いと言っても現代を生きる者にとっては何等変化は無いようだ。強いていえば、小学生や中学生の帰宅時間が早まるだけだと聞く。なんと風流さが欠如した世界観なんだろう。

それは置いといて、俺にとって夜が長い秋は好都合な時期なのだが、どうやら昼の俺は宿題だの勉強だのといった全部をこなさないと代わる気が起きないらしい。
結局、交代したのはいつもの時間。あともう少し早いのを期待していたんだが、と心の内に呼びかけてみても何の反応もなかった。ああ、寝てしまったのか。

とにかくはやる気持ちを抑えつけ、朧車に乗って目的地まで急ぐ。ぬらり、と誰にも気づかれないように、だけれども大胆に向かっていった。



「で、お前はそんな顔だったか?」
「…しらねぇよ」


着いたはいいが、その家の主人は顔がたいそう不満を押し込めたような表情を形作っていた。
なんでだ。なんで会った途端に拗ねられているのだ。
理由が全く分からない。分からないものだから、当然いらっとする。


「そんな顔じゃあ旨い酒もまずくなるだろ」


と、言葉を濁して苛立ちの意を示すものの。


「別に旨い酒は旨いままだろ」


と、屁理屈で返される返答なのだからどうしようもない。
というより、鴆が全く喋らないのも居心地が悪くなっている気がする。その上視線は光り輝く帝ばかりに注がれていた。俺を見向きもしない。ああ、何だろうこのモヤモヤは。
そう、例えるなら猫が毛を逆立てているのに遭遇したときくらいにいい気分ではない。どいつにしろ、動物に嫌われる程面白くないものはないのだ。


(このまま帰ってやろうか)


などと思考を巡らすも、それでは己が報われない。昼に身体を返すのもいいが、また枝垂れ桜に一人寄り掛かり黄昏れるのは些か躊躇われた。

俺から唯一会いに行くのは、鴆だけだというのに。

そこら辺を鴆は分かっているのだろうか。わざわざ朧車に乗り込んで、いそいそと本家を出てくる自身の気持ちを。
客観的に見ると昼の俺より、自分は自己を一番大事にしていた。他人(ひと)の意見よりは自分の意見をまず優先する傾向があるのは、俺が最も理解しているだろう。

確かに、今日酒を呑みながらでも話そうぜ、と誘ってきたのは鴆の方からだった。勿論二つ返事で承諾したのは、丁度先週だったはず。じゃあ来週の今日に、と言ったときの鴆の顔は嬉しそうに目を細めていた。少なくとも、来た途端に不機嫌さを滲ませた雰囲気を出すようには見えないくらい、それは傍から見れば穏やかであり、柔和だったのだ。

だからだろう、余計に今とその時の差に不満を覚えざるを得ないのは。


中秋の名月はとっくに過ぎ去ってはいたが、月はどこまでも美しく、そして儚さが際立っていた。本来なら酒の席に華を添えるだろうが、今は邪魔者でしかない。
これだけあれらはきらびやかに輝いているというのに、どうしてこちらが陰欝な雰囲気をださなければいけないのだろうか。不公平にも程がある。


「なあ、鴆」
「……あ?」
「お前の機嫌が悪いのはなんでか知らねぇけどな、」


せっかく俺から逢いに来たんだ、何を拗ねることがある、とニヤリと笑いかけた。
帰るのも嫌であり、わざわざ機嫌を損ねた理由を知るつもりもさらさらない。知ったところで、“今”が戻って来るとは思えない。それだったら、口喧嘩をする方がよっぽどいい。
ただ、いくらなんでもこのまま苦虫を飲んだような表情をされるのは俺自身の心が掻き乱された。

そう、白い兎は寂しいと死んでしまうのだ。


「なあ、鴆」


もう一度語りかける。お前はどれだけ俺の中を占めれば気が晴れるんだろうな、と瞳だけで、揶愉するように。目をそのまま細めると、息をのむ気配がした。
そして、とうとうそれに観念したのか、満足したのかは判らなかったが、瞬時に隙間がなくなった。ああ、暖かい。心が満たされて行く。
すまねぇ、と一言、耳に囁かれる。理由も何も言わない奴に、俺は何も聞かない。
ただ、気まぐれで覗いた瞳に己が映っているのを見て、俺は自然と頬が緩んでいた。







――――――
久々に鴆若です。
そういえばドラマCDの中心がリクオと鴆らしいですね。そんなに彼が人気だとは知りませんでした←
今回は夜さまの俺様主義を前面に押し出してみました(ぇ)
ろうは夜若にリクオが化けるというよりは、交代すると思い込んでいますので、そういう表現になっております。ご了承下さい。
鴆がなぜ拗ねていたかは皆さんのご想像にお任せします←






091013


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