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泣かないで/X'masフリー(祖父と孫)





知らないことを知るというのは非常に楽しいし、面白い。幼稚園に入った時もありとあらゆる、今まで知らなかった未知の世界が僕を待ち受けていた。家の中―――おじいちゃんが僕の全てだったから、自分と同い年の子たちと戯れるのはとても新鮮だった気がする。毎日が、新発見の連続だった。
そんな僕が、その幼稚園に通うようになった初めての冬のこと。


「…くりすます?」
「そう、クリスマス!」


きやっきゃと友達が騒いで、不思議な言葉を何度も何度も飽きずに繰り返す。
僕もいたずらっ子ではあったけれど、お母さんにむやみやたらに友達を騙しちゃダメよ、と教えられたおかげでふざけはするが、傷つけて泣かせる友達は作らなかった(そのかわり、家に帰ってからは思う存分罠を作ってはからかったけれど)。
その成果で友達は多かった気がする。皆が知らないことを喋ったりしたせいかもしれない。ついでにかけっこも速かった。あの頃は勉強とか、頭がいいとか関係がない年頃であったので、運動が出来るというのは多かれ少なかれ注目の的だったような感じを受ける。
そんな僕でも知らないことがあったらしく、そして現に目の前で笑っている友達の言っていることが分からなかった。


「クリスマスってなあに?」


分からないことは質問に限る。


「リクオ、しらないのかー?」
「えー知らないのー?」


どうやら彼らには常識だったようで驚かれた。僕はそんな反応が返ってくるとは思っていなかったので、少し固まってしまう。
その間も目を丸くして口々にもったいない、と皆が零す。しかも、誰もクリスマスというのがどういうものか話しはじめようともしない(もしかしたら知らなかっただけかもしれないが)。
おかげで言い知れぬ疎外感を味わうはめになり、泣く寸前まで追い詰められてしまっていた。えぐっ、と声が勝手に漏れる。


「クリスマスはね、サンタさんがくるんだよ」
「……へ?」


そんな中、後ろからさっきの疑問に答えてくれた声が聞こえた。びっくりして振り返る。声からも、雰囲気からも、快活そうなイメージが伝わってくるこの少女は、確か。


「…カナちゃん」
「もーリクオくん、クリスマスしらないなんておどろいちゃった」


けらけらと元気に笑われてしまったが、逆に幾分気持ちも落ち着いた。恥ずかしい、何て言う気持ちも不思議と吹き飛んでしまっている。そんな僕にかまわず、さらに彼女は続けた。


「えーとねサンタさんはね、プレゼントをくれるの!」
「プレゼント?」
「プレゼント!赤いふくをきてねー、でね、おひげがあるの!」
「…ねぇねぇなんでプレゼント、その人くれるの?」
「えーっと、うーんと」


理由を忘れてしまったのか急にうんうん彼女は唸ってしまった。なんだっけ、と考え込んでいると上からそれはね、と声が降ってくる。


「一年間よい子で過ごしたご褒美に、よ」
「…あ、せんせい!」
「せんせいだ!」


あっという間に先程まで騒いでいた子たちが、先生の周りに集まってしまう。先生も慣れたもので、自分の周りに座らせて絵本を取り出した。そして語りかけるように、その物語を紡ぎだしたのだった。



***



「きょうはね、クリスマスをおしえてもらったんだよ!」
「あら、そうなの?」
「こんどね、クリスマスパーティーやるんだ!」


お母さんは微笑んで相槌をうってくれた。
新しいことを知って、それを伝えることはとても気分が跳ねる。幾つになってもきっとそれは変わらないだろう。そんな風にウキウキしたまま僕はお母さんにねだった。


「ねぇねぇクリスマス、家でもしようよー」


本来ならばここで滑らかにそうね、と言葉が返ってくるかと思えば、彼女は少し逡巡したようだった。
しかし、間は空いたがはっきりとそうね、と返ってきたので幼い僕は何も気にしない。


「おじいちゃんに頼んでみようかしらね」
「うん!」


僕はあと何日かに迫ったクリスマスを、ただただ純粋にワクワクしていた。



***



「駄目じゃ」
「なんで?」
「駄目なもんは駄目じゃ!」


家に帰ってから直ぐさまおじいちゃんに頼みに行ったらこの押し問答が始まってしまった。頑なに反対されてしまい、だんだん悲しいんだか腹が立ってきたんだか、癇癪を起こしそうな自分に耐え兼ねて、僕は居間から飛び出して自室に引きこもった。
泣きそうな顔をしていたのだろう、途中首無や青や黒が心配そうに話し掛けてきたが構わず振り切った。
誰とも今は向き合いたくなかったのだ。


「…うぅ」


いつもは笑って、たいていのことなら許してくれたおじいちゃん。でもあそこまで頑固に首を縦に振らなかったものだから、今はとても胸から寂しさが込み上げてきて、とうとう一滴、零れてしまった。


(なんで、ダメなの?)


訳が分からない。皆がクリスマスを先生が教える前に知っていて、自分が知らなかったことと何か関係があるのだろうか。
判然がつかなくて膝に顔を埋めて涙で濡らした。肩がか細く震えた。


どれくらいそうしていたのだろうか、リクオ様、と呼び掛けられて障子に目を向けた。雪女なのだろう。彼女の長い髪の毛が揺れている。
少し孤独感に襲われそうになっていたので、入ってと促した。


「どうして泣いてらしたんです?」
「だって…」


僕はたどたどしくも、こうなってしまった経緯を話し出した。僕だけ知らなかったクリスマス、いい子にしていたらプレゼントをサンタがくれること、そして家でクリスマスを祝いたかったけれど、おじいちゃんに反対されたこと。
雪女は黙って優しく背中を摩ってくれた。暖かい。


「…総大将はバテレンの類いはあまりお好きではないですからねー…」
「?ばてれん?」
「ああ、キリスト教ですよ」
「???」


余計に疑問符が浮かんでくる。
彼女は慌てながら何とかかみ砕いて説明してくれた。
分かったことは遠い遠い外国の文化だということだけだったけれど。


「だから家ではいわっちゃいけないの?」
「ここは総大将の家ですから…」


とにかくおじいちゃんが毛嫌いしていることだけはうかがえた。でも、じゃあ、なんで。


「プレゼント、いままでもらえなかったんだろ…」
「……」


そのときは愚かにもサンタはいると信じていたのだ。妖怪だって居るのだ(現に目の前の彼女は妖怪である)、居てもおかしくない。
彼女もそれに対して異論を唱えることが出来なかった。
冷たい空気がだんだんと身体から熱を、希望を凍らせる。


「もしかして、ぼくがわるい子だから…?」
「えっ!?」
「いい子じゃないから…?」


僕は震えた。寒かったせいじゃない。たどり着いた結論が、あまりに酷なものだったから。
確かに自分はおじいちゃんみたいに悪の男になろうとは思っている。それでも、"いい"子でありたかった。いたいと思っていた。

矛盾しているのに、それでも。

雪女は自分のひざ元でまた泣きだしてしまった僕をあやしながら、そっと後ろを見遣った。見馴れた影が映っていたのに、僕は気づかない。



***



クリスマスパーティーが幼稚園で行われた。食べたケーキは美味しかったし、途中乱入してきたサンタが大きく白い袋の中からプレゼントもくれたのだ(でも、そのサンタは明らかに園長先生だった)。中身はクレヨンとスケッチブック。新しいお絵かき道具に皆笑顔で、僕も笑顔。友達としたゲームも楽しくて、ずっとはしゃいでいた―――それが先刻までのことだ。

今は夜。縁側で一人ほうけていた。

雪は降らなかった。そのかわり寒い。吐く息は真っ白だ。まだ着慣れない着物を着て、僕は足をぶらぶらさせる。
頭に浮かぶのは今日の出来事だけ。楽しい、今まで知らなかった世界に僕は浸った。
遮断された空気。
だからだろうか、足音が近付いてくるのが聞こえなかった。呼ばれるまで、気づかなかった。


「リクオ」
「…おじいちゃん」


彼もきっちり着物を着込んでいた。やっぱり吐く息は白い。
突然のことで目がしっかり合ってしまったが、すぐに逸らした。どくどくと、音がする。


「残念じゃが、わしの家にはサンタは来ない」


いきなり先日の話題を振り返された。時間が経つにつれて忘れていこうと努力していたのに蒸し返されてしまい、傷が、痛んだ。


「…わかってるよ」


唸るように答えた。意図したわけじゃあないのに、絶望に打ちひしがれたような声だった。どうせ、僕は。


「だがのう、ソイツはこんでもな、」


それでもおじいちゃんは話を続けようとする。そして、下を向いたままの僕に顔をあげなさい、と促した。
基本的に僕はおじいちゃんっ子だ。渋々ながらも顔をあげると、そこには。


「ツリー…?」


小さな小さなモミの木だった。なんでこんなものがあるのだろうか。理解できなくておじいちゃんを見上げる。


「おじいちゃん…これ…」
「ツリーとか言うヤツじゃ。…おめェにくれてやる」


明らかに作りもので、そこらへんにあった、という訳じゃないだろう。
僕は期待を込めておじいちゃんを見つめる。おじいちゃんは観念したようにそっぽを向いた。
そして照れ臭そうに、


「サンタはこんが、ワシがリクオのサンタにならんこともない―――お前はいい子じゃ」


と言って優しく頭を撫でてくれたのだ。最後の言葉だけは、きちんと目を見て言ってくれた。柔らかく慈しむような、どこか寂しそうな目に僕は包まれる。
素直に僕は嬉しかった。与えられたツリーより何より、貰った言葉の数々が。
そして、大嫌いなはずの"ばてれん"を受け入れてくれたおじいちゃんに言葉がでない。


「皆がケーキやら何やら準備しておるから」


それに寒いし、と差し出されたその手を、僕は掴んだ。



***



「そんなこと、あったなー…」


目が覚めると長い長い、そして小さな物語を読み終えたような気持ちだった。懐かしい、あの頃。
幾年もたったが、今日で何度目かのクリスマスを迎える。


「…メリークリスマス」


目線の先には小さなモミの木が、机の上にそっと飾られていた。






****
はい、X'masフリーでした。
読んで下さった方ありがとうございます!
本誌で若が幼稚園の描写がちらりと出てきましたときに、こんな妄想がww
祖父と孫は仲がいいのがたまりませんね!←




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あきゅろす。
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