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逃げ場は、ない(夜昼)





「えっと、まず何この状況」
「良いから黙ったらどうだ」
「だ、黙れって…」


うとうとしていたら誰かに包まれていた。暖かい。だがおかしいことに寄り掛かっていたのは大きな大きな枝垂れ桜である。存在は畏怖にも近い感情を沸き起こさせるためか安心感はあるが、間違っても現実味を帯びた暖かさがあるはずもない。むしろひんやりしていた。
そこまでうつらうつらと考えたところで刮目した。思い当たる人物は彼しかいない。だからやはり最初に目に入ったのがあの、しなやかで、だが力強い手だったときはああやっぱりと思い、安心した。しかし状況把握は出来ても真意が掴めていない。そのため困惑している次第だ。


「…どうかした?」
「……何でもねぇよ」


そう返答が来たかと思うとまた深く抱き込まれた。向かい合っているわけではないので顔が見えない。彼の匂いが強くなって、ますます動悸が激しくなる。


「…そろそろ離してもいいんじゃあ」
「まだだ」


すっぱり断られてしまってはこちらの反論の仕様がない。うう、と唸りにも似た声をあげてどうすれば良いか悩みに悩むが、答えなど出てくるはずもなかった。ならいっそのこと、もう一度寝てしまえばいいのだが、生憎心臓が跳ねて煩く、出来そうに無かった。

そして何の抵抗も見せずに随分間があいた後、あのなと話し出す声が間近に聞こえた。余りに近くて、少し震える。


「怪我、すんじゃねぇよ」
「………ええっと」
「お前の状態で、怪我すんな」


何を言い出すのかと思えば、不機嫌そうな口調で話しかけられた。いや話しかけられた、というよりは説教をくらっているような感覚に陥るのは何故なのだろうか。しかも話が全く脈絡のない事柄だったものだから、いっそう不思議に思ってしまう。
確かに怪我はたくさんする。日常的にこけたり、擦りむいたり。不注意で指を切ったり、捻挫したり。―――あとは、闘ったりしたときに斬られた頬の傷もあった。
しかしそれらはもう治ってしまっていた。今更、な話なのである。だから余計解せなかったが、夜はむすっとして、それでも僕を抱きかかえたまま、夜は話を続けてしまう。


「いくらてめェが人間よりも優れていてもな、やっぱりてめェは人間なんだよ」
「……」


何を思って彼は言うのだろうか。何を僕に伝えたいのだろうか。意図がまだぼんやりとしか浮き出てこなくてじれったくなる。そして言われたことを同時に考えてみた。
確かに僕は人間、のはずだ。もしかしたら世間では半妖と言われるかもしれないが、半妖のさらに半分しか血は流れていない。どうしても妖怪、と認めるにはいまだ抵抗がある。
だけれども、だからといって悪行だけを重ねている者を見かけたら、果たして見逃すことが出来るんだろうか。答えはもちろん、ノーだ。
逃げることは、しない。元来好きではない。立ち向かうほうが寧ろ性に合っていた。
別にむやみやたらに突っ込んでいたわけではなかったし、きちんと予測をたてて動いていたつもりなのに、どうやらそれが彼にとってあまり好ましくないようだった。


「まさか、心配してくれたとか…?」
「…ちげェよ」


じゃあ何で君に指図されなきゃいけないんだ。少しばかり後ろを睨もうと思ったら、おもいっきり身体が反転させられて目が合ってしまった。
突然切れ長の細目に出くわしたせいで動揺して、今にも突き飛ばそうとした手を押さえ付けながら夜は続けざまに、


「お前を傷物にしていいのはオレだけだ」


と、いやらしさを含んだその笑みで告げるものだから、


「……っ!」


不覚にもときめいてしまった。顔が瞬時に熱くなる。
まるで独占欲まる出しの科白なのだが、何故だろう、彼が言うとかっこよく思えてしまうのだ。怒りよりも先に恥ずかしい。
そして今更ながら、僕は夜の意地が悪そうな顔に弱いのだ。反応が、出来ない。

固まってしまった僕に、追い撃ちをかけるように彼は続ける。


「オレは…おめェの傷一つにでさえ嫉妬しちまうんだよ」


何馬鹿なことを言ってるんだ、とどこか遠くで思った。
君は僕であり、僕は君なのに。怪我をして痛い思いをするのも君と僕で、変わりはしないのに。
それでもその言の葉があまりにも気持ちよくて、つい寄り掛かってしまう。このまま、溶けてしまいそうだ。
だから、ニヤリと笑う夜に僕は気づかなかった。
耳元で、


「無防備なのは了承ととるぜ?」


などと、囁かれるまで。
そこでようやく先程の言葉をきちんと理解してしまったのだ。
またもや違った意味で顔は熱くなった。言うまでもなく、今度は羞恥からではなく憤怒からである。


「し、知らないよ!君の思惑なんて!!」


騒いで抵抗をしても、もう後の祭りだった。現に彼はもう遅い、と言って馬耳東風だ。聞く耳を持たない。


「諦めるんだな、リクオ」


もともと最初からてめェに勝ち目はなかったんだよ、と愉快そうに最後の一手を積み上げられてしまい、どうやらこの包囲網から抜け出すことは無理だと悟ってしまった。
くるり、と身体がまわる。


「…まさか最初から……!」
「さあな」
「さ、さあなって…」


ああ、降参だ。
なんだか反論する気もなくなってしまった。そうだ、最初の時点で離れなかった僕もきっと同罪なのだろう。その暖かさに取り込まれていたところで、彼の言う"負け"だったのだ。


だから、近付いてきた熱を僕は正面から受け入れた。









***
言い訳はしませんぞ!←
甘くするつもり無かったのに多糖ですブドウ糖です(何か違う)
こんな気障な台詞を吐くのは夜若様だけでしょうね!
後の人達は言った後恥ずかしがるんですよ〜そんなマイ設定。




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あきゅろす。
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