傷(黄猿)
頂上決戦から暫く。
白ひげ海賊団は散り散りに各地に散ってその存在を目立たせぬように療養をしていた。
ある者は怪我を。
またある者は白ひげとエースを失った悲しみを。
「死んじゃったねェ〜。白ひげと火拳」
イゾウもその一人であったが、彼の場合匿ってくれる人間に絶対的な権力と財力があった。
その人間は頼って来たイゾウにまずそこから一番近い島にあった自分の持ち物だと言う別荘を与えては、充分な食事や水酒も自ら買って来て貯蔵庫に用意してあげる。
それからベッドに胡座を掻いて座り窓から海を眺めているイゾウの体を後ろから抱き寄せては自分の膝に座らせて、冒頭の台詞を投げ掛けた。
「…言われなくても分かってらァ」
苦々し気に吐き捨てる、イゾウ。
男は全くイゾウの、正確には白ひげ海賊団の心中を気にする様子はない。
それもその筈。
「泣かないのかい?」
「…そいつはもう散々やった」
イゾウを匿っている人物は、海軍大将黄猿。
そう、本来なら海賊を捕まえて然るべき処分を受けさせる立場の男。
そしてイゾウもそんな男に背中を取られ、抱き締められていると言うのに特に文句を言うでも暴れるでもなく、煙管を取り出しては口に加えた。
「だから言ったでしょうが〜。白ひげは負けるよって」
「…うるせェよ」
「…やっぱり君を監禁してでも頂上決戦には行かせないべきだったねェ」
黄猿は恭しい仕草でイゾウの首筋に唇を落とす。
ちゅ、吸い付いては赤い痕を幾つか散らさせた。
イゾウは今片手に目元を押さえては煙管をギリッ、噛み締め押さえ切れない嗚咽を漏らしながら頬に涙を伝わらせている。
散々、泣いた。
だがふと思い出してしまうだけで涙は溢れてしまうし、直ぐに止まってはくれないのだ。
「そんな事をしてみろっ。今、てめェの脳天には穴が空いてたからな」
イゾウの嗚咽を噛み殺しながらの物騒な台詞に黄猿は怖いねェ、とだけ返しては頭を優しくなで続けて上げた。
その優しい動作とは裏腹に、彼の心の傷がこのまま癒えなければ良い。
そうすればずっと自分を頼ってくれる、自分の元に居てくれる、そんな腹黒い事を、少しばかり本気で思いながら。
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