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腹黒王子と保護者+



どんちゃん騒ぎの夜のあと。
早朝、土方の部屋の障子が乱暴に開いた。
敵襲か、と思わず飛び起きた土方の身体の上に総悟が乗りかかり、突然の重みに土方がなんともいえないうめき声を上げる。


「おはよーございやーす」
「ぐォッ……!!そ、そうごォ……!?」
「提出書類持ってきたんで確認お願いしやす。じゃ、俺ァこれから休暇なんでさよーなら」
「ちょ、まっ……!?」


待て、と言う言葉よりも先に総悟は立ち去り、どたどたと廊下を走り抜けていった。
いつもなら廊下は走るなと一喝するところだが、今はそんなことどうでもいい。
総悟に思い切り圧し掛かられたせいで腹も腰も痛いし、何よりも状況が理解できていない。
叩きつけられた紙キレは畳みに落ちていて、まだ寝ぼけている身体はそれを見つめたまま動かなかった。


「……な……なんだったんだ……」


時計を見ると、まだ六時前だ。
休暇だからといってこんなに朝早くから総悟が活動しているのは珍しい。
ようやく頭も身体も目覚めてきた土方は腹をおさえながら起き上がり、這いずるように布団から出ていく。
手と膝をつきながらよたよたと紙を拾い確認すると、一気に脳が覚醒した。


「はァ!?」


思わず大きな声を出してしまったが、無理もない。
書面にはまず“休暇届”と書かれており、申請者の氏名の欄には“北村零”とある。
まあそこまでは理解できるが、字体は明らかに総悟のもの。
そして申請理由にデカデカと“沖田君とデートに行く為”と殴り書きされていた。


「なんだよこれ……!」


総悟を問い詰め、そして局長である近藤に申請届けを確認させる為、土方は寝癖をつけたままの姿で慌てて部屋を出た。
庭には朝霧が漂い、空気はとても冷たい。
足袋も履かずに飛び出してしまったことに後悔しつつ、土方はひとまず近藤の部屋へと向かった。

土方に休暇届を押し付けた総悟は、今度は零の部屋に侵入していた。
先ほどとは違いそろりと障子を開けて、足音をたてないよう気配を消し部屋へと入る。
すやすやと寝息をたてて寝ている零を確認すると、布団を少しだけめくりあげ隣にはいった。


「零〜〜〜」
「……んぅ〜」
「起きろや」
「っせぇ……」


もぞもぞと動く零が寝返りをうち、総悟と向き合うかたちになった。
零は目をあけず、寒そうに縮こまっている。
ずっと顔を見ていると眉間にどんどんシワが寄せられていき、今の状況がとても不快であることを表現していた。


「零」
「……」
「休暇だぜィ」
「んー……うるさいとぉしろ……」


零が寝ぼけながら口にした言葉に、総悟の顔つきが変わる。

零と土方は、時たま同じ布団で夜を過ごす。
二人はそれを隠したがっているようだが、もちろん隠し通せてはいない。
一部の隊士はもちろん知っているし、土方の羽織を着て洗面にくる零や、零の帯を使って食堂に来る土方の姿を見れば嫌でも察する。
男色だのなんだのと妙な噂がたって困っているというが、それならさっさと距離をとれと総悟は悶々としているし、もちろんイラついていた。

土方だと勘違いして抱きついてくる零の頭を総悟が撫でる。

土方と零を引き剥がすことは誰にも出来ない。
複雑に絡み合う茨と椿は枯れることも無く、これからもずっとずっとお互いの首を絞めながら生きていく。

認めたくない。
赦したくもない。

何者にも干渉されず、ただ優美に誇り高く咲く一輪の椿が何よりも美しいと思う総悟にとって、茨は邪魔でしかない。


「……ん……とし、おはよ……」
「よォ、零。お目覚めかィ」
「……え゛」
「おいおい、土方さんよりイイ男がいてびびってんのかィ」
「うおおおぉおおお!!?そそそそっ!?そそ!?総悟オオォオー!?」
「いてエエェ!!」


総悟を突き飛ばしてゴロゴロと転がりながら布団を飛び出し、箪笥にぶつかった零の身体はうずくまって動かなくなった。
零に突き飛ばされた痛みに悶えていた総悟が顔を上げると、零の身体はダンゴ虫のように丸まっていてぴくりとも動く気配がない。


「おーい零ーしっかりしろー」


ばっ、と顔を上げた零は顔面蒼白で総悟の顔を見つめる。
何か言いたげな表情だったので、総悟は黙って待った。


「俺が総悟を連れ込んだのか……!?」


記憶を消失するのは酒を飲んだときの恒例となっているが、今回も例外ではなかったようだ。


「……俺ァ嫌だって言ったんだけどよ……あまりにもオメーが強引だったもんで……」
「なっ!?」
「でもお前、童貞のクセに優しかったぜィ……」
「何の話!?」
「土方さんには黙っててやるから安心しな……ふ、また黒歴史が増えちまったなァ……」
「うおおおお総悟おおぉおおお!!俺がお前になにをしたんだよ!?ナニ!?え!?ナニをしたのか!?お前に!?」
「もうムコに行けねぇ……責任取ってくれんだろうな?」


丸まったままがたがたと震えだした零に総悟が近づき、懐から紙を取り出し見せ付けた。
先ほど土方に叩き付けた休暇届のコピーだ。


「訴状?」
「よく見ろや」
「きゅうか、とどけ……?って、なんで俺の名前が!?俺こんなの書いた覚え……は!?申請理由おかしくねえか!?」
「昨日言っただろィ。俺とデートしろや、殺すぞ」
「…………はい?」


心身が疲弊してどうしようもない時に、甘ったれた言葉が必要ならくれてやる。
温かい指で触れてほしけりゃ触れてやる。
だけど、自分達にはそんなもの必要ないだろう。

戸惑う零の頭をわしわしと乱暴に撫でて、にかっと笑った総悟は、衣桁にかけられている着流しと赤い羽織を零へ投げつけた。


「顔洗ってこい、すぐ出るぜィ」
「ど、どこに連れて行かれるんですか……」
「ふふん……そいつァお楽しみでィ」


緩やかに弧を描いた口元と、細められた目元。
涼しげな表情の総悟とは違う困った零の表情は、誰が見ても笑えるだろう。
二日酔いでふらふらの身体だが二度寝する空気でもないし、零は渋々立ち上がりゆっくりと部屋を出て行った。

そして同時刻の近藤の部屋。
土方が持ってきた書類を欠伸をしながら眺める近藤の表情はにこやかだ。
布団の上で胡坐をかく近藤の前で、土方も同じように座り静かに見守る。


「総悟も優しいところがあるじゃないか。零の休暇がないことを気にしてこんなことをしたんだろう」
「ハァ……そうだとしても、零は休暇を遠慮してんじゃねえ。いらねえとはっきり自分の意思で言ってんだ。零の意思を無視したやり方は好かねえ」
「おいおいトシぃ、ヤキモチはいかんぞ」
「ヤキモチだァ!?なんで俺がガキ二人に」
「いやぁ、顔に書いてあるから」
「なっ……!近藤さん、からかうのはやめてくれ!」
「ははは!まぁ、いいだろう!正式な代筆じゃないとはいえ、零が嫌と言ってるわけじゃないんだろう?副長補佐は休みでいい。必要なら明日もな」
「……はぁ、甘ェな」
「そうか?」
「朝早くからすまなかったな、顔洗ってくらァ」
「おう、また後でな」


のっそりと立ち上がった土方は、頭をかきながら部屋を出て行った。
そして、すぐに吐き出されるため息。


「おはようございます。朝からため息なんてついてどうしました?」
「零……!おはよう。顔色が悪ィな」
「二日酔いです。総悟に叩き起こされたし頭痛ェ……」
「……総悟がおめーの休暇届を持ってきた。どこかに行くのか」
「さぁ……。どこかには連れていってくれるみたいですけど、どこだか。それより、急なのに休暇をくださってありがとうございます」
「それはいいんだ。気にすんな」
「……っ、……あ、あのぉ……ひじ……いや、十四郎……」
「ん?」
「俺、酒を飲んで誰かと……その……、“やばいこと”したことあるっけ……」
「……やばいこと?」
「セッ……夜のプロレス的な……」
「……あるわけねーだろ、俺の前でしか飲ませてねえんだから」
「だよな!?いやー!焦ったー!じゃあ総悟の嘘か〜!はっはっは!」
「はァ!?おい待て、なんだ!?おめーら昨日なにを……!」


言いたいことだけを言ってさっさと行ってしまった零の背に土方が腕を伸ばすが、なにも掴むことは出来ずただ漂うだけで、口をポカンと開けたまま腕を伸ばす姿はマヌケで滑稽だった。
零の酒の失敗をこれまで何度も何度も目の当たりにしてきている土方にとって、先ほどの零の発言は聞き捨てならない。
総悟の態度といい、きっと何かあったに違いない。
いやいやいや、気にすることではない。
そう頭を横に振るが気になるものは気になる。

十三年前の桃の節句、事故とはいえ総悟と零が淡い恋心を抱いた事実があるという話を近藤から聞いていなければ放っておけたのに。
過去をほじくり返して、しかも本人達より過敏になっている己に嫌悪感を抱く。


(ちくしょう……)


「おい、洗面所どこだ」
「真っ直ぐ行って自動販売機を左……って、なんだお前!?まだいやがったのか!?」
「いや〜飲みすぎたわ。気づいたら寝てて、凍死するかと思ったぜ。客人が来てるときくらい暖房器具用意しとけやクソが」
「誰が客人だ、勝手に上がりこんできたんだろうが」


クセ毛にさらに寝癖も追加されて普段の倍は膨らんだ髪をぼりぼりとかきながら、やつれた顔の銀時がのっそりと土方の前に現われた。
どうやら銀時も二日酔いのようで、顔色がとても悪い。


「あー……しんど……朝から沖田くんも零くんもうるせえし」
「会ったのか」
「さっきすれ違ったんだよ。早速“使って”くれて嬉しいわ」
「使う?」
「おう、俺が持って帰って“ガキ共に見られちまったらマズイ”し。沖田くんと零くんに“必要そう”だったからな……ってなんだその顔コワッ!?なになになに!?ちょ、土方クーン!?」
「ツラ貸せや……オメーに年末の大仕事を依頼してやる」
「ええ……」


青筋を浮かび上がらせている土方を見て、これから起こる面倒を考えると頭の痛みが増すようだ。
こんなことになるならさっさと帰れば良かったと後悔したが、今更もう遅い。
胸倉を掴まれている銀時は青ざめた顔で小さなため息をはいた。


一方、総悟と零はというと、朝食も食べずに慌しく身支度を整えて屯所を出て行った。
大通りでタクシーを拾った総悟に無理やり車内に押し込まれた零は、まるで誘拐だし、逃げなどしないのだから行き先くらいさっさと教えてくれればいいのにと思ったが、車内で頭を激突させた痛みが勝りもはやどうでもいい。
助手席に乗り込んだ総悟が運転手に紙を見せているのが視界の端で見えたのだが、痛みに悶絶しながら変な体勢で座席に座っている零にとって、まずは姿勢を正す方が大事で、後ろから覗き込むようなことはしなかった。
走り出した車の車内で、マフラーに顔を埋める涙目の零は、やたらご機嫌な栗毛をじっと後ろから眺めて、頭から痛みが消えるのをじっと待っていた。



車は二十分ほど走り、路肩で停車した。
温かい車内と微妙な揺れ、そして寝不足も相まって、不覚にも零は居眠りをしてしまっており、到着までにどこに連れて行かれるか当ててやろうと思っていたのに、戦う前から勝負は終わっていて情けないにもほどがある。
運転手が代金を告げる声で起きた零は財布を探すわけでもなく、いまだマフラーに顔を埋めながらぼうっと総悟と運転手のやり取りを眺めていた。
誘拐された身なのだから、支払いは総悟に任せよう。
支払いはすぐに終わり、総悟は先に車を降りた。
まるで恋人をエスコートするかのように後部座席の扉を開き、手を差し出してきたのは、からかっているからだろうか。
総悟と目が合ったままの零はゆっくりと瞬きをしつつ、大人しくその手を握り下車した。
手を引かれるまま綺麗に舗装された道を歩いていると、いつの間にかカップルや家族連れに囲われており、落ち着かない零が辺りをキョロキョロと見回す。


「……いい加減どこに行くか教えろよ」
「まあ待てって」
「寒いんだけど」
「すぐ暑くならァ」
「はぁ?健康ランドにでも連れていく気か?」
「よっしゃ、着いた。お前、初めてだろィ」
「……え……!?」
「乗り物乗り放題付きの入場券が二枚。ふふんっ、俺と一日付き合う気になったかィ」


ひたすら前だけを見て歩いていた総悟がやっと零の方へ振り向くと、懐から取り出した紙キレ二枚をひらひらと見せ付けながら微笑んだ。
己の見目の良さを知っている総悟は、幼馴染である零に対しても自信満々にその魅力を押し付ける。
物心付く前から顔を合わせている関係だが、零はその笑顔の前ではどうしても骨抜きになってしまうというか、力が抜けてしまう。


「あ、ああっ……!持つべきものは腹黒ドSの親友だなーーーー!!総悟オオォオオーー!!愛してるぞおおぉお」
「ぐええっ、苦しい……!死ぬ゛ゥっ……離れろぉ……!!」


零が総悟に飛びついて、力いっぱい抱きしめながら全身で喜びを露にした。
遊園地の入場ゲートの前で男同士で抱き合っているなんて滑稽にもほどがあるのだが、少年二人が行っている為かそれほど悪目立ちはしていないようだ。
なんだったら、微笑ましい光景に見えるのか、若い女性グループが二人を見て微笑みながら横を通り過ぎて行っている。
しかし、その場から約三百メートルほど離れた茂みの中。
肩を並べて双眼鏡を覗く男二人の表情は暗かった。


「オイ、なんで抱き合ってんだ説明しろ」
「知らねえよ、ホモなんだろ」
「あいつらはホモじゃねえええええ!!!」
「痛い痛い!!痛いって!!叩くな!!」
「でけー声出すな、気づかれんだろ。殺すぞ」
「ちょっと待って、警察呼ぶわ。暴漢に襲われてるって通報してやる」
「俺が警察だっつーの」
「世も末だなクソ」


総悟と零の後を追いかけるように屯所を出てきた土方と、首根っこをつかまれ渋々それに付き合っている銀時。
なにやら気になることがあるらしく総悟たちを追跡しているようなのが、土方が必死になればなるほど銀時の苛立ちは募っていく。
自分が手渡した遊園地のチケットを早速使い、抱き合うほど喜んでくれている様子はとてもいい眺めだったので、土方が一体何に対して焦り、怒り、喚いているのかさっぱり見当がつかない。
しかも、何が引き金になったのかわからないが、総悟と零を追跡しろという依頼まで受けてしまったものだから、もう何が何だかわからない。
提示された依頼料についよだれをたらしてしまった卑しい自分を恨むべきか、銀時が双眼鏡を覗きこみながらそう思った。


「あ、入ってった」
「行くぞ」
「待て待て待て、どこまで追いかけんだ」
「どこまでって、屯所に帰るまでに決まってんだろうが」
「は!?それって何時間だよ!一日見張る気か!?折角の休日にストーカーたァ、ゴリラ局長とやってることが一緒じゃねえか。真選組ってストーカー養成所なの?」
「お前が“変なもん”渡したせいで、一線越えてやがるかもしれねえんだぞ。ちったァ責任感じやがれ!!上司として、奴らの関係をしっかりこの目で確かめにゃならん……」
「変なもん……?俺は別に変なもんなんて……」
「急げ!見失う!!」
「あーもー」


何度も何度も帰ってやろうと思っている銀時なのだが、依頼料は銀時の言い値で良いと言い切った土方の言葉も気になり、中々踵を返すことができない。
ウマイ話には面倒がつきものだと重々承知しているが、それにしても面倒にもほどがあるというか、とにかく死ぬほど面倒くさい。
何かを勘違いしている土方に訂正をいれようにも聞く耳をもってもらえないだろうし、お互いの為にもまだ付き合う必要はありそうだ。
先に茂みを出て行った土方を目で追う銀時は、重い身体に鞭を打ちながら、やっとのことで茂みから抜け出した。


この遊園地の目玉は、園内の中央にそびえ立つ巨大な観覧車。
頂上でキスをすると永遠に結ばれるなんていう噂もあり、若者向けの雑誌やテレビなどで何度も取り上げられている。
以前、松平片栗虎の娘、栗子がデートに使用したのもこの遊園地で、その際は近藤、土方、総悟が“殺し屋”として選抜され、訪れたことがあった。
今回初めて訪れた零はその賑やかさや、見たこともない“カラクリ”を見て言葉を無くしており、横に立つ総悟は笑いをこらえながら零の様子を窺っている。


「すげえ……!全部テレビで見たことある……!」
「あっちでうめェホットドッグ食えんだ。まずは腹ごしらえといこうぜィ」
「総悟は前に来たことあるんだっけ?」
「とっつぁんに連れられてな〜」
「ああ、栗子さんの彼氏を暗殺するとかどうとかの……」
「そうそう。土方さんのせいで殺しそびれたけど」
「マジで殺す気だったのかよ」
「俺ァ仕事にはいつでも本気だぜィ」
「嘘つけや。あー!アレすげーおもしろそう。乗った?」
「どれ」
「ほら、あのじぇっとこーすたー?気持ちよさそー」
「ゲッ……」
「……お?おお?なんだなんだ総悟、もしかしてああいうの苦手なのか?お前にも苦手なものってあるんだな〜!へぇ」
「別に苦手じゃねえけどよ、飯食ってすぐは嫌」
「それは一理ある」
「俺と同じもんでいいかィ」
「奢り!?お前マジでどうしたんだよ、失踪すんの?」
「いちいち一言余計なんでィ、むかつくヤローだな」
「ごめんって。コーラも頼むわ」
「へいへい」
「中で食えんの?先に入ってていいか?」
「おう、行ってろ」
「さんきゅ」


軽食販売の小屋が並ぶ飲食コーナーにはパラソルやベンチが用意されていて、室内で飲食できるスペースも設けられている。
天気が良い日は親子連れなどがここでお弁当を広げたり、自由に過ごせる憩いの場となっている。
生憎今日はとても冷え込んでいるので外で飲食をしている客はおらず、みな室内に逃げ込んでいるようだ。
外の売店で注文をしている総悟の背を、もちろん土方たちは陰から監視していた。


「ウ……俺も腹減った……。ちょっと土方くん、俺にもホットドッグ買って」
「我慢しろや。飯食ってる場合じゃねえ」
「チッ……ていうか、沖田くん、やたらと零くんに優しくねえか?飯も奢ってんじゃん」
「……あいつらは互いに甘ェ。ただの幼馴染なんかじゃなく、兄か弟か……、そんな風に振舞ってんだ、昔からな」
「なるほどなー。するってーと、なんだ、お前は自分の入る隙間がなくて、妬いてるっつーことか」


反論したいところだが、近藤にも“妬いている”と同じことを言われた。
そもそも出会った時期も、過ごしてきた時間も違うのに、総悟と零の何に妬く必要があるのか。
双眼鏡で総悟を見つめる土方の呼吸が一瞬だけ止まり、双眼鏡を静かに下ろした。
確かに、妬いているかもしれない。
いや、確実に妬いている。
二人の楽しそうな姿を見れば見るほど、胸の奥がきゅっと痛んで、妙な熱が生まれて苦しいのはそのせいだろう。

零が総悟にしか見せない顔、総悟が零にしか見せない顔。
もっと昔には、そこにミツバの存在もあった。
妬みではなく、羨ましいのか。
ただの“兄弟愛”ならまだしも、一夜にしてもしかしたら恋人関係にまで発展しているかもしれないと考えている土方は、どうしても二人の関係を暴きたい。
特に、副長補佐として、そして一人の男として土方に執着して依存し、全身全霊で愛をぶつけてくる零の気持ちは、絶対に。


「……ッ!!」
「どうした」
「い、今、沖田くんと目が合った気がする……バレてんじゃね?」
「気のせいだろ。俺たちも中に入るぞ、変装しろ」
「どこに隠してた?用意周到だなオイ」


土方は銀時に、どこからともなく取り出したサングラスとマスク、そしてニット帽を差し出した。
大人しく受け取った銀時は言われたとおり着用し、どこからどう見ても変質者の装いの二人が飲食スペースへの潜入を試みるべく、入り口へと向かっていった。

開園直後ということもあってか室内の席は空席が目立つ。
観葉植物と衝立で囲われている端の席に座っている総悟と零は、談笑しながら少し遅めの朝食を取っていた。
机には園内のマップが広げられており、総悟が指をさしながら説明している。


「総悟、遊ぶ前に聞いておきたいことがあるんだけど」
「ん」
「なんで俺を連れ出したんだ?非番をずっと一緒に過ごすなんて、初めてだろ……。そんなに、なにか追い詰められてるように見えたか?」
「別に。おめーと遊びたかったから、それだけ」
「マジで言ってんのか?」
「マジ。俺たち友達、だろ?」
「おめーはザックスかよ」
「万事屋の旦那にチケットを貰ったんでィ。福引の景品を山分けしたときに、旦那の方に混ざってたらしくてな。万事屋じゃペア券は使えねえってことで、俺が貰った」
「銀さんが!そっか、そうだったんだな。じゃあこの休暇は、銀さんのおかげでもあるのか」
「そーいうこと。コーラ一口くれ」
「うん」


総悟の話を聞いて嬉しさを噛みしめている零が、頬を緩ませながらホットドッグを口いっぱいに頬張る。

総悟と零は小競り合いも多いが、基本的には仲がよく、これといって大きな争いはしたことがない。
物心がつく前からの付き合いともなれば些細なことは笑って許せるというか、気にはならないというか、のらりくらりと今まで付きあって来た。
だから、改めて優しい態度に触れるとなんだかむず痒くて照れてしまう。
素直にありがとうと言いたい零だが、今はまだ言葉を呑みこんだ。
奢ってもらったホットドッグの味も、ジュースの味も、忘れないようにしたい。


「ラブラブだな」
「……お前、俺の金だからって色々買いすぎだろ」


比較的近い席で様子を窺う土方と銀時のテーブルの上には、ホットドッグやフライドポテト、チキンナゲットなどのジャンクフードがたんまり並べられていた。
何も注文せず座っているのは不自然なので、土方が適当に何か買って来いと銀時に財布を渡した結果がこれだ。
園内マップを広げて総悟や零にバレないように顔を隠しながら、土方は銀時を睨みつけている。


「昼飯食えるかわかんねーだろ。今のうちに食っとかねーと」
「人の金で好き放題やってんじゃねーぞ!?」
「お前こそ人の時間奪っといてなんだその態度?飯ぐらい奢れよ、ちっせー男だな。だから零くんに愛想つかされんだ」
「つかされてねえ」
「見てみろよあの二人、絵になりすぎだろ。黙ってりゃいい男だなチクショー。もー付き合ってるよ、完全に付き合ってる。はいはい終了〜〜〜。コレ食ったら帰っていい?」
「ふざけんな、まだなんにもわかってねえだろうが、クソ……お前が余計なことしなけりゃ俺だってこんなこと……」
「だーかーら、何の話だっての。俺ァ沖田君にチケ」
「いねえ!」
「は?うお、いつの間に……!?食うの早くね!?」
「お前が遅ェんだよ!!」
「待って待って、これ食ったらいくわ。お前先に追いかけろよ」
「逃げる気だろうが!!立て!」
「行くって!行くから!」
「逃げんじゃねーぞ!!」
「うるせーーー!!とっとと行けって!!」


いつの間にか居なくなっていた総悟たちを追うため、土方は一人で走り出した。
慌てて飛び出していった土方を見ながら銀時は黙々と食事を取り、ふ、と、窓へ視線を振る。


「ブホッ!!」


総悟が大きな窓ガラスにへばりつきながら、にやにやと銀時を見つめている。
まるでホラー映画のワンシーンのような光景に思わず食べていた物を口からふきだし、無駄だと分かりつつも机に置かれていた園内マップで咄嗟顔を隠した。


「どうした、総悟?」
「んあ?あー、なんか忘れ物した気がしてなァ」
「戻るか?」
「いや、大丈夫だった」
「そっか。さてとー!腹ごしらえも済んだし、どこに行く?」
「じゃあ……、



お化け屋敷」





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