[携帯モード] [URL送信]
腹黒王子と師走の喧騒



年の瀬、師走。

真選組屯所の食堂は、昼時だというのにとても空いていた。
というのも、本日から少し早めの冬期休暇が始まっているからだ。
故郷に帰る予定がない独身の隊士から順番に休暇を取得していき、世帯を持つ隊士や帰省をする隊士は正月をまたいで休暇を過ごす。
もちろん幹部も例外ではなく休暇を取得するのだが、未だに休暇申請書を提出していない隊士が一人いた。

食堂の端で黙々と食事をとる北村零副長補佐、彼だ。

たった今食事を取りに来た総悟がその姿を見つけ、食事を持って向かいの席に座った。


「よォ」
「おー、おつかれ。朝から不逞浪士の取り締まりなんて災難だったな」
「大したことねえ。今日はもう上がりでィ。飯食ったら昼寝でもすらァ……いただきまーす」
「へー。俺はまだまだ……ごちそうさまでしたー」
「おいおい、まだいいだろィ。俺が飯食ってるとこ見ていけや」
「あ?なんでそんなもん見ないとダメなんだ。それに、まだ山ほど仕事があるんだよ」
「仕事だァ?お前、休暇はいつからだ」


盆を持って椅子から立ち上がった零がぽかんとマヌケに口をあけた。
しばらくそのまま固まった後、“知らない”などと呟いたことに総悟は呆れる。
座れ、と促すように椅子を指差すと、零は素直にそれに応じた。


「俺は明日から三連休。その次に土方さんが三連休。んで、最後に近藤さんが三連休。で、零。おめーの休暇は」
「えっと……正月……?」
「正月はみんな休むだろうが。おめーまさか、正月まで休みがねえのかィ」


ぽりぽりと頭を掻く姿から察すると、どうやら図星。
正月まであと二週間もあるというのに、それまで休みが無いとは一体どんな仕事を抱えているのか。
おかずを口に運びながらじっとりと自分を見つめてくる総悟に、零の背筋は思わずのびた。


「い、いや!あのな!?昼で切り上げるときもあるし!朝が遅い日だってあるからな!大丈夫大丈夫!」


それに予定も無いし、と笑う零を見ながら、総悟が口に詰め込んだおかずを飲み込む。


「土方さんと合わせりゃいいだろィ」
「……うーん」
「おいおい、考え込むことかィ。なァに遠慮してんだか」
「遠慮っつーか……あの人、本当は一人で休日を過ごしたい派だし……」
「今更何言ってんだか」
「うるさいなあ、俺だって色々考えてるんだよ。俺は別に冬期休暇はいらない。夏にたくさん休ませてもらったし、この話は終わり!休暇楽しめよ」


半ば吐き捨てるようにして立ち去っていく零の背中を見ることもなく、総悟は淡々と食事を進めた。

離れたり、近づいたり、“副長”と“副長補佐”は面倒な関係だなと思う。
真選組という組織に属していなければ、きっと二人はもっともっとそばにいただろう。
何のしがらみも、悲しみも感じることなく、痛いほどの孤独を二人で埋めあえていたはずだ。


(胸糞悪ィ)


同郷、同齢、幼馴染。
好敵手で、友で、兄でもあり弟。
総悟と零もまた、一緒に成長してきた大切な存在だ。
良いことも悪いことも二人で共有し、どちらかが膝をついたら手を差し延べてきた。

江戸に来てから、いや、それよりも前。
武州で過ごした最後の春から、零は土方に心酔し、そしてその存在に陶酔している。
“己の士道は土方十四郎の御心のままに”を体現するように鞘から刀を抜く姿が、総悟は嫌いだ。
だが、零はそうやって生きていなければふらっと消えてしまうとも思う。
真選組という檻と、土方という首輪。
そして故郷の景色と、美しい刀。
どす黒く濁る心の闇も、涙を溜めながら世界を見る瞳も、零が“今”を生きるために必要なもの。

土方は、そうやって生きる零からたまに目を背ける。

必死に追いつこうとする零から逃げるように。
隣に立った零から離れるように。

ああ、飯が不味くなる。
折角ゆっくり昼食をとれているのだから、ちゃんと味わいたい。
今朝はばたばたとしていて朝食も取れず、やっととれた食事でもあるのだから。

箸で焼き魚をほじくる総悟が、顔を上げて壁に掛けられているテレビへと視線をうつした。
若い男性リポーターが年末で賑わう町の様子をリポートしており、その中で好きな鍋のアンケートをとっている。


「トマト鍋とかハイカラですねー」


湯のみだけを持って前に座った山崎に、総悟が適当に相槌をうって再び視線をテレビへ戻した。


「正月の鍋といやァすき焼きに決まってんだろィ」
「すき焼きいいっすねーーー!そういや、毎年すき焼きしてたのに去年は無かったですよね」
「経費削減とかなんとかでな。どうせ今年も無ェだろうよ」
「は〜。ボーナスでちょっと奮発して美味いものでも食べましょうかねー。そういえば、沖田さんはボーナス何に使うんですか?」
「……あ?」
「フフフ……結構入ってたんじゃないんですか〜?いいなあー」


山崎に言われるまでそんなこと考えても無かったし、そもそもボーナスのことなんて忘れていた。
答えなんて思いつかない総悟はテレビに夢中になっているように装い、残りの飯をぺろりと平らげる。
そしてのんびりくつろいでいる山崎を横目に、慌しく食堂を出た。

自室に戻る途中の廊下で、零とばったり出会った。
先ほど食堂で会ったときは制服をきっちり着込んでいたが、今は上着を脱いで何故かバケツと長靴を持っている。


「ザリガニでもとりに行くのかィ」
「ドブ掃除だよ!!」
「おめー何でも請け負ってんじゃねェよ。ドブ掃除なんか他の奴らにやらせろ」
「うるせーー!!任せられるなら任せてるんだよ!なんでも適当にやりやがって……結局いつも任せた俺が責任問われてるんだよ!それなら自分でやったほうがいい!」
「おいおい、俺に当たるんじゃねぇやィ」
「当たってないし!邪魔!」
「なー零」
「なに!?」
「ボーナス、何に使うんでィ」


怒りを撒き散らしながら総悟の横を通りすぎた零が、怪訝な表情で振り向いた。


「……ボーナス……?」
「やっぱりおめーも忘れてたか」
「いや、さすがに覚えてるけど……って、おめー“も”って何だ!?忘れてたのか!?」
「おう!」
「おう!、じゃなくね!?信じらんねえ!そんなに無頓着だったか?銀行行って来いよ。あーー!鉄ーー!いいところに!暇なら手伝ってくれ!アレ!?土方さんもいるぅーーー!!土方さぁ〜〜ん!!」


廊下の端に鉄之助と土方の姿を見つけた零は弾むような足取りで去っていってしまった。
ふ、と土方と目が合った気のする総悟だったが、別に愛想をくれてやる必要もないかと思いすぐに視線をそらし部屋へと向かう。

てっきり零もボーナスのことなんて忘れているものだと思っていたが、そうではなかった。
零の言ったとおり自分が無頓着なのか。
私服に着替えながらぼんやりこれまでの出来事を振り返ってみるが、確かにいちいち給料日や金について考えたことは無い。
これといって大きな買い物をしたことがないし、欲しいものなんて財布にある金で買える範囲のもの。
その点、零は着る物にこだわりがあるらしく衣服によく金をかけている。
といっても決まった店で年に数回買う程度で、散財している気配も無く金の管理は出来ていると思う。

屯所で暮らしていると、衣食住には困らないし不自由が無い。
特に趣味もないし、金なんて持っていてもしょうがない。


(仕送り先ももうねェし……)


「はァ……」



今のため息は、零にさえも聞かれたくない。
羽織を着てマフラーを首に巻いた総悟が、ゆっくりと部屋を出た。

零に言われたとおり、銀行にでも行こう。


師走の街の賑わいは、なんとなく好きだ。

家族連れで賑わう繁華街、いつもは暗い路地裏も人の活気で明るく見える。
両親に手を引かれ歩く子供の姿、買い物袋をたくさん持った老夫婦、メモを見ながら買い物を楽しむ主婦。
こういう何気ない日常を守る仕事についてるんだぞ、と、いつか近藤に言われた。
確かにそうかもしれないが、そんな意識を持って職務にはついていない。
やれと言われたらやる。
やりたくないことはやらない。
総悟はそうやってのらりくらり、戦ってきた。


からん、からん、からん。


鐘の音が三回聞こえた。
商店街の入り口に白いテントが張られ、人が列を成している。
福引大会をやっているようで、先ほどの鐘の音は上位賞が出たことを現しているようだ。
人だかりで何が景品なのかわからないが、大変な盛り上がりを見せており楽しそうだなと少し興味がわく。


(これか……)


電柱に貼られたポスターを見ると、商店街で買い物をすると福引券を貰えると書いてある。
千円で一枚貰え、金賞は最新の大型テレビ。
他にも遊園地のペアチケットや、商店街で使える金券、掃除機、洗剤など、様々な景品が書かれていた。
そういえば、食堂のテレビがもう寿命を迎えそうだ。
ここらで一発運を使ってテレビでも当てようものなら、しばらくは屯所でふんぞり返って生活できる。

千円くらいならなにかおやつでも買って帰るかと、まずは零に言われたとおり銀行へと向かう。


「ゲッ」


銀行に到着したはいいが、店外にまで受付の列がのびている。
ATMの列も凄まじく、これに並んだとして自分の番が来るのは一体いつになるのだろう。
こんな列に並んでまで、通帳に数字を刻みたくは無い。

人を掻き分けておそるおそる店内に入り、先頭の様子を窺ってみる。
窓口の方はやはりなかなか進みそうに無く、ATMの方は牛歩だが列は進んでいた。
覚悟を決めるべきか。


「総悟!?総悟じゃないかー!」
「へへ、やっぱ近藤さんだった。何してんですかィ」


先頭付近に見覚えのある後姿があるなと思えば、正解だった。
たまたま振り向いた近藤と総悟の目がぱっちりと合い、総悟は笑顔で駆け寄る。


「いや〜金を下ろしに来たんだが、こんなに混んでると思わなくてなー。並んだら抜けるタイミングを逃しちまってこのザマよ」
「何分くらい並んでやすかィ」
「十分……うーん、十五分くらいかな?」


近藤の前にいるのは二人。
五分もしないうちに順番が来るだろう。
それを知った後でこれから十五分以上も並ぶのはうんざりだ。


「あのぉ近藤さん。これ、俺の通帳なんですけど」
「ん?」
「通帳記入してくれやせんかィ」
「おう、いいぞ。預かろう」
「やった。ありがとうございやす」
「いいっていいって!お前は外で待ってなさい」
「はーい」


持つべきものはゴリラの上司。

言われたとおり先に店外へ出て、少しマフラーを緩めた。
首もとに冷たい空気が当たって気持ちがいい。
あまりにも多い人のせいで、店内はとても暑かった。

さて。
半年以上更新の無い通帳に、どれだけの数字が刻まれるのだろうか。
そりゃ無いよりは有る方がいいので期待をしてしまうが、ちまちま使ってはいるので大したことはないのだろうか。
ちらちらと店内を窺いつつ、近藤が来るのを待つ。
すると、予想通り五分もかからず近藤はやって来た。


「お待たせ!」
「ん、待ってやせんぜィ。すいやせん、頼んじまって」
「いいってことよ!ほら、返すぞ」


礼を言いながら通帳を受け取った総悟が、すぐにページを開く。


「え」
「ん?」
「近藤さん、これ……俺の通帳ですかィ?」
「ははは!何を言ってるんだ!」


通帳に数字を刻まなくなったのは“仕送り先”が無くなってから。
それから明らかに金は減っておらず、増え続けてる一方だった。
あまりにも顕著で、力が抜ける。


「総悟?どうかしたか」
「……思ったより俺ァやりくり上手だったみてェで……ちょいとびっくりしたっつーか……」


今の総悟の表情で、恐らく近藤は察しただろう。
それ以上問いかけをすることもなく、総悟の頭を撫で優しく微笑む。


「大事に使いなさい!俺が言えるのはそれだけだ!今月もご苦労さん!」
「はは。近藤さんこそ大事に使ってくだせェよ。まーた姉御の店に行く気でしょ」
「お妙さんの為に大事に使ってるぞ!今日もこれからバーゲンダッシュを買って店に行くんだ!」
「ダメだこりゃ」
「え!!?ハッ!いかんいかん!そういうことだから、俺はこれから買い出しだ!暗くなる前に帰るんだぞー!」
「へーい」


わざとらしい子供扱いは、近藤だから許せる。
ひらひらと手を振って近藤を見送り、自分はどうしたもんかと辺りを見回す。


(ドブ掃除の褒美でも買って帰ってやるか)


零が市中見廻りの際、必ず通うという甘味屋の“魂平糖”はここから近い。
昔ながらの素朴な串団子は甘さが控えめで、何本でも食べられるんだとか。
千円分買えば福引もできるし、魂平糖の串団子なら総悟も好きなので丁度いい。


「タイムセールでーーす!!今がお買い得ですよー!」


大通りを歩く人の流れが、突然ある店に向かっていく。
わっと盛り上がる群集につられてそちらに歩いていくと、盛り上がりの正体は肉屋のタイムセール。
高級ブランド肉の量り売りが今だけ二割引きらしい。
元々の値段が高いので割引されたところでそう大して安くはなっていないはずなのだが、年末ということもあってか市民の財布の紐は緩んでいる。
またたく間に売れていく肉を見ながら、総悟は閃いた。

すき焼きが食べたい。


「お客さん、お決まりですか?」
「俺?」
「はい!」


いつの間にか最前列にいた総悟が、ガラスケースに山盛りになった肉を吟味する。

どうせ食べるなら滅多に食べられない霜降り肉がいい。
脂が適度にのっていて、赤身の部分が鮮やかな、柔らかそうな肉。


「配達ってできやすかィ。真選組屯所までなんだが」
「あぁ、はい!大丈夫ですよ!今日中に持っていけます!」
「んじゃあ、このすき焼き用の霜降りと、ステーキ肉」
「はい!そちらを何グラムで?」
「三十万円分、適当に包んでくだせェ」
「さ、さん……!?ありがとうございます!すぐにご用意致します!!」


ざわざわとどよめく人の輪の中心で、総悟は満足げに微笑んでいた。

衝動買いなんてするタチではないが、たまにはいいだろう。
それに、自分一人の為の買い物でもない。
近藤にはたくさん食べてもらおう。
すき焼きを食べたいとボヤいた山崎や、休み無しで働く零、他の隊士も、これだけ買えば腹いっぱいに食べられるはずだ。


(土方さんにはやらね〜〜)


配達を頼んだので手ぶらで店を出ようとする総悟に、店主の男が慌てて駆け寄り肩を叩く。


「お客さん!これ!福引券!三百枚!」
「すげェや」
「あはは。それだけありゃ景品全部持っていけるでしょうな!商店街の入り口でやってますから、帰りにでもどうぞ!」
「あー、どーも」


なんだか当初の目的からどんどん外れてきているが、三百枚もの束を無駄にするのは勿体無い。
ゆっくりと来た道を戻ってテントの様子を見れば、先ほどと比べ人が減っている。
誰も並んでいないどころか係りの者が見えず、机の上に置かれていた鐘を二、三度鳴らしてみた。


「誰だ勝手に鳴らしてやがる奴はーー!?何時だと思ってやがる!三時のおやつの時間だボケ!ちょっと待ってろ……え、総一郎くん?」
「おう旦那ァ。アンタどこにでもいやすねィ、総悟ですけど」


景品が入ってるであろうダンボールの山の奥から、ひょっこり出てきたのは銀時。
“大入り”と書かれた派手な法被を着ており、おそらく仕事中だというのがわかった。


「ここは神聖な福引所だ。福引券持ってない奴は来るんじゃねえよ立ち去れ」
「持ってやすぜィ」
「ほう、何枚だ」
「三百枚」


どん、と机の上に置かれた紙の束。
銀時はその紙の束と総悟の顔を交互に見て、明らかに驚いている様子だ。


「これ千円で一枚だぞ。お前、三十万円分も何を……まさかカツアゲでもして手に入れたんじゃねえだろうな!?」
「ちょいと旦那、酷すぎやせんか。俺ァこれでも警察だ。カツアゲなんて土方さんにしかしやせんぜィ」
「裏面に商店街の判もある……偽造でもなさそうだな」
「俺ってそんなに日頃の行いが悪いですかィ」
「三百回かーめんどくせーなァ。玉の掴み取りとかにする?」
「えー。あの回すやつがいいでさァ。回させてくだせェよ」
「三百回も〜?」
「三百回も」
「はいはい、もー。ちょっと待ってな。玉入れるからよ」
「これ、いつまでやってるんですかィ」
「あー?大晦日までだってよ。早ェよな、もうそんな時期だなんて。よし、補充完了〜。じゃんじゃん回せや」
「あざ〜っす」


がらごろ、がらごろ、飽きもせずひたすら抽選器を回し続け、出てくる玉を眺める。
白、白、白、赤、白、白、白、圧倒的に白色のポケットティッシュが多いが、商店街の福引なんてそんなものだ。


「旦那ァ〜コレちゃんと金賞入ってるんですかィ」
「いちゃもんつけんじゃねぇよ。入ってるわ」
「もう百個は白が出てますぜィ」
「百だ〜?まだたったの百じゃねえか。自分を信じろ」
「入ってなきゃ意味がねェんですけど」
「だから入ってるって言ってんだろうが!あ!!」
「お、金玉でた」


銀時が軽快な動作で鐘を鳴らすと、まばらにいた通行人がなんだなんだと総悟の近くに群がってきた。
券の残りは丁度二百枚。
見物客の視線を浴びながら、総悟は再び抽選器を回し始めた。


総悟が屯所を出てもうすぐ二時間。
屯所のドブ掃除を終えた零が、門の前でゴミ袋を集めていた。
鉄之助の力も借りて行った掃除は予定よりも早く終わり、これで零の本日の業務は終了だ。
他にも雑用がまだ溜まっているが、明日にまわしても問題は無い。
どうしてこんなに細々と雑用をこなさなければいけないのかわからないが、他に誰もやらないし、手も空いていないのだからしょうがない。

副長補佐という役職はとても不安定で、これといって決まった仕事があるわけではない。
土方副長の務めが滞りなく進むように手助けするのが一番の仕事だが、その力を一番に発揮するのは戦闘の時だ。
こうして何も無い日常だと、主に小姓の鉄之助がサポートをするし、事件が無い日が続くと書類を纏める仕事もない。
なので、そういった時はこのような溜まった雑用を零が一気に手をつけてまわる。
蛍光灯の取り替えや破れた障子の張り替え、草むしり、掃き掃除。
業者かよと思わず言いたくなるが、やればやった分だけ感謝はされるので本当に嫌な気分にはなっていない。
なんだかんだ文句を言いながらも身体が先に動くのだから、そういうタチなんだろうなあという諦めもある。


「こんにちは!沖田様からのご依頼で配達にまいりました!」


え、と顔を上げた零の目の前には商店街でよく見かける夫婦が二人。
荷車にたくさんの木箱をのせ、その荷物は総悟から依頼を受けたものだと言っている。


「配達……?今本人は留守で、俺でよければ受け取りますが」
「ええ!なまものですので受け取って頂いた方が助かります!」
「なまもの……?」
「はい!三十万円分の肉をお買い上げくださいまして!」
「……はい?」
「肉です肉!」
「に、肉を、さんじゅうまん……?」
「はい!三十万円分!」
「三十万円分ーーーーーッ!!?」
「ただいま」
「総悟オオオォオー!?なんつー良いタイミング!!ちょっとコッチに来い!!」
「ぐえっ、引っ張るんじゃねェ」
「おまっ……!!詐欺に合ったのか!?あの夫婦、肉を三十万円分買ったって言ってるんだけど!?」
「確かに買ったぜィ」
「買ったの!?なんで三十万円分も……」
「さあ。なんとなく“三十万”じゃねェとダメな気がして、カード切った」
「なんとなくで三十万円も払う奴がいるかよ!?居たわ!ここに居たわ!」
「あ、あのぉ、受け取りを……」
「あ、はい!!すみません!この門を入って、右手に進んで貰ったら食堂があります!裏口からなら靴を履いたままで大丈夫ですので、そちらまで荷車を入れちゃってください!今なら他の隊士もいますので、対応はそちらの隊士に……」
「ありがとうございます!それでは中まで失礼させていただきます!」


荷車をよいしょ、と、引いていく夫婦が背中が小さくなる前に、零が横に立つ総悟をじっとりと睨む。


「睨むなや」
「……なんか悩み事か?俺に黙ってるなんてひでぇ」
「は?何の話でィ」
「総ちゃん今までそんな大金使ったことないだろ!?どうした!?ストレスか!?言えよ!何があったんだよ!?夜逃げでもすんのか!?」
「うるせェ。すき焼きが食べたくなっただけでィ。みんなで食えばうめーだろィ」
「え」
「零ちゃんのちっせー畑で育ててる白菜とネギも入れてくれや。俺ァあのショボいネギ好きだぜィ」
「そ、総ちゃん……やめろ……好きになるだろ……」
「なればいいだろうが。土方さんより幸せにしてやるぜィ」
「おーーーいお二人さーん。こいつどこに運ぶよーー」


総悟と零が同時に振り向くと、大きな台車を押す銀時が居た。
次から次に何なんだと眉間にしわをよせる零に代わり、総悟が銀時のそばまで歩み寄る。


「ありがとうございやす、旦那ァ」
「いいってことよ。半分以上景品分けてもらったしな」
「銀さん、それはなに?」
「んー?総二郎くんが福引で当てた景品。三百回も回したんだぜ?ありえなくね?」
「総悟です。いいかげんしばきやすぜィ」
「あー!!テレビじゃん!!」
「おう、食堂に「総ちゃんお前ってやつぁああ〜〜〜!!!」」


がば、と抱きついてきてぴょんぴょん跳ねる零を、総悟は倒れてたまるかと必死に踏ん張りながら抱え込む。


「優しすぎ……」
「優しいぜィ俺は」


最後にぎゅうと抱きしめて身体を離した零が、食堂を片付けてくると言って走っていった。
銀時はとりあえずついていけばいいのかと、ゆっくり台車を押して門をくぐる。
総悟も様子を見に行こうと銀時の後ろを歩いていると、銀時は立ち止まって振り向いた。


「んーっと……どこに入れたっけ……」
「なんですかィ」
「あったあった。これ、やるわ」
「え?」
「ゆーえんちのペアチケット。俺の取り分の中に入ってたんだが、ペアチケじゃウチだとケンカになるしな。ガキだけで行かせるわけにもいかねーし」
「……」
「零くんそーいうとこ好きそー」
「……妙な気をまわされてる気がするんですが、気のせいですかねィ」
「さあて、なんのことだか」


零くん待ってー、と言いながら小走りで台車を押していく銀時。



総悟の手の中には、二枚の紙。
マフラーに埋めた口元が緩んでいることは、本人しか知らない。





[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!