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土方と補佐が潜入捜査をする話【前編】/女装


風が通るように障子を開けて仕事をしていると、微かに煙草のにおいが近づいてくることに気がついた。
喫煙所以外で喫煙する隊士といえば、この屯所内に一人しかいない。
その人物の顔を思い浮かべると自然と顔が綻び、書類に筆を走らせていた手がぴたりと止まった。
部屋に細い影が入ってくると同時に零が顔を上げると、案の定そこには煙草をくわえた土方が居てなんとも嬉しい気持ちになる。
我ながら気持ち悪い反応を示していると思うが無意識なのだから仕方がない。

仕事中か、と声をかけてきた土方が、半端に開いていた障子を大きく開いた。
するとさっきよりも風通しがよくなり、危うく吹き飛びそうになる書類を慌てて纏め、端を整えるようにトントンと机を叩くと、その様子を見ていた土方がクスクスと笑いながら悪い、と言う。


「いえ、どうしましたか?」


そろそろ陽が沈む頃だということは、巡回の時間なのだろうか。
確か今日は自分と土方の当番だったな、とぼんやり思い出していると、土方はゆっくりと零の隣に腰をおろし、眉間に皺を寄せながら零を睨んだ。


「お前に今すぐ動いてもらいてェ仕事がある。時間がない、あと一時間で準備してくれないか」
「一時間?」
「あの珍宝屋が動いた」


え、と小さく声を発した零の手から書類がぱらぱらと落ち、その様子を見た土方が驚くのも無理はないかと頭をかく。
目を大きく開けて口をぱくぱくと動かす零を落ち着かせようと頭をくしゃくしゃに撫でてやると、零はじっと土方の両目を見つめた。


「ち……ちんぽ……?」
「……ちんぽうや、だ」
「あのちんぽ坊やが動いたんですか……!?」
「ちんぽうやだっつってんだろ馬鹿」
「あッ……あのおちんぽ坊やがついに……」
「もうそれでいい。おちんぽ坊やを叩く日がようやく来たんだ」
「“珍宝屋”共ォ……!!この北村が成敗してくれるわ」
「テメェ、俺とケンカがしたいのか」


あらゆる星から“骨董品”を持ち帰り、地球で売りさばくという“珍宝屋”。
表向きは骨董商だが実態は違う。

最近捕縛する攘夷浪士が所持している違法な武器の数々……どこで仕入れているのかと問いただせば、みな口を揃えて珍宝屋の名を口にした。
どうやら仕切っているのは高杉を支持し国家転覆を狙う攘夷派らしく、ここ数ヶ月真選組は慎重に捜査を進めていたのだ。
その捜査を行っていたのは監察の山崎なのだが、数週間もの間あんぱんと牛乳しか口にしていないと零に電話で漏らしており、珍宝屋の動きよりも山崎の健康状態の方が気になってしょうがなかった。
そんな山崎から一報が入ったということは、珍宝屋の検挙はもちろん、ようやく彼があんぱん地獄から脱出できるということも意味している。
焼肉でも食わせてやろうと考えたのだが、思うだけで実際食わせてやることはないな、なんてどうでもいいことを考えている零がぼーっとしているのに気づいた土方が、さっさと片付けろと散らばった書類を指差した。
はっ、と気がついた零が素早く書類を纏め、引き出しに入れる。


「では土方さん、早速“準備”を始めます。各隊の配置ですが、以前の「零」」
「はい?」
「討ち入りは陽がどっぷり沈んだ頃だ。しかし、お前と俺は今から動く。その為の“準備”を今から始める」
「どういう意味ですか?」
「……零、お前は俺の最高の右腕だ。今までどんな死線をも共に潜り抜けてきたな……いつだって俺の傍にゃお前がいた」
「は、はぁ?」
「俺はお前無しでは……いや、真選組にはお前が必要だ。お前の働きぶりにはみんな感謝している……真選組に尽力するお前にできないことはない、俺はそう思ってる」
「なんですか急に、普通に嬉しいだけなんですけど……もしかして土方さん、いよいよ俺の愛に応えてくれ「土方さァ〜〜〜ん。姉御連れてきやしたぜ〜〜〜ィ」」


零の言葉を遮りながら、どかどかと遠慮もなしに部屋に入ってきた総悟が引き連れていたのは志村妙だった。
近藤にストーカー行為をされ、真選組自体を快く思っていない彼女が一体何故屯所にいるのかもわからないし、まるで土方が連れてくるように頼んだかのような総悟の口ぶりも意味がわからない。
一人置いてけぼりの状況に、零が怪訝な表情をしているとお妙はにこにこと微笑みながら零の前に腰を下ろした。


「こんにちは。零くんお久しぶりねぇ」


お久しぶりです、ってそうじゃなくて!とノリツッコミをしてしまうぐらいにはまだ余裕はあるが、説明がほしい。
先ほどの意味深な土方の発言や、妙ににやついている総悟、そして荷物を抱えてやってきたお妙。
この不思議な状況に薄々嫌な予感がしつつ、零はじっとりとした瞳で土方の表情を窺う。


「今回突入するのは“すまいる”だ。お前はキャバ嬢、俺はボーイとして潜入し頭を叩く」


ああ、やっぱりな!そうだと思った!嫌な予感ほどよく当たる自分が憎らしい。


「むむむむ無理ですよ!!大体、そういう潜入は山崎の仕事じゃないですか……!」
「あいつは駄目だ、あんぱんの食いすぎでもうまともな体力も判断力も残っていない。アイツはあんぱんを食ってるようで実はあんぱんに食われてたんだ……とにかく、今この任務を遂行できるのは若くて力もあるお前しかいない。頼む、零」


自他共に認めるほど、零は土方十四郎という男に弱い。
それは育ってきた環境も影響しているが、純粋に上司として、或いは兄、そして友として土方に好意を寄せているからだ。
そんな彼にお前にしかできない、お前に頼みたいなんて言われて首を横に振るなんて、とてもじゃないができない。
かといってはい、やりますと二つ返事で頷けるわけもなく、雨に濡れた捨て犬のようななんともいえない表情で土方を見つめてみるが、想いは届かず……「お妙、頼んだぞ」とだけ言って、土方は立ち上がってしまった。


「ええ、任せてください。さ、お二人とも零くんを残して早く出て行ってくださいな」


このままじゃまずいと慌てた零が土方を呼ぶが、彼は振り向かなかった。
その代わりに総悟が振り向いたのだが、にやついてブサイクに歪んだ顔を見て心底殴りたいと思ったし、女装ならお前の方が似合うだろ!と言ってやろうと思ったところで、お妙によって障子がぴしゃりと閉められた。

絶望だ。

この空間には希望の欠片もない。
青ざめる零に構わず、お妙は部屋の中心で持ってきた風呂敷を広げ、恐る恐る振り返った零に満面の笑みを見せた。


「うふふ。大丈夫よ零くん!私がとびっきりかわいくしてあげるわ」
「い、いや、俺……」
「さあ脱いで!着物も帯も店で一番豪華な物を借りてきたんだからっ!」
「お、お妙さん!!無理です!!ごめんなさい!!」
「やだわぁ零くん。市民の生活や安全を護るのが真選組の仕事じゃなくって?犯罪組織を捕まえられるっていうのに、女装ぐらいでつべこべ言うんじゃありません」
「そうかもしれないけど俺には無理だって!こういうのは適材適所ってのがあって、基本は監察の「うふ。男の子がいつまでもウジウジ言うんじゃありません」」

お妙の拳が頬をかすめ、背後の壁にめり込んだ。
視界の端でハラハラと落ちていく壁の残骸がまるでスローモーションに見え、お妙の微笑みはまるで般若のようだし、一瞬死すら感じた。
決して逆らうことのない圧力を全身に感じ、もう逃げられないんだと諦めた身体から力が抜け、涙目になりながら彼女に身を委ねることに決める。
真選組の為、己の身の為に覚悟をきめなければ。

この愚痴は山崎にぶつけよう。



*



丁度1時間が経とうとしている頃の大広間では、今夜の討ち入りに関しての会議が行われていた。
簡単に説明された北村零がキャバ嬢として潜入するという発表に隊士達はどよめきたち、その姿見たさに次々に立ち上がる隊士達を「黙れ」と近藤が一喝する。


「ふむ。女っ気がないと女装男子にも反応するようになるんだな……どうだトシ、女隊士をいれるのは」
「馬鹿言ってんじゃねーよ近藤サン。いいかお前ら!今夜はくれぐれも慎重に動いてくれ、確実に叩くぞ。突入は近藤さんの指示に従ってくれ」
「土方サーン、あんなオカマで大丈夫なんですかィ」
「大丈夫……かはわからねぇが、キャバ嬢共の安全ぐらいは護れるだろう。ていうかアイツはいつまでも何やってんだ……」


廊下に座り込んでいる影がずっと障子に映っていてじれったい。
大方拗ねているんだろうが、これも仕事のうちなのだから割り切ってほしいものだ。
それに、恥ずかしい姿をしているのは零だけではない。
同じく潜入する土方もいつもと雰囲気を変え、下ろしっぱなしの前髪を横に流し、伊達眼鏡、黒のスーツでパッと見て土方十四郎とはわからない姿になっている。
この姿について散々他の隊士にいじられた後なので、もう恥ずかしさだとか違和感などは感じないが、これから散々いじられるであろう零はそれも嫌で部屋に入ってこないのだろう。
逃げられては困るので、数センチだけ障子をあけ零の姿を確認してみると、やはり顔を伏せて座り込んでいた。


「さっさと入れ」
「……嫌ですよ……もう俺お婿にいけない……土方さんに責任とってもらわないと生きていけない……」
「わかったわかった、責任ぐらいとるからさっさと入ってくれ、話が進まん」


もっと渋るのかと思ったが、思ったよりも早くカツラを結った飾りがシャランと動き、顔にかかる髪を指で払いながら、ゆっくりと零が顔を上げた。


「じゃあこの仕事が終わったら結婚しましょうね……」


そんないつもの冗談に対して愛想笑いしかできないほど、土方の頭の中は一瞬で真っ白になった。
想像以上に仕上がっている女装姿に、不覚にも脈が速くなってしまった自分が信じられなかったし、よくもまあこんな短時間でお妙がやってくれたもんだと感動さえおぼえる。
なにか言わなければと土方は障子を開け、目を丸くしてこちらを見ている隊士たちに感想を求める。
暫く間があったがみんな口々に零の姿を褒め、そして笑った。


「北村さんってやっぱ女だったんだな!!!
「どうりで風呂の時間一緒にならないわけだ!」
「北村〜!!俺はイケるぞ〜!!」
「黙ってたらかわいいぞ〜〜!!」
「がんばれオカマーー!!」

「今喋ってる奴ら全員“いつかぶっ殺すリスト”に名前書いてやるからな!全員殺すからな!!」

「零ちゃん女らしくしなせェ。ソッコーでバレやすぜィ」
「最悪だ……ほんとに最悪……死んだほうがマシ……」
「零。ハッキリ言うがお前は腕が立つし、顔も整ってる。この任務、うまくやってくれると俺は信じてるし、俺もそばにいる。それでも不満か?」
「ひ……土方さん……」
「頼りにしてるぞ、副長補佐!とてもかわいいじゃないか!」
「近藤さんーーー!!」




「チョロイですねィ」
「折角やる気になったんだから余計なこと言うなよ」



*



すっかり陽が沈んでネオンが灯りだし、すまいるの開店時間から20分ほど経過した頃。
土方と零は裏口から控え室へと入った。
珍宝屋のグループは予約をとっており、その時間まではあと10分ほどある。
それまで店内の様子を窺いキャストとして紛れ込むのだが、おそらく緊張から零の身体が震えていて、隣にいた土方が肩を寄せて抱いてやった。
いつもしている行為も姿が違うとなんだか違和感があるし、妙な照れさえも感じる。
はたから見れば男女に見えるのだろうか。

それにしても先ほどから零が動く度に甘い香りがしてたまらない。
ふわりと揺れる髪が地毛なのかカツラなのかはわからないが、指で掬ってしまいたくなる。
こいつが女だったらこんな感じなんだろうか、とか、零の好意を利用してこれからたまに女装してもらおうか、なんて邪な気持ちがつい顔に出そうになり慌ててその思考を払うように首を振った。


「ッ……ハァ……零ッ、お前はこれから“椿”というキャバ嬢を演じてくれ。ま、演じるつっても適当にニコニコして酒ついでりゃいいだけだが」
「椿?」
「お妙がお前にくれた名だ。そして俺を呼ぶときはトシ、と呼べ」
「了解しました……」
「緊張してるか?」
「いつもと違う任務なので、ヘマをしないか心配です……」
「ゴリ……キャバ嬢たちには全員話しを通したし、むこうも上手くやってくれるだろう。それに、俺が全力で常にサポートするから大丈夫だ。お前は自分のことだけ考えてくれ」
「ゴリラって言いかけました?わかりました、やれるだけのことはやるのでフォローお願いしますよフォロ方さん」


そろそろ時間だ。
二人はそーっと扉を開け、煌びやかなフロアに立った。
客入りはまあまあといったところか。
中央付近にお妙を見つけ、既に客をとっているのが見える。
これより土方と零は彼女らと、そして客の命を護らなければいけない。
そして何があっても珍宝屋を捕まえなければ、真選組のメンツは丸つぶれだ。
二人の表情は引き締まったものになり、よし!と一歩踏み出したその瞬間。


「おぉ〜〜〜〜い!!俺の席に嬢がいねえぞーーー!!コッチは客なんだからもてなせコラアアァ!!」



耳を疑いたくなる声がフロアに響いた。
音楽が流れているし、客達の話し声もあるのでそれなりに賑やかな場所なのだが、その声は嫌でも土方と零の耳に届いたし、瞬時にその声の主が誰なのか理解できた。
土方の背中にはツーっと汗が流れ、零の手のひらにはじんわりと汗がにじむ。
別に言葉を交わすこともなく二人はゆっくりと顔を見合わせ、お互いどうしようといった感じで言葉がうまく出なかった。

そうやってもたついているうちに、先手はその声の主がとった。



「あり?新人か?オーイ、姉ちゃんちょっとコッチ来てよー」





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