[携帯モード] [URL送信]
土方+銀時/クリスマスイブの話



十二月の末ともなると、江戸の街は朝も夜も関係なく、どこもかしこも人で溢れかえっている。

街が賑わえば賑わうほど真選組屯所には普段では考えられないような通報が届き、幹部も総出で現場に出動し続ける毎日が続く。

今日は急な停電による信号機の故障で、真選組は朝からずっと交通整備にあたっていた。
トラブルが解消されたのは午後六時頃で、約十時間も寒空の下で延々と車や歩行者を誘導していた土方が、ため息と共に煙を吐き出す。
日が暮れると灯り出した街路樹のイルミネーション。
赤い服を着たピザの配達員。
べたべたとくっつきながら歩くカップル。
ブル、と震えた携帯電話を取り出してディスプレイを見ると、未読メールが一件。
そして、十二月二十四日という日付。
意識していなかったので気づかなかったが、今日はクリスマスイブだったらしい。


(どうりで人が多いわけだ……)


ほぼ一日立ちっぱなしで声を張り上げていたので、腹が減ってしょうがない。
昼に食べたかけうどんなんてとっくの昔に消化されていて、今はニコチンがパワーの源だ。
しかし、そのニコチンをとれる煙草も箱にはあと一本しか残っておらず、今吸っている分もあと二口ほどでただの吸殻へと変わる。
片手に煙草を持ち、逆の手で携帯電話を弄る土方がメールをひらいた。


“腹減った!煙草屋の前で待ってる(^-^)/”


差出人は零。
“土方副長”宛ではなく、“十四郎”宛のメールに思わずにんまりと口の端があがる。
今月は別々で仕事をすることが多く、食事の時間もなかなか被ることが無かった。
久々の零からの誘い。
しかも、クリスマスイブ。
どうやら、サンタはいるらしい。
携帯電話をジャケットのポケットに入れ、そのままズボンのポケットから携帯灰皿を取り出した。
短くなった煙草を灰皿へ押し当てながら、土方は急ぎ足で零の元へと向かっていく。



*



「土方さん!」


土方の姿を見つけた零が、満開の笑顔で土方に駆け寄った。
そんな笑顔で迎えられ嬉しくないはずがなく、“飛び込んで来い”といわんばかりに土方は両腕を広げ、しがみついてきた零の身体をまるで大型犬をあやすように乱暴に撫でてやった。
土方にしがみついてめちゃくちゃに撫でられている零は、楽しそうに笑いながら土方から身体を離していく。


「はーー!さっむい!!!どっか入りましょ!!」
「おう!何か食いてえもんは?」
「土方さんは、お昼に何を食べたんですか?」
「うどん。零は?」
「俺は食べる時間が無かったんですよー!もう腹減って死にそう……」
「おいおい、マジか。んー、俺も腹減ってるしがっつり食いてえ……」
「じゃあ焼肉!!」
「いいな。いつものとこに行くか」
「賛成!!絶対ご飯大盛りにしよ」
「俺ァ、今日はビール」
「じゃあ俺もビール!」
「ダメに決まってんだろ」
「じゃあ一口だけ下さい」
「ダメだ。お前に酒は一滴も飲ませねえ」
「ケチ」
「あぁ?」


じゃれながら大通りを歩いているのだが、まだ三分も歩いていないというのにどこもかしこも人であふれかえっていて鬱陶しい。
ざっと見ただけでも飲食店は家族連れやカップルでごった返し、店外にまでのびた列のせいで道幅は狭くなっていて、普段の百倍は歩きづらい。
酔っ払いのグループには税金泥棒だの罵られ、空腹も相まって二人のこめかみには青筋が浮かんでいた。


「イライラするのはやめましょうね土方さん……今日クリスマスイブなんで……」
「わかってる……」


土方たちが目指す店は、待ち合わせた煙草屋から五分ほど歩いたかぶき町の手前にある。
飲食店街の丁度裏側にあって、あまり目立たない個人経営の焼肉屋。
一見ボロ家でお世辞にも綺麗とは言えない外観なのだが、出される料理はどれも家庭的な味で、肉の質もよく評判が良い。
普段なら並ぶことなく入店できるのだが、土方たちの目の前には信じがたい光景が広がっていた。


「うげ……!なんだこの列!?」
「ふざけんじゃねーぞ!?」


店の前に、二十人は並んでいる。
この店に通い出して日が経つが、こんな光景は一度も見たことが無い。


「クリスマス効果……?確かに飯は美味いけど、デートに使う場所じゃないですよね」
「どこもいっぱいなんだろう……。クソ、並ぶか?」
「いやいやいや!別の店にしましょ……あ!じゃあ鍋にしませんか?ちゃんこ鍋!寒いし!」
「お、おう……この先だったか?」
「そうですそうです!」


零が土方の手を引いて、早足で店を目指す。
数軒しか離れていないのですぐに店の前に着いたのだが、またしても人の山。
入り口には“本日の受付終了”と看板が立てられており、先ほどまでイライラしながらも表情のあった零の顔が無表情へと変わった。


「……零、クリスマスイブだ。怒るな」
「……土方さん……クリスマスって、どうやったら中止にできます?」


はあ、とため息をついた土方が、零の手を握る。


「よし、空いてる店を探すぞ。俺がなんでも奢る。おめーにウマイもん食わせなきゃ、俺の気がすまなくなった」
「え!?プロポーズ!?」
「どういう解釈だ。ほら、行くぞ」
「うぅっ、俺の彼氏優しいしかっこいい……」
「誰が彼氏だ」


今度は土方が零の手を引いて、入れる店がないか片っ端から探っていく。
この辺りは馴染みの店が多いので心当たりはたくさんあるのだが、居酒屋も、最近出来た洋食屋も、カレーが絶品の夜遅くまで営業してる喫茶店も、どこもかしこも人が列を為している。
屋台のおでん屋も見に行ったが、狭い長椅子は満員御礼。
店主もまじえて盛り上がってる様子だったので、席が空くのはうんと先だろう。

さて、困った。
平日であるにもかかわらず、クリスマスともなるとここまで人で溢れかえるものなのか。
去年や一昨年はどうだったか思い出してみるも、何も思い出すことはできない。
ということは、仕事に没頭していたか、屯所にいたか。
クリスマスだからといって特になにもしなかったのだろう。

屯所に戻って食堂で食事をとってもいいのだが、夕食は先着順で無くなり次第提供終了となっている。
街の様子がこうだと、他の隊士たちも同じことを考えて食堂に集まっているはずだ。


「土方さん〜おかず買って帰って食べましょ……。米くらい残ってると思いますし……」
「あ?そんな飯でいいのか」
「大事なのは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかでしょ?俺はひじ……十四郎となら「おい零!!あそこ見ろ!!」」
「俺今めっちゃいいこと言おうとしてたんですけど何ですか?」
「並んでねえぞ!」
「え?うわーー!ホントだ!!土方さん!!はやく!!ヤッターーー!!」
「やっと飯にありつける!」


二人が走って行った先にあるのは、回転寿司屋。
ちょうどピークを越えたタイミングなのか、店の前には列が無く、店内も他の店に比べてそれほど混んでいない様子だ。
先に入店した零が店員にすぐに座れるか訊ねると、案内までには十分ほどかかると言われ、番号札を渡された。


「やりましたね土方さん!お寿司も食べたかったから嬉しいです!しかも俺、回転寿司ってはじめてだから楽しみ」
「あれ、そうだったのか?てっきり総悟と来てんのかと」
「俺たち外であんま飯食わないんで。あいつも来たことないと思いますよ」
「へえ。まあ気に入ったらまた来りゃいい、総悟も興味あるだろ」
「なんやかんや言うわりに、土方さんって総悟にも優しいですよね。ケンカするほどなんとやらってかんじ」
「年下のガキ相手にムキになってどーすんだっての。厠行ってくる、もし呼ばれたら先に行っててくれ」
「はーい」


待合いスペースの椅子はいっぱいの為、隅の壁際まで移動してできるだけ誰の邪魔にもならないように身を縮めて待つ。
黒い制服はどうしても目立ってしまって、どこに立っていても視線が痛い。
上着を脱げば威圧感を抑えられるかもしれないと思い、少し寒いが上着を脱いで、手で持つことにした。
一度屯所に帰って着替えてまた出てきた方が店も空いていたかもしれないなあとふと思ったが、とにかく空腹だったし一度屯所に戻って土方を再び外に連れ出すのは申し訳ない。
もう過ぎたことだし、今更世間体を気にしたところで真選組の評価は変わらないだろうが。


「番号札十四番のお客様〜!」


ぼうっとしていた零が、手に持っていた札を確認する。
十四番だ。


「はい!」
「お待たせいたしました!テーブル席が空いたんですがいかがですか?」
「ええ、お願いします」
「すいまっせーーーん!!十一番ってもう呼ばれた!?今何番!?」
「十四番です……って銀さん!?」
「うぇっ!?零くん!?」


店員に席まで案内されるところだった零が、親切心で立ち止まって振り向いた先にいたのは銀時だった。
神楽や新八が見当たらないが、一人で来たのだろうか。


「申し訳ございませんお客様……次にお呼びしますので……」
「えー!あとどれくらい?」
「十分くらいかと……」
「銀さん、一人?」
「おう……」
「じゃあこっちに来れば?あの、相席でいいんで案内お願いします」
「零くん、神!!ありがてえ〜!もー腹ペコでさ〜!」
「ありがとうございます!それではこちらへどうぞ!」


零の申し出は店にとってもありがたいものだった。
店の奥のテーブル席まで案内された銀時と零は向かい合うように座る。
三つ置かれたおしぼりを見た銀時は一つ多いと笑っていたが、零はよく聞こえなかったのか愛想笑いで誤魔化し携帯電話を開いた。
“厠を出て右側 奥のテーブル席!”と、文字を素早く打って、土方へ送信。
顔を上げると、銀時が頬杖をついてなにやらニヤついている。


「女?」
「違う違う」
「ふーん。クリスマスイブだぞー?十八歳の健全な男たるもの、彼女の一人や二人いなくてどうすんの」
「……銀さんこそ一人じゃん。新八くんと神楽ちゃんは?」
「柳生んちでクリスマス会だってよ。昼から出かけるってんで、俺ァ一人で仕事してきた帰り」
「行かないのか?」
「行くぜ、飯食ったらな」


にか、と笑った銀時につられて零も微笑んでいると、銀時の肩越しに、歩いてくる土方の姿が見えた。
零の視線の動きを不思議に思った銀時は振り向いて、ソファの背に身を乗り出す。


「んだテメエエ!?アッチ行けや!!」
「なっ……!?オイ零!!なんでこいつがいる!?」
「かくかくしかじか……、かわいそうだったんで拾いました!」
「拾いました!、じゃねーんだよ!!なんでもかんでも拾うんじゃねえ!捨てて来い!」
「いやでももう銀さん皿取って食べてます」
「お前エエェェ!!なに食ってやがる!どけって言ってんだよ!」
「なにってハマチだろ」
「なにを食ってるかなんざ聞いてねえ!!あーもー最悪だ」


大きなため息をつきながら零の隣に座った土方が、向かい側にいる銀時を睨む。
だが銀時はそんなことはお構いなしといった態度で、次々に皿を取り食事を進めていた。
隣にいる零を見れば、嬉しそうに、そして何故か目を輝かせながら銀時の姿を見つめている。


「土方さん!これってどれでも取っていいんですか!?」
「え!?あ、あぁ!どれでもいいぞ、食いたいもん取れ」
「零くん回転寿司はじめて?」
「お前は喋るんじゃねえよ、会話に入ってくんな」
「あん?俺は零くんに話しかけてんだよ、お前こそ俺に喋りかけるな」
「チッ……。零、お茶をくれ」
「お茶?流れてくるんですか?」
「そこに湯のみがあるだろ?湯飲みに茶葉を入れて、蛇口から湯を注ぐんだ」
「すげええええーーー!!俺これで手洗うのかなって思ってました!!お湯が出るのか!」
「大火傷するわ」


何もかもはじめての体験で、わくわくしながら湯飲みにお湯を注ぐ零。
銀時の分まで入れなくてもいいのにと思う土方だったが、零があまりにも楽しげな表情でいるものだから、口にはできなかった。
零のいれたお茶を一口飲んだ土方は、寿司が流れるレーンを見る為か零と密着し、わざとらしいくらい顔を近づけてアレがうまそうだとか、オススメはコレだとか、銀時がさっさと席を立つように煽っていく。
折角二人で食事が出来ると思っていたのに、よりにもよって銀時がこの場にいるなんて最悪の極みだ。
立て!立て!立て!さっさと食ってとっとと帰れ!そんな思いをこめながら、土方がそろりと銀時へ視線を流す。


「うっま!なにしてんだお前ら、早く食えよ。あ、たまご!たまごとって零くん!」
「はい、どーぞ!」
「俺の零をこきつかってんじゃねえぞコラ」
「寿司とってもらうくらいいいだろ別に」
「お前はレーン側に座ってんだから自分で取れるだろうが」
「うるせえ!つーか“俺の”零ってなに?ホモ?」
「誰がホモだ!!ぶっ飛ばされてぇようだな……」
「土方さん土方さん!!海老取ってもいいですか!?」
「おう、取れ取れ。俺の奢りだ、好きなだけ好きなもんを食え」
「マジ!?サンキュー!」
「誰がお前の分まで払うっつったよ!?」


銀時の前には既に皿が山積みになっているが、もちろん土方がそれに金を出す気はない。

一皿目を取った零が、いただきますと手を合わせて幸せそうに海老の寿司を頬ぼった。
美味しそうに食べるその様子を満足気に見守った土方が、“悪い”と言いながら腕を伸ばして皿を取る。
選んだのは鮪。
テーブルの中央に置かれた醤油をネタに少し垂らし、懐から取り出したマヨネーズを山盛り流しかけていると、銀時が心底不快といった表情で鼻をつまんでいた。


「ちょ……やめてくんない……?すっぱいにおいがこっちまで来てて最悪なんですけど……」
「フッ……嫌なら席をうつったらどうだ?」
「ぐぬぬ……」
「銀さん、たまご美味しかった?」
「んぁ?ああ、うん、ひとつ食うか?あーん」
「あーん」


自然な流れで箸を差し出した銀時と、それに食いつく零。
なんのためらいも無く行われた動作に慣れを感じ、土方はぽかんと口を開けて零の横顔を見つめていた。
たまに二人で甘味を食べに行ったり、零が万事屋へ遊びに行っているらしいが、だからといってあまりにも距離が近すぎるのではないだろうか。
なるべく銀時と関わらせたくないと思っている土方にとって、今の光景は箸をへし折るほど不快だった。


「げっ、土方さん何やってんですか。はい、お箸」
「おう……悪い……」
「何か取りますか?」
「イカ……」
「イカですねー……、イカ……来た来た!ナイスタイミング!はい、イカですよ〜」
「ありがとな……」
「なんか元気無い?」
「当たり前だろ、目の前に毛玉がいんだ。うまい飯もマズくならァ」
「はいはい俺のせいですみませんね〜!こっちだってせっかくのクリスマスイブにおめーのツラ見て飯食ってんだからおあいこだっての」
「クリスマスだからって別に予定なんかなかったくせによく言うぜ。たまたま零に会えたことに感謝しろってんだ」
「零くん“には”感謝してるぜ?なあなあ零くん!ここのパフェすげーうめぇからあとで食べてくれ」
「デザートもあるのか!?」
「あるある!零くんだったら餡子が乗ってる和風パフェがいいかもな。俺は限定の苺パフェにするけど」
「苺のパフェ!?半分ずつ食べるのはどう!?俺どっちも食べたい」
「おー!いいな!」
「……ッ!零!!お前ラーメン好きだよな!?ラーメンも食えるぞ!」
「ラーメンですか!?寿司屋で!?」
「ああ。新メニューなんだ。この前食ったがうめえぞ、頼んだらどうだ?」
「はい!土方さんも食べますか?」
「じゃあ一口もらえるか?」
「もちろん!えーっと、これで頼むんですよね?おおー!すげー、茶碗蒸しとかもある!」
「ははは」


レーンに流れている品物以外は、備え付けられている小さなタッチパネルで注文をする。
あまりカラクリが得意ではないという零だが興味はあるらしく、目をきらきらと輝かせながら操作をしていて、土方の口元は思わず緩む。

あからさまに対抗意識を燃やされていると察知した銀時が、口いっぱいに寿司をほお張りながら土方を睨みつけていて、それに気づいた土方は先ほどの鮪と同じように、イカにマヨネーズかけながら不敵に笑って見せた。


「どうした坂田クン。マヨネーズが欲しいのか?」
「いらねえっつーの。土方クンこそどうしたよ?さっきから瞳孔がひらいてんぜ」


火花を散らしながら向き合う土方と銀時にとって穏やかではない食卓だが、零からすればどうでもいい。
二人が顔を合わせてケンカをするのはいつものことだし、いちいちつっこむことは正直に言って面倒なのだ。
銀時を誘って土方が嫌がるのも、後から土方が来て銀時が嫌がることも全てわかっていたが、賑やかに食事をとりたかったというのが零の思いだった。
案の定ケンカをふっかけあって落ち着きは無いが、黙々と食事をとっていたりもするのでその緩急の差が零にとってはたまらなく面白い。


「土方さん!適当に色々取ってみたんで、食べてください!」
「ん」
「ぐああーワサビつけすぎたあ〜!」
「銀さん!俺のお茶冷めてるから飲んで!」
「おう……!ありがとな〜!」


保護者かよ、と、自身にツッコミをいれたくなる零だったが、二人とも口になにかを入れている間は言い争うことが無い。
何だかんだで空腹なのは同じなので、土方も銀時も、机に 並べられた寿司を次々に口へ運んでいる。


「あれ?土方さん、さっきからイカと鮪とエンガワしか食べてないですね」
「寿司っつったらイカ、鮪、エンガワだろうが」
「はい?」
「この三つおさえときゃ俺ァ満足なんだ。あとマヨネーズ」
「へえ……鯛とかおいしいのに。軍艦もほら、いくらおいしそ〜。取ります?」
「俺のことはいいから自分の分だけ取って食え。おい、おめーのラーメンきたぞ」
「うわあああすげええラーメンが流れてくるううううーー!」
「零くん!慌てずしっかりキャッチしろよ。まあ失敗しても下流の俺が受け止めてやるから安心しろ!」
「銀さん……ッ!!後ろは任せた……ッ!」
「ラーメン取るだけで大げさなんだよ」
「オイオイオイ、なめちゃいけねーよ。意外と速いからな?モタモタしてっとタイミング逃すわ丼は熱いわで大惨事だから」
「ぎぎぎぎ、銀さん!!!これ下の皿は取るのか!?丼の下にある受け皿みたいなやつ!!」
「は!?」
「ほらほらほら!!赤色の!!なんか文字書いて……“赤色のお客様の注文品です”って書いてるやつ!!赤色ってなに!?」
「各テーブル色分けされてんだよ!!俺らの卓は赤!丼だけ取れ!」
「丼だけ!!?あっつい!!熱ッ!!あーーーー!!!銀さんそっちいった!!俺のラーメンそっちいったアアアァーーー!!」
「任せろ零くん!!お前のラーメンは俺が受け止める!!」
「銀さあああああん!!」
「うおおおおおおッ!!」
「うるせェェェェーー!!!!さっさと取れや!!!」
「はい、零くん」
「ありがとう銀さん」


店内は満席でとても賑やかなのだが、男ばかりで五月蝿い席は他にない。
茶番で盛り上がる銀時と零にイラつく土方はつい煙草が入っている胸ポケットに手を伸ばしかけるのだが、生憎この店は全席禁煙だ。


「零、それ食ったら二軒目に行こう」
「え」
「ビールが飲みてえ……」
「この店にはアルコールがないんですか?」
「煙草が吸えねえだろ」
「あ、そっか!なるほど。じゃあさっさと食べちゃいますね。パフェも頼まないと」
「お前ら、クリスマスぐらいイイ飯食えよ。金持ってんだろ?」
「どこも並んでたんだよ。ていうかな、銀さん。大事なのは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかだろ?俺はひじか「零、鮪取ってくれ」」
「……はい、鮪です」
「ありがとな」
「……零くん。お前、多串くんとはうまくいかねーよ。坂田家に永久就職しろ。俺の補佐になれ」
「オイ、誰が多串だ。万年プー太郎のニート侍に補佐なんか必要ねえだろうが」
「あ?万年瞳孔ひらきっぱなしのチンピラ田舎侍にこそ、補佐なんか必要ねえんだよ。ペッパーくんでもレンタルすれば?」
「ペッパーくんは刀握れねえだろうが」
「でもラップはできんぞ。零くんはラップできんのかよ?攘夷浪士とリリックバトルになった場合、ペッパーくんなら無敵だぞコラ」
「はっ。それなら鉄がいるから大丈夫だ。真選組に隙はねえ」
「何の話!?もっと真剣に俺を取り合ってくれません!?」


黙って聞いていようとした零だったが、あまりにもくだらない言い争いにつっこまずにはいられなかった。
箸が止まった零から土方は丼を取り、約束通り一口麺を啜っている。


「ちょっと土方さん、“あーん”させてくださいよ。何勝手に食ってんすか」
「こんなクソ熱いもんそんなんで食えるかよ」
「もー!俺がフーってして冷ましてあげるじゃないですかー!!はいはい、箸置いて!!俺が食べさせてあげますから!」
「いいって!もういい!ごちそーさん!」
「零く〜ん!俺もう箸が重くて持てない〜!食べさせてくれ〜!」
「それじゃあもう帰ったらどうだ!?零、こいつに伝票たたきつけろ」
「くっ……!まだパフェを半分こしてないのでそれはできません……すみません、土方さん!! 」
「はぁ、めんどくせぇ……マジでめんどくせぇ……。はやく食い終わってくれ……」


ソファの背もたれにどっかりと身体を預けた土方が、湯飲みを手に取り茶を啜った。
もりもりと食べ進めている零を見ながら、二軒目に連れて行く店について考えをめぐらせる。
今いる周辺はきっと席が空くことはないだろうし、またウロウロ探すより、一度屯所の方まで戻った方が得策だろう。
屯所の近くには馴染みの小さな居酒屋があり、そこなら立地的にも満席で入れないということはないはずだ。
いつも小鉢をおまけにつけてくれたり、一杯おごってくれたりと世話になっているので、年末の挨拶も兼ねて行くのも悪くない。


「銀さん時間は大丈夫?ここから柳生の家って少し遠くないか?」
「ん?大丈夫大丈夫。俺の出番は日付越えてからだから」
「……?……ふぅん?」
「もしかしてお前、サンタ役でもやらされてんのか」
「夢を壊すんじゃねえよ、俺はサンタからプレゼントを預かってきただけの銀サンタだ」
「うわー、すげえ優しいのな。銀さんのこと見直したわ……」
「零くんもプレゼントいるー?」
「え!?」
「一年副長のパシリをやらされていたかわいそうな零くんに、銀サンタからのプレゼントでーす」
「おめぇぶッ飛ばすぞ」
「何くれんの!?」
「はい、ラムネ。一日三粒までだぞ」


にこにとこ笑う銀時が懐から取り出したのは、プラスチックの小さな容器に入ったラムネ。
明らかにパチンコの景品でしかも開封済みの食べかけなのだが、それをプレゼントと言って差し出してくるのであれば受け取るしかない。


「……あ、ありがと……」
「おう」
「それ本当にラムネか?危ないから食うな。シャブかもしれねえ」
「俺の信用ゼロ!?シャブなわけねーだろ!」
「なあ銀さん。新八くんと神楽ちゃんにはまともなの渡すんだよな?俺こんなの枕元に置かれてたら、鮮血のクリスマスにしちゃうけど」
「ガキ共のプレゼントはババアやお妙から事前に預かってっからぬかりはねえ。それより、零くん怒ってる?明日家まで来てくれたら“バナナ”と“カルピス”ご馳走するから許してくれよ」
「わかった。十八時には行くから」
「待て待て待て、怪しいにもほどがあんだろ。零、絶対に行くなよ」
「チッ」
「オイ、その舌打ちはなんだ!?やっぱりウラがありやがったな……」


ふてくされて口をとがらせる銀時が、タッチパネルを操作し手馴れた様子でメニューを注文していく。

銀時の前に山積みになっている皿は二十枚ほど。
喋りながら手はしっかりと動いてたので、それなりの量をぺろりとたいらげている。
ここまで食べたらいよいよデザートだろう。
ようやく終りが見えてきたことに対して、土方はほっとしたような表情で零の横顔を静かに眺めていた。

好き嫌いもなく、なんでもよく食べる零と食事を共にすることが好きだ。
今日はゆっくりと二人で食事とはいかなかったが、楽しそうにしている零の隣にいるのは心地いい。
和気藹々と楽しんでいる相手が銀時なのは気に入らないが、零にとって数少ない友人の一人であるし、目を瞑れるところは瞑ってやりたい。


「土方さん、もう食べないんですか?十皿くらいしか食べてないじゃないですか」
「ああ、いい。オヤジんとこの金目の煮付けで一杯いきたいからな」
「そんなこと言って、歳のせいでもう量が食えねえんだろ。食えるときに食っとかねーと戦乱の世を生き抜けねえぞ。なぁ、零くん」
「銀さんはよく食べるよなー!魂平糖ではじめて会った時もえげつない量食ってたし」
「あれは店を助けるためだったからな!お、パフェきた!零くんのも頼んどいたから」
「え?おお!パフェも流れてくるのか!今度は絶対に取る」
「ああ、絶対に取れよ!」


零が銀時に見せる顔は、真選組では見ることが出来ない。
なんでも知っている間柄だからこそ遠慮をして、壁をつくって距離をとる癖を持つ零は、おそらく銀時には全てを曝け出している。
それは銀時の人柄故か、それとも銀時なら大丈夫だと零が思っているのか、土方にはわからない。
少し寂しいと感じるが、零の理解者は多い方がいい。
甘えることが出来て、頼ることができる味方は、何人でも作るべきだ。

笑顔を見ているとつい感傷にひたってしまう。


「食後のデザートってほんっとにうまいよなー!別腹!」


幸せそうにパフェを食べる零の口の端に、餡子がついた。
ぼうっとしていた土方は無意識に手を伸ばし、指ですくってぺろりと舐める。
零はありがとうとだけ言ってパフェに夢中だが、銀時は口をぽかんと開けて呆然としていた。


「……ホントはデキてるだろ……」
「あ゛?」
「そういうことは女だとか、ガキにしてやるもんじゃねーの……」
「こいつとはチビの頃からの付き合いだぞ。普通だ」
「“普通”!?普通ってなんだよ。あーあ、いちゃつきやがって……死ね……」
「お前が死ね」
「ん〜俺なら直接舐めに行くけど、土方さんはシャイのあんちくしょーだからなあ」
「零。ややこしいから黙ってろ」
「零くん!見て!俺の口のまわりやばくね!?生クリームで溺れそうになってるんだけど、助けてくれない?」
「はい、おしぼり」
「もう少し俺に優しくしてもバチは当たらないと思うぜ、零くん」


苺パフェを半分まで食べ進めた銀時が零に器を差し出すと、零も同じように器を差し出した。
味が変わったことにより再びガツガツと食べはじめ、その間にもくだらない雑談をはさみ賑やかに食事を終えていく。

店内はずっと混雑していて、空いた席には次々に新しい客が案内されている。
あまり長居するのも悪いし、土方はそろそろ出るか、と零の肩を叩いた。


「銀さん、俺たちもう出るよ」
「俺も出るわ」
「おい、一緒に出たってお前の分は払わねーからな」
「うるっせえボケ、自分の分くらい払うわ」


三人は席を立ち、レジへと向かう。
伝票を持っていたのは零だったので、土方は零の横にぴったりと付いて財布を取り出した。
レジの店員に伝票を渡すと、店員はにこやかに土方たちに微笑む。


「ありがとうございます、三名様ですね」
「いや、会計は「はい、三名です」」
「零、やめろ」
「いいじゃないですか。俺が出します」
「よくねえ!俺が払うし毛玉の分は自分で払わせろ」
「俺、貰ったボーナスを何に使っていいかわからなくて手をつけてないんです。使わせてください」


土方と零の後ろにいる銀時は、財布を用意しながら自分の会計を待っている。
二人が小声で言い争っていることには気づいていない様子で、はやくどいてくれないかな、とそんなことを思っていた。

すると、土方は頭をかきながら先に外へと出て行った。
おつりを受け取っているのは零で、それを見た銀時は全てを察していく。


「え!?おいおいおいおい、零くん!?」
「さ!銀サンタは早く準備した方がいいんじゃないか?」
「俺の分は!?払ったのか!?」
「メリークリスマス銀さん。零サンタからは食事代の奢りな。ていうか、勝手に相席にしたのは俺だし、気にしないで」


腑に落ちない銀時が、零を追いかけるように店の外へ出て行く。
先に出ていた土方は煙草をふかしながら二人を待っており、白い息を吐いていた。


「零、ごちそーさん。そこの毛玉、感謝しろよ」
「言われんでもするわ!!」
「いや〜。楽しいご飯でしたね〜。やっぱり飯は楽しくないと!」
「……行こう、零。寒ィ」
「はい。じゃあ銀さん、気をつけてな〜」
「まっ……、オイ!お前ら!」


銀時に背を向けて少し歩き始めていた土方と零が、同時に振り向く。


「か、風邪、ひくなよ」
「あは!ははは!うん!銀さんも!おやすみー!」


おやすみ、と大声を上げながら腕をブンブン振って見送る銀時。
土方は鼻で笑い、零の前をさっさと歩いていく。
置いていかれないように、ほどほどに銀時との別れを追えた零は、小走りで土方と並んだ。
にこにこと顔を覗き込めば、ほんのわずかだが土方の表情は柔らかい気がする。


「な、なんだよ」
「なんやかんや楽しかったんじゃないんですか?」
「んなわけあるか。散々だっての」
「二軒目は土方さんの奢りでオナシャーッス」
「もちろんそのつもりだ」


人通りの多い道にさしかかると、土方は携帯灰皿に煙草を捨てた。


「まだまだ人が多いですね。クリスマスってそんなに特別な日なんですか?」
「さあな。俺はお前がいつもそばにいるから、クリスマスだからといって特別な何かをしようなんて思いつかなかった……」
「俺も同じです。プレゼントはあげたいときに渡すし、ケーキも好きなときに食べるし。ていうかサンタって誰?何?」
「不法侵入かましてくる小太りで髭のジジイだ。見つけたら逮捕しろ」
「逮捕していいんですか!?」
「ソリの違法駐車とダブルコンボ。遠慮すんな、即逮捕でいい」
「世界中を敵にまわす気がするんですけど……あれ、雪ですかこれ?」
「おぉ、雪だな。あー寒いッ……!急ぐぞ!」
「手ェ冷たッ!!」


零の手を握った土方が、少年のように駆けだした。


「零!」
「はい〜〜〜〜!?」
「今年もあと少し、よろしくな!!」
「は!?今それ言う!?」
「言いたくなったんだ!!」
「えぇ〜〜!?」


雪のちらつくクリスマスイブの江戸は、たくさんの願いが溢れている。
煌く町並みや、笑顔で歩く人々を見ていると、どんな願いも叶いそうな気がした。


「あーーー!!やっぱ俺の彼氏かっこいいーーーー!!」
「彼氏じゃねええーーッ!!」





明日も明後日も、来年もずっと、笑顔の輪の中心に君がいますように。






←前次→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!