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高杉/武州で過ごした夏の話し【前編】




真選組の北村零と鬼兵隊の高杉晋助が二人で武州に来たのは、成り行きとヤケクソだった。

何日か寝食を共にして夜を明かし、薄暗い蔵の中で手をとりあったのはつい先日のこと。
それから急激に距離が縮まって、朝も昼も夜も向かい合ってする食事では会話が増えた。
特にやることもなくのんびりと過ごす時間もあり、なんとなく、二人で過ごす空気に居心地の良さを感じつつある。

滞在している民宿の夫婦は、なにやら事情ありげな男二人を察してかとても世話をやいてくれるし、毎日快適だ。
晴れの日は必ず布団を干してくれ、八つ時にわざわざ菓子を運んでくれたりもする。
その心遣いがとても嬉しかった。
零はともかく、高杉までその優しさに微笑むものだから、こいつも一応人の子だったと失礼なことを考えてしまったのは内緒だ。

穏やかに過ごす日々の終わりはいつか来る。
いつかどころか、もうすぐそこに迫っている。
未来のことがわからない現状を考えると、少しでもふるさとへの未練と後悔は残さずに江戸へ帰りたいと零は思う。
だから、今日はいつもより早く起きて、身支度をしていた。


「……早ぇな」


まだ布団の中にいる高杉が、部屋を出て行こうとする零の背に声をかける。


「おはよう。子供達と約束があるんだ。昼ごろには戻るよ」
「子供……?寺の……?」
「そう。畑仕事を手伝いに行ってくる。野菜がいっぱいあるんだって」
「畑……?どこに……」
「ふふ、なんだよ、質問ばっかり。高杉も行くか?」


布団の中でもぞもぞと動く高杉のそばで膝をついて、零が顔を近づける。


「畑仕事をしそうなナリに見えるか?それに二日酔いだ……おめーが帰ってくるまで寝てるから行って来い……」
「……そっか。お前とチャンバラした男の子が、また眼帯の兄ちゃんに会いたいって言ってたけど……。しょうがないな!じゃ、いってきます」
「…………」


北村家の墓がある寺で、身寄りのない子供達が住職の世話を受けながら生活をしていた。
一番上が十二歳、そして一番下は三歳の、総勢六名の血の繋がらない兄弟たち。
墓参りに行った際にたまたま出会ったのだが、零は時間が空くと何度も通っていた。
そんな零についていく形で高杉も度々訪れていて、子供の相手が得意ではないと言いつつチャンバラに付き合ったりとそれなりに楽しんでいる。

子供達は、江戸のことを何も知らない。
幕府のことも、天人のこともきっとよくわかっていない。
住職から聞いた話によると戦争孤児がほとんどで、改革の折に親が処刑された子もいるのだとか。
そんな話を聞いてしまって、そして懐かれもすれば、少なからず情は移るわけで。


「ヤッターーー!!眼帯の兄ちゃんもきたああああ!!」
「零お兄ちゃんおはよー!」


寺に零と高杉が姿を現すと、お揃いの麦わら帽子を被った子供達が輝く笑顔で出迎えた。
小さなバケツやスコップを持って、零と高杉の足元にわらわらと群がる姿はとても微笑ましく、遠くで見守っている住職が嬉しそうにそんな光景を眺めていた。


「朝からやかましい。ぶたれてえのか」
「そんなことしたら児童虐待で逮捕だコノヤロー」
「“二日酔い虐待”でこいつらも補導しろ」
「兄ちゃんたちはやく行こう!あ、これ零兄ちゃんの麦わら帽子ね!夏の畑を甘く見てると……ッ、死ぬぞ……ッ!」
「死!?じゃあ高……、……っ、この兄ちゃんの帽子は!?今日のこの兄ちゃん、俺よりはるかに死ぬ確率が高いんだけど!」
「眼帯してるから大丈夫大丈夫!」
「……零。俺ァこの目になって十年、眼帯をしててよかったと思ったのは初めてだ」
「笑っていいのかわからねえこと言うのやめろ」
「くく……。おめーら、畑まで案内頼むぞ」
「おう!みんなー!ちゃんとついて来いよー!」


受け取った麦わら帽子をしっかり被った零の姿が、晴れ渡る青い空によく映える。
子供達にぐいぐいと手を引かれて困ったように笑う零の顔が、とても無垢で、印象的だった。


「お兄ちゃん」
「ん?」


いつの間にか手を繋いでいた少女が、不思議そうに高杉の顔を覗きこんでいた。


「お兄ちゃんは好きな人がいるの?お嫁さんはいる?」


まだ五つくらいの子供だが、女という生き物は生まれた時から“女”だという。
高杉は微笑みながら首を横に振った。


「そっかー!それじゃあ、私がお嫁さんになってあげるねー!」
「ほう。俺の嫁になるってなら、生涯、良いべべを着せてやらァ」
「コラアアァ!!女児口説いてんじゃねえ!!」


高杉の少し前を歩いていた零に会話が届いていたらしく、手を繋いで歩いていた少年を抱きかかえてわざわざ走り寄ってきた。


「口説かれてんのは俺だ」
「え!?俺にしときな!若いし公務員だし!顔もそこそこイケメンだろ!?」
「零お兄ちゃんはタイプじゃないんだもん!」
「見る目があるねェ」
「そ、そんな……世の中は不思議なことでいっぱいだな。まぁ俺が女だったら俺みたいな男絶対嫌だけど」
「嫌なのかよ」


子供たちと話しながら五分ほど歩くと、畑に着いた。
野菜の名前が書かれた小さな立て札が各所に刺さっていて、日ごろから丁寧に手入れをしていることがすぐにわかる。
しっかり耕された豊かな土で育った緑たちは、朝露でキラキラと光っていた。


「あっちはとうもろこしでー!その向こうにきゅうりとトマト!そんでこっち側に茄子とオクラ!かぼちゃも少しあるよ!」


最年長で、子供達のリーダーをつとめる少年が自慢げに畑を指差す。


「すごい!宝の山だ!」
「お前らが全部世話してんのか?」
「まあね。食べるために作ってるんだけど、食べきれない分は村で売って、そのお金を生活費の足しにしてもらってるんだ!少しでもなにか役に立たないとね!」
「偉い!で、俺たちはどこを手伝えばいい?」
「兄ちゃん達はきゅうりとトマトをこのカゴいっぱいに取ってきて!」
「よーし!わかった!行くぞ〜“眼帯のお兄ちゃん”!」


零は少年から竹カゴを受け取って、空いている手で高杉の手を掴み畑の奥へと進んでいった。
きゅうりとトマトの苗はとうもろこしの苗を越えた先にある為、身の丈以上の高さで茂る葉をかきわけながら歩いていく。


「“兄ちゃん”だなんて呼ぶな、気色悪い。俺の名前を出したって、あいつらにはわからんだろう」
「そうは言ったって、どこから洩れるかわからないだろう……?俺と高杉の為だ、我慢しろよ。俺だって気色悪いんだから」
「優しさだとはわかってる。お前が生きたこの土地に名を残す気はねぇが、不便だろうと思ってな」
「……ま、まあ……、でも、“高杉”以外にどう呼べばいいかわからないし……。子供のころなんて呼ばれてた?あだ名とかはなかったのか?」
「なかったな。お前はどうなんだ」
「うーん、俺も別に。江戸に出てからは、犬とか……?」
「“ネコ”だろ?」
「……俺一人で取ってくる」
「冗談だ、怒るな」
「ついてくんな!帰れ!」
「おい」


走り出した零を、高杉が追う。
葉に邪魔されて歩き辛いわ、二日酔いで頭が痛いわ、二重苦の高杉はすぐに置いていかれた。
早々に追いつくことを諦めて、ゆっくりと葉をかきわけてとうもろこしの森を抜けていく。

突然、目の前に広がった青空の下で、トマトを手にした零がにっこりと笑ってそこに居た。
なんだか非現実な眩しい光景に、頭がのぼせる。


「トマト!!」
「……見りゃわかる」
「早く来いって!ていうか顔色悪ッ!はい、これ被ってろよ」
「やめろ、いらねぇ!というか、お前が俺を置いてったんだろうが」
「もう許した許した!ぶはっ、麦わら帽子似合わねー!やっぱり俺が被る!」
「ハァ……好きにしてくれ」


カゴにトマトを入れた零が、再び高杉の手を握る。
怒るだろうかと思いつつ高杉が手を握り返すと、零は満面の笑みで振り向いた。

なぜ、そんな顔を向けるのか。
どうして振り払わないのかと、口にしてしまいそうになる。
飲み込まなければいけない言葉が、この数日で増えていた。


「零……“あつい”……」
「うん、暑いな……?あ、これ!」
「……ん?」


無意識なのか、高杉の手を強く握ったままトマトの苗の前で零が蹲る。
手を握られているせいで必然的に同じように蹲るしかない高杉が、不思議そうに零が見つめる苗に目をやった。


「このトマト絶対美味しい」
「わかるのか?」
「うん。色が真っ赤で、触ると重くてハリがある。これって美味しい証拠なんだよ」
「へェ……」
「食べてみていいかな」
「まァ、怒りはしねえだろ」
「一個買ったことにしようか。後で払っといて」
「お前、だんだんと俺に遠慮がなくなってきたな」
「嬉しいくせに」
「ほざくな」


零がトマトを採った。
赤く熟した実を袖で軽く拭くと、豪快にかぶりつく。
すると、あまりに美味しかったのか目を見開いて、高杉の肩をばんばんと何度も叩き上げた。
迷惑極まりないといった不快そうな顔でじっとり零を睨む高杉に、口の中を空にした零が食べろ!とトマトを差し出す。


「めちゃくちゃうまい!!食べてみろよ!ほら、ここなら齧ってないから!!」


高杉が、差し出された手首を掴む。
その行動に零が“まさか”と思った時にはもう遅かった。
零の手にあるトマトに齧りついた高杉は、わざと噛み潰すようにして、零の腕に汁を垂らしていく。


「ちょ……っ」


手から器用に実を奪い、白い腕へ流れる甘い汁を舐め上げる。
指をねぶりながら零を見れば、耳まで赤くなっていた。

掻き乱された、ささやかな仕返しだ。


「うめェな」
「俺の指が?」
「いいや、トマトの話しだ」
「涼しい顔してよく言うよ……今まで泣かせた女の顔を覚えてるのか?」
「おめーは今まで食った米粒の数を覚えてるのか」
「なんでお前みたいなのがモテて俺がモテないんだよ。童貞だから?ホモだって噂されてるから?アイドルが好きだから?」


残りのトマトもぺろりとたいらげた高杉が、こらえきれずに笑う。


「難の多い奴め」
「でも顔は良いだろ」
「そうでもねえだろ」
「ちくしょう……悔しい……」


なにやらぶつくさ文句を言いながら、零はぶちぶちとトマトを採って手際よく竹カゴに入れていく。
あまりに手つきが慣れているので、高杉は何もせずただその流れ作業を見守っていた。


「えらく慣れてるじゃねえか」
「趣味が家庭菜園なんだよ、ナメんな」
「別にナメちゃいねーよ、いちいちつっかかってくんな鬱陶しい。十八にしちゃ渋い趣味だ」
「本当は話し相手に猫を飼いたいけど、生き物はダメだって言われてしょうがなく野菜を育ててるんだよ」
「……あ?」
「屯所の隅を勝手に耕して、農園作って、毎日毎日プチトマトに話しかけてる。美味しくなれよって」
「……そ、そうか……」
「……ほかに聞きたいことはあるか」
「……いや、いい。……もうトマトはいいんじゃねえか?」
「そうだな、きゅうりを採りにいこう」


トマトをたくさん入れた竹カゴを持った零が、高杉の前を歩いて誘導する。
高杉の目には全部同じ緑に見えて、どこまでがトマトの苗なのかさっぱりわからない。

数歩先で蹲った零がごそごそと苗をいじり始め、その辺りからきゅうりの苗なのかと高杉が近寄った。
肩がぶつかるくらい密着して蹲り、わざと顔を近づけて反応を窺う。


「零、うまいきゅうりの見分け方は?」
「そうだなー。太さが均一で、色の濃いものをまずは探す。ほら、これとか!トゲも尖ってるし最高だ!おいしそー」
「……あれは?」
「ん?」


高杉が、何でもない葉の茂みを指で示す。
大物があるのかと零が目をこらすが見えるのは葉ばかりで、肝心のきゅうりをどこにも見つけることが出来ない。


「どれ?」
「そこにあるだろ」
「だからどれ……あ!?あれか!?よく見つけたなー!手、届くかな……!?」


奥の方に見えた大きなきゅうりを取ろうと、茂みに腕も顔も突っ込んで無我夢中で零が突き進む。
まるでその姿が獲物を見つけて尾を振る犬に見えて、高杉の口の端がひくひくと動く。


「犬……っ」
「えー!?なんだって!?」
「いいから早く採れ、尻で喋るんじゃねえよ」
「あーー!採れた!ちょちょ、ちょっと高杉!!やべえ!!!支えて!!」


きゅうり一本の為にどこまで深追いしてるんだと、再び高杉の肩が震える。
言われたとおりに身体を支えてやると、茂みからゆっくり零が戻って来た。
手にはもちろん獲物を持って。


「ほら!高杉のきゅうり!」
「よくやった」


傾いた帽子を整えて頭を撫でてやると、零は嬉しそうに竹カゴにきゅうりを入れた。
そういうところが犬みたいなんだと言ってやりたかったが、怒る姿が見えるのでぐっとこらえる。

それから黙々と二人で野菜を採り、子供たちの注文どおり山盛りの野菜を持って畑の入り口へと戻った。
住職が持ってきてくれたというござの上に子供たちが採った野菜が並べられていて、まるで朝市のようになっているのが微笑ましい。

どの野菜も実がつまっていて、美味しそうだ。
火を通して調理するのもいいだろうが、生で食べてもきっと絶品だろう。
あぁ、トマト美味しかったなぁ、と思い出している零の口からは涎が出そうになっている。


「零兄ちゃん!」
「うん?」
「手伝ってくれてありがとう!少しだけど、これ持って帰って!」
「どこが少し!?こんなに貰えないよ。たか……、……」


零が武州で“高杉”という言葉を飲み込む度に、気安く名前を呼びあえる関係ではない現実を叩きつけられる。

休戦を約束して江戸から離れた今、立場は中立で、その関係に名前をつけることは難しい。
敵でも同士でもないのに、歩み寄れば立ち止まり、瞳の奥の意を互いに汲むというのに。

高杉が、零の生まれ育った故郷に出来るだけ己の痕跡を残したくないと思ったことは本気だ。
今でも共に行動する武州の悪ガキたちと過ごした情景に、己の姿を上書きされるなんて御免被りたい。
血だらけの両腕で、命より大切に抱きしめる故郷の思い出に、高杉晋助は干渉してはいけない。


「……晋助、どうする」


だから、今、どうして、名前を呼ばれたのか高杉にはわからなかった。
これまで過剰なまでに配慮しながら歩いてきたというのに、突然吹っ切れたように名前を呼んだ。
聞き間違えでもなかったようで、零はしっかりと高杉の目を見つめていた。


「……どうするもなにも、美味い野菜をたらふく食いてェって顔してるぜ?おめーにもそう見えるだろ?」
「うんうん!“晋助”兄ちゃんの言うとおりだよ!零兄ちゃん本当は食べたいんでしょ?二人で食べなって!はい!」


“二人に食べて欲しい”とまで言われてしまったら、断るなんて無理だ。
困ったなと眉を下げながら、抱えたカゴの中を見つめる零に高杉が近づく。
いつまでも被ったままの麦わら帽子に手をかけて、顔にかかる影を払うと零は首をかしげた。


「貰え、無下にできんだろう」
「まぁそうなんだけど……、それじゃあさ……、」
「ん」
「この野菜を使って昼飯を作ったら……、食うか?」
「休戦中とはいえ、敵であるお前の手で作った飯を?」
「……だよな。やっぱりこれは返し……」
「酒のつまみは作れるのか?」
「え」


今、どんな顔をしているのか絶対に言わないでくれと、零は顔を伏せる。


「二日酔いのくせに、飲むつもりかよ……!?」
「知らねえのか?ひでえ二日酔いってのは迎え酒で治るんだ」


刀を握らない高杉は、意外にも穏やかで、荒々しくない。
故郷に馴染む吐息はどうしてか懐かしく、ひどく愛しくて、悲しい。

高杉は零の頭から帽子をとり、よたよたと近づいてきていた男児の気配に気づき振り向く。
最年少のこの子供はどうしてか高杉に懐いていて、高杉を見つけると毎回自ら近寄り脚にしがみつきに来る。

膝を折って低い目線になった高杉は、手にしていた麦わら帽子を子供に被せた。

零からは高杉の背中しか見えていないが、なんともいえない微笑ましい姿を、零はぼんやりと眺めていた。
こんな世でなければ、高杉にもあれくらいの子供がいたのかもしれない。
零がそんなことを考えてるなんてもちろん知らない高杉は、男児を抱えてにやにやと顔を近づけた。


「よォ、坊。“今朝は大丈夫”だったか?」
「おふとんほした!」
「くく、そうかい。その顔じゃあ、でけー“地図”だったらしい。明日こそ頑張りな」
「二人で何の話?コソコソしてあやしいな」
「おっと、こいつぁ俺と坊の秘密だ」
「おとことおとこのひみつ!」
「え?俺も男だから仲間に入れてくれよ。ていうか俺も坊のこと抱っこしたい!あ〜今日もぷにぷにでかわいいな〜!チュウしてあげよ〜!ずっと三歳でいてくれ坊〜」
「ギャーッ!!」
「泣くほど嫌かッ!?ごめんな!?」


真夏の清々しい朝、零と高杉を中心にして子供達が集まる。

ござに腰を下ろした高杉のそばには女の子たちが群れ、川まで手の汚れを落しに行く零には男の子たちが着いていき、それぞれ楽しく時間を過ごした。
二日酔いだと文句を垂れていた高杉の機嫌もよく、子供相手に声を荒げるような男ではないが多少心配していた零はほっとしていた。

朝早く集まったというのに昼前まで畑や川で遊び、子供たちだけでは抱えきれない野菜を零たちが持って寺へ送り届ける。
その際に昼食を食べて行ったらどうだと住職に勧められたが、零は断った。
昼間から酒を飲む姿は子供たちに見せられない、と。
住職は笑い、今朝釣ったばかりだという鮎を、つまみの足しにしてほしいと分けてくれた。


「色々貰っちゃったな」


氷と魚の入った桶を零が持ち、高杉は色とりどりの夏野菜が入ったカゴを抱えて宿へと戻る途中。
高杉と並んで歩く零が、包帯で覆われた横顔を見る。


「泥でもついてるか?」
「左目見えてんの?」
「そんなに見られりゃ気づく」
「子供の前だから、煙吸うの我慢してたのかなあって思って。いいところあるじゃん」
「吸う暇がなかっただけだ。頭も痛ェしな」
「ふふ、そういうことにしておくか。お前の優しいところなんて別に知りたくないしなー」
「零」
「なに?」
「俺の気のせいでなければ、お前は名前を呼んだな。どうしてだ」


もうすぐ宿の前。

大木の影で二人は立ち止まる。


「子供たちに、“高杉晋助”という男を覚えていてほしかった。土だらけになって、笑いながらじゃれて遊んで、おさな子を何度も抱き上げたお前を見て、衝動的に……つい、ごめん……」
「……迷惑な話だ。お前のエゴのせいで、ガキ共どころか村諸共焼ける日がくるかもしれん」
「……ッ!!」
「そういう奴らを叩き斬るのが、おめーの仕事だ。護りてぇなら戦え。そのなんでも斬れる刀で、な」
「あ、当たり前だ……!」



満足そうに笑みをこぼした高杉が、先に歩み出した。



焦がれた身体が影から飛び出し、毒の鱗粉を散らしながら漂う蝶を追う。
消したい思い出なんて、ひとつもない。





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