土方と補佐が潜入捜査をする話【後編】/女装 席を立ち上がり、ぶんぶんと腕を振るこの男。 このかぶき町に二人といない天然パーマの銀髪をもつ万事屋のオーナー、坂田銀時だった。 すでに顔を赤らめていい具合になっている銀時に土方が舌打ちをしながら近づいていく。 間の抜けた顔でへらへらしている銀時の胸倉を掴み、他の客には見えないように椅子に押さえ込んだ。 言ってやりたいことは山程あるが、今はケンカをしている場合じゃないしもちろんじゃれている場合でもない。 「あぁ?俺はアンタじゃなくてあの姉ちゃん呼んだんですけど〜〜〜」 「一人で飲んでろ糞天然パーマ」 「……ん?よく見たらお前あれだな?アイツに似てるわ……ほら、ナントカ組のナントカさんだよ……ほら、えーっと……誰だっけ。オボカタさん?」 「誰がリケジョだボケ!!土方だ!!頼むから黙るか死んでくれ……今は仕事中なんだ、お前に構ってる時間は1秒もない」 「あー!そうそう土方くんね!そうそう。って、お前こんなところでなにやってんの?仕事ってお前、真選組クビになったのかよ?ブッハ、変な髪形しやがって!零くんが見たら泣いちゃうな〜?ウププ〜」 「トシさん声が大きいです、“そろそろ”なんで警戒してください」 「悪い、つい……」 「……は……?ハァ!?ももももももしかして、零か!?」 「銀さん!シッ!!名前呼ばないで!」 新八が熱を入れている某アイドルのようなミニの着物とニーハイソックスを着用し……そして長い髪を花の飾りでゆるりと纏め、ふわふわと踊る毛先。 知っている横顔と聞いたことのある声なのに、いつもと違うギャップに興奮している銀時が土方を投げ飛ばし、零に飛びついた。 至近距離で顔を見つめながら、詰め物の入った胸や関係のない尻を触り、起き上がった土方が止めるまでずっとベタベタと好きに触り続けた銀時の顔は、それはもう驚きと感動で満ち溢れていた。 「いい加減にしろ万事屋!」 「ひえー、化けるもんだなあ。言われてみたら確かに男なんだけど……ウン、いける!いけるわ俺!」 「いける!じゃねーんだよ!帰れはやく!!」 たまらなくなった土方が声を張り上げた瞬間、店内の雰囲気がガラっと変わった。 それを察知した土方と零はキッと店の入り口を睨みつけ、ゾロゾロと現われた集団を確認しひとまず柱の陰に隠れる。 現われたのだ、奴らが。 「椿、いいか。一番前を歩いていたハゲが首領の越智沈だ……」 「おちんちん?」 「おちちん、だ。上手いこと酒を飲ませてふらっふらにさせろ」 「わかりました、フニャフニャにさせます」 「んだよ、オタクらここでドンパチやるつもりなワケ?」 「混ざってくんな!ドンパチやらなくてすむように俺たちが潜入してんだよ」 「お前は死んでもいいけど、“椿”ちゃんが手出されたらどうすんだよ、危ないだろ」 「だから俺がいるんだろうが馬鹿か、お前が死ね」 「ふーん……ちょいと椿ちゃん。話があるから、銀さんとアッチ行こう。すぐ終わるからさッ!」 「オイ、何やってんだ待てコラ!!」 銀時が零の腕をひき、控え室の方まで走っていってしまった。 慌てて土方が後を追おうとするが、フロアには既に珍宝屋の面々が揃っており離れるわけにもいかず、越智沈のテーブルにつこうとしているお妙に少しだけ頑張ってくれと耳打ちに向かった。 さて、5分ほど経った頃。 土方が再び陰に隠れ、外で待機する近藤らに無線を使って連絡をいれていた。 突入のタイミングはまだ少し先だと思うが、簡単に内部の状況を伝えて、そして何故か銀時までいるということも伝える。 近藤は笑っていたが、土方からしてみれば笑い事ではない。 また後で連絡すると伝え一旦無線を切り、ふと控え室のほうへ目をやると、またもや目を疑いたくなる光景が広がっていた。 銀時が、女装しているのだ。 「さ!がんばろうね椿ちゃん!」 「テメエ何やってんだアアアァアアア!!」 「も!トシったら声が大きいぞ〜!パー子もがんばっちゃうんだから!」 「がんばらんでいいわ!お願いだからやめてくれ!!3000円やるから帰ってくれマジで!!土下座もするから!!」 「3000円なんかで帰るかバーカ!金塊3トン持ってこいやバーカ!!椿ちゃんの安全はパー子が護るから、お前は適当になんか、ほら、店長とか護ってろ!いくわよ椿!」 「いくわよパー子!」 「テメーもノってんじゃねえええ!!!ふざけんなアアァッ!!」 もう作戦もなにもあったもんじゃない。 俺が何をしたっていうんだ。 どうして俺の思うとおりにコトが進まないんだ。 万事屋がいるといつもこうだ、と土方はやる気満々にフロアを歩くパー子……もとい銀時と零の姿を引きつった表情で眺めながら、今年一番のため息をついた。 銀時の存在は明らかにフロアで浮いていたが、薄暗い照明のおかげからか、それとも横にいる零のおかげか、客には悟られてないらしい。 もしかしたら客の方が気をつかっているのかもしれないが。 失礼します、と越智沈のいるテーブルにやってきた二人組の女装男。 早速席につこうとする零に、お妙は気を利かせ越智沈の隣を譲る。 すると銀時もまた越智沈の隣に陣取ろうとし、座っていた嬢をどかした。 お妙はなんで貴方までそんな姿に?と言いたげな顔をしていたが、なんとなく察したので大人しく酒を作っている。 そしてもちろん土方がやや離れたところからその様子を見ていて、銀時のことは気に入らないが結果的に越智沈をはさみこんだイイ状況だと思っていた。 悔しいがこのまま利用しない手はない。 「おや、はじめましてだね、僕は越智沈。覚えてくれると嬉しいな、こうやって部下を連れてたまに来るんだよ」 「椿です、存じておりますよ、豪商おちんちん様」 「パー子でぇ〜〜す。よろしくねおちんちんさん」 「おちんちんじゃなくておちちんだよ、知ってくれてるなんて嬉しいなあ椿ちゃん」 (オイオイ、俺は無視かこのハゲ……早速零くん狙いかよ) 零の手をとってぎゅっと握ったりベタベタと触る越智沈を、銀時はキッと睨む。 ふ、と背後に目をやると、遠くの柱から土方がとんでもない顔で零を見ており、保護者も大変なんだなと思った。 まあ、保護者でも恋人でもない自分もイイ気分ではないが。 (あーあ、俺だってまだそんなにベタベタ触ってねーぞ……ん?いや、触ったわ。さっき触ったわ) 「……骨董を取り扱うお仕事なんて素敵です」 「はは、ありがとう。大変だけど楽しいよ、宇宙をまたにかけ様々な骨董品をこの手に収め、それを必要としている人たちへお渡しできるのだから」 「素晴らしいお仕事ですね」 「君の仕事ほどでもないよ。花のように可憐で美しく、夜を照らす月……真っ白の肌は深い夜に映えるね」 越智沈の腕が零の腰にまわされ、ぐっと距離が縮められた。 なるべく越智沈の気分を害さないように零が控えめに身をよじっているが、まるでキスでもするんじゃないかという勢いで顔が近づけられている。 このままでは零が危ない。 土方の様子を窺うと、「万事屋、ヤれ」と視線で訴えかけているように見えた。 「きゃ〜〜〜〜ごめんなさ〜〜〜い!!も〜!押さないでよお妙〜!!も〜!」 「うふふ、向かいに座ってるのにどうやって押すのかしらパー子さん」 銀時がとてもわざとらしく越智沈にしがみつき、零から身を剥がすことに成功した。 どう考えたって女の力ではないのだが、越智沈は特に慌てる様子もなく、視線はまだ零に夢中のようだ。 (んだよコイツ、きもちわりーな……もー逮捕しちゃえよ逮捕ー) 「ねえおちんちん様〜〜パー子ドンペリのドンペリ割が飲みたいナ!」 「おちちんね。いいよ、美人ぞろいで気分がいいから今日はパーッと飲もう!オイそこの君、ドンペリを人数分頼むよ」 「早くしてよね駄メガネ」 「は、ははは……少々お待ちください〜……(調子のんなよパー子オオオオォオ!!!)」 銀時に対してこの野郎とは思うが、予想外に越智沈に気に入られている様子の零を護ってもらうには必要な存在だ。 零のこともフロアのことも気になる土方にはイイ助っ人なのだが、気に入らないものは気に入らない。 注文は他のボーイに任せ、土方は再び無線を繋いで煙草を取り出した。 * フロアがだんだんと盛り上がってきた頃、店内は珍宝屋のグループのみとなっていた。 各テーブルでは酔いつぶれた男たちが机に突っ伏して寝ているし、越智沈も顔が赤くなってふらふらとしている。 土方はそろそろだ、と零に手で合図を送り、それを確認した零が越智沈を押さえ込む体勢へと移った……が。 「椿ちゃん。お手洗いに行きたいんだけど、場所はどこかな……案内してくれるかい」 「え、……はい、こちらへどうぞ」 土方が思わず舌打ちを漏らす。 席に残った寝ている銀時を叩き起こして引き摺り、オメーもついていけと二人の背中を指差した。 「はぁ……ねえ椿ちゃん、よかったらこれから二人で飲みなおさないかい?店が終わるのは何時?今夜は僕とゆっくり過ごそう、ターミナルが見えるいいホテルがあってね、」 滑稽だ、この男は何の疑いもなく本当に女だと思っている。 零が適当に愛想笑いをしながら振り向いた瞬間、後ろから抱え込まれ壁に追いやられた。 グっと押さえつけられて身動きがとれないのをいいことに、すんすんと髪に鼻を押し付けられて脚を撫で回されている。 さすがにこれは怒ってもいいだろうと思っていると、ゾワリと全身が震えた。 当たっている。 尻に、アレが。 ゆるゆると動いてくる腰にパニックを起こしていると、突然その感覚が消えた。 恐る恐る振り返ると、銀時が額に血管を浮き上がらせながら越智沈を締め上げており、オカマというかメスゴリラというか、ただの男の姿でそこにいた。 「お、きゃ、く、さ、ま〜〜?ここは健全なエロを楽しむ社交場でございます〜〜その貧相なチンコ自慢してーなら吉原にでも行けコラ」 「ひ、ひぃっ……!お、おい!!そこの眼鏡の君!!助けてくれ!!」 「アァ〜?助けてだと?すまいる法度第一条……無抵抗な嬢へのセクハラは厳禁、是犯した者……」 「「切腹じゃボケーーーー!!!!」」 銀時が投げ飛ばした越智沈を土方が受け止め、そのまま顔面を壁に叩きつけた。 それと同時に店の扉がバン、と開く音がし、近藤の声が聞こえた。 真選組が突入したことによりフロアの方は騒がしくなっており、越智沈は困惑しながら強打した顔面を手で押さえている。 「まだわからないかい、越智沈サンよ」 「え……」 「“うちのお嬢”は可愛かったか?可愛いに決まってるよな。なんていったって俺の自慢の補佐だからよォ」 「は?俺の方がかわいいだろ、ツインテールだぞツインテール。萌えの暴力じゃねーか」 「どっからどう見ても天パのメスゴリラだわ」 土方が眼鏡を外し、ジャケットを脱いで床へと捨てた。 後ろにいる零を見ると、明らかに怒っているのがわかりニコリと笑ってやる。 「それじゃあ越智沈サン、こっからは店のサービスだ。アンタがお気に入りの“椿”が極上の時間をお届けするぜ」 「“天国”をお見せしますよ、おちんちん様。百倍返しだコノヤローーー!!!!!」 「いや、僕はおちんちんじゃなくて……ギャーーーー!」 ほどほどにしておけよ、という土方の声は聞こえているのか聞こえていないのか。 越智沈に馬乗りになった零がお返しとばかりに暴れ始め、銀時が口をポカンとあけてぼーっとその様子を眺めていた。 「おーーいいぞ零くーん、そこだー。あ、パンツ見えた」 「オイ万事屋、首をつっこんだからには最後まで付き合えよ」 「はー、めんどくせ。ま、今日飲んだ分全部タダにしてくれるってんなら話は別だが?」 「いいだろう、後でネチネチたかられてもムカつくからな」 * 「まさに一網打尽!一体どんな手をつかったのかしらんが、零がアジトの場所を自白させたし、トシも零も本当によくやってくれた!」 もうすぐ日付も変わるころ、ようやくすまいるに平和が訪れた。 店前に数台とまっていたパトカーも残りは一台となっており、ようやく帰れるなと土方は腕を回し身体を伸ばす。 ほぼ拳で戦ったため、全身にダルさが残って本当に疲れた。 散々暴れまわった零も疲れているようだが、心なしかスッキリしているように見えて可笑しい。 「えへへ、頑張りました」 「えへへ、じゃねーよ。すげーもん見ちまったわ、金玉が縮こまってんだけど。お前よく同じ男にあんなことできるよな……あー、思い出した、最悪」 「万事屋もありがとな!お妙さんが無事でよかった!」 「お前馬鹿か?正直今回の件、零くんが女装しなくても毎日女装してるあのゴリラだけで「なにか言ったかしら銀さん」」 「ナンデモアリマセン」 コントのようなやりとりに笑いつつ、少しはなれたところで煙草を吸っていた土方に駆け寄ろうとした零。 すると近くにいた総悟がサッとやって来て行く手を阻んだ。 「零」 「あん?」 「お前が女装してから土方さんの鼻の下が伸びてんの気づいてっかィ?おめぇさんら、ちょいとデートして帰ってきなせェ」 「ハアァ!?」 デート、デート、デート。 自分の知っているデートという言葉が正しければ、男女が二人で行うあれのことなんだろうが……そんなことを土方としろというのか。 もう身体はへとへとだし、正直そんなことをしてる暇があるなら風呂に入ってさっさと寝たい。 車なら10分もかからない距離なのだから、わざわざ二人で歩いて帰るなんて嫌だ。 土方だって同じ筈だ。 外に出てからもう煙草を3本は吸っていて、苛々しているのも疲れているのもわかる。 そんな二人で歩いて帰って何が楽しいのだ。 「さ、近藤さん。あの二人は歩いて帰るらしいんで俺たちは先に帰りやしょう。旦那、姉御も送っていきやすぜーィ」 「まぁ、ありがとう!助かるわ」 「ふあっ、あーーーねっみー……じゃあな零くーん、オツカレーライスー」 「おい!歩いて帰るなんて言ってねーぞ!?」 「土方さん、よーーく見てくだせェよ。車に全員乗れやせんでしょ?アンタら仲良いんだから歩けっつーの。じゃ、そういうことで」 バンッと扉が閉まった車は、二人を置いてすぐに発進した。 「……帰るか」 「そ、そうですね」 馬鹿でも理解できるくらい、変な気をまわされた。 じっとしていてもしょうがないので歩き出したのだが、ただただ恥ずかしい。 土方はともかく零は女装をしているので、深夜とはいえこんな姿で街を歩くのには抵抗がある。 緊張も恥ずかしさも最高潮で、本当に頭がどうにかなってしまいそうだ。 「零、悪かった。そんな姿にさせて」 「はー……うぇ!?は!?ええ、じゃなくて!いえ!いえいえ!」 「オイオイ、なんだその反応は。さてはぼーっとしてたな?」 「あはは……俺は大丈夫ですよ。むしろ上手くできなくてすみません……」 「ばーか、アレ以上上手くなんてできねーよ。万事屋もいたしな……あの野郎、どこにでもいやがる」 ふ、と土方が横を歩く零に目をやった。 男。 女装をしている男。 わかってる。 わかってはいるが、“北村零”が女装しているという事実が土方にとってたまらないのだ。 そんな性癖やフェチを持っているのかわからないが、明らかに彼の姿を見て興奮しているし興味がある。 「土方さん、その髪型も素敵ですね」 「あぁー……、…?おお!そうか?」 「ぼーっとしてたでしょ」 「はは……あー、すまん……」 「あはは、お互い様でしたね」 「うお!?」 「やっぱり土方さんの手って冷たいなあ」 「お前は子供体温……いや、子犬体温だな?」 ぎゅっと握るお互いの手が恥ずかしくて、でも嬉しくて、そして懐かしかった。 普通なら振り払うのだろうが、土方は絶対にそういう態度をとらないし、零も同じだ。 この辺りの感覚は、ずっと寄り添ってきた二人にしか理解できない。 「俺できるなら、武州の時みたいにこうやって手繋いで歩きたいんですよね」 「……武州ってお前……ありゃガキの時の話だろう?」 「変なの。小さいときは平気だったことが、大人になるにつれて出来なくなるなんて」 「そうかもしれんが……」 「俺が女だったら、今も貴方の手を繋げた。でもこの姿なら多分、許されますよね」 そんな泣きそうな顔をされて、手を握られて、抱きしめないのは男じゃないだろう。 突然土方に抱き寄せられた零は目を丸くして驚いていたが、反射的に土方の背中に腕を回して頬をすりよせた。 まるで心まで女になってしまったように鼓動が五月蝿くて、この音が土方に聞こえていないか心配になる。 「なあ、零」 「はい?」 「お前が男だとわかっていても、他の野郎に身体を触られるのがたまらなく嫌だった……早く風呂に入ってくれ……」 「風呂ですか」 「風呂だ……」 つい笑ってしまった零に土方がむっとしたのか、それとも照れているのか。 抱きしめる腕に力がこめられ、零もお返しとばかりに力をこめた。 「あのー土方さん、怒らないで聞いてほしいんですけど」 「なんだ」 「俺ちょっと勃ってきたんで離れたいです」 「……零」 「あー……怒りますよね、ごめ「俺もだ」」 「は?」 「俺も勃ってきた」 「「………」」 滑稽すぎて言葉も出ない。 本気で恥ずかしくなった二人はゆっくり身体を離し、帰るか!と歩き出す。 このまま無言で歩くのかと思いきや、再び零が土方の手を握ったことにより会話が生まれ、じゃれあいながら屯所までの道を歩いていくのだった。 「やっぱりデキてたんだ……」 全員に忘れ去られていた山崎があんぱんを片手に店を出て、最初に目撃したのは二人の抱き合う姿だったとか。 ←前次→ [戻る] |