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ピーターパンは大人になる
  
 
『はやくおおきくなりたいなあ。』


小さい頃から悠ちゃんは幾度となくその言葉を口にした。きっと、今もそう思っているのは変わらないのだと思う。小さい頃はそうだね、とすぐに言葉を返すことが出来たのに、いつからわたしは素直に言葉を返すことが出来なくなってしまったんだろう。



「大人になんかなりたくない」


心の中だけで呟いたつもりの台詞は思わず声になっていたようで、目の前に座る悠ちゃんは少し目を大きくした。


「なんで?」

「だって、なんか寂しいじゃん」


この校舎で出会ったみんなも忙しさを理由になかなか会えなくなるんだよ。日常がなくなるんだよ。授業中に寝てて先生に怒られる浜ちゃんも、阿部くんに怒鳴られてビクビクする三橋くんも、グラウンドの上で汗を流す悠ちゃんもまだ見ていたい。全部全部、思い出になんかしたくない。


「オレは早く大人になりてーよ」

「…なんで、」


悠ちゃんが思い出の中の人に変わっちゃうのは絶対に嫌だ。ただでさえ、わたしを残してグングン大人になっていく悠ちゃんを見てわたしは寂しいのに。これ以上、わたしと悠ちゃんの距離が開くのは耐えられない。


「わたしは、やだよ。」

「お前が嫌でも時間は止まんねーよ」

「分かってるけど、」


だからこそ、余計に嫌だ。いつまでもこのままでいたい。
意外なことに冷静に現実を突き付けてくる悠ちゃんの言葉を聞いて、少し視界が滲んだ。悠ちゃんならいつもの笑顔で同意してくれるかもしれない、とわたしは勝手ながら淡い期待を馳せていたのだ。やっぱり小さい頃から言っていたこと(「早くおとなになりたい」)に今も陰りはないらしい。


「オレはさ、」

「………。」

「早く大人になって、一人前になって、自分の稼ぎで生活出来るようになりてーの。」

「………うん、」

「そしたら、一番にお前を迎えに行くよ。」


悠ちゃんの口から出てきた言葉の意味が一瞬分からなくて顔をあげると、「だから、ここはオレが予約!」と言って、悠ちゃんはわたしの左手の薬指を指差しながら笑った。



ネバーランドの
魔法は解けて
ピーターパンは大人になる




大人にはなりたくない。けれど、彼には早く迎えに来てもらいたい。矛盾したわたしがそこにはいた。




(1012) 田島様は意外に考えが大人だと思います。



あきゅろす。
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