愛であって恋ではない
1人でも出来るのが恋であって2人じゃないと出来ないのが愛である、と誰かが言っていた。
その原理に則ると私は今猛烈に恋をしていることになる。
「たーかせっ。」
机に突っ伏して寝ていた高瀬の肩を叩きながら、声を掛ける。睡眠を妨げられたせいで、眉をしかめながら彼は顔をあげた。(そんな顔もカッコいい、とか思っちゃったり。)
「何?」
「ホラ、なんか野球部の先輩が呼んでるよ。」
そう言ってドアの方を指差そうと振り返ったら、目の前に野球部の先輩が立っていてビックリした。ドアの所で待ってくださいって言ったのに、私の後ろをついてきていたようだ。
「慎吾さん、なんか用スか。」
「おいおい、せっかく来てくれた先輩にそれはないんじゃないの。」
しんごさん、と呼ばれた先輩は軽く笑いながらまだ寝ぼけ眼な高瀬の頭を軽く小突いた。イテッとか言いながら高瀬は不服そうな顔をしている。
「今日部活開始がちょっと遅れるって。まあ、いつも通りにグランド行けば問題ねーとさ。」
「そーなんスか。ありがとうございます。」
私は高瀬の席の横にある自分の席で次の授業の用意をするフリをしながら耳だけを傾けて2人の会話を聞いていた。なんだかふだんタメ口で喋っている同級生が敬語を使って喋っているのを聞くのは面白い。
「なあ、ところで準太。山田さんてどの子?」
ふいに私の名前が呼ばれるのが聞こえてビックリした。アレ、なんで今日初めて会った野球部の先輩が私の名前を知っているの。私はコッソリ2人の会話を聞くつもりだったのにあまりに予想外な展開に、思わず2人の方を見てしまった。
「ちょっと、慎吾さん!余計な事言わないでくださいよ!」
かなり慌てた様子で高瀬が先輩を止めている。何ソレ。本人に言われちゃマズいことでも野球部で話しているのか。そう思ったらどんな話をされているのか気になるのが人間ってもんだ。
「何、高瀬。本人に知られちゃマズい話でもしてんの?」
そう声を掛けると高瀬は心底マズいという顔をした。心なしか顔が青い気がする。
「ああ、君が山田さんだったの。」
「ハイ。で、高瀬からどんな話を?」
満面の笑みで尋ねると、しんご先輩は私の質問には完全に無視して へぇーほぉー、とか言いながらジロジロ見てきた。なんなんですか、一体。
「いやー、ホントかわいい子じゃん。準太の話にピッタリだわ。」
「は?」
「いやね、準太がクラスにすっげーかわいいヤツがいてその子のこと「慎吾さんッ!」
高瀬が急に大声で叫んでしんご先輩の話を遮った。え、今何言ってた?アレ、幻聴?空耳?ヤバい、私耳がおかしくなってしまったみたい。じゃなきゃこんな都合のいいこと聞けるハズがないもの。
じゃオレ帰るわ、と言ってしんご先輩は教室を出て行った。目の前には真っ赤な顔して俯いた高瀬。
「え、と………高瀬?」
そう言って高瀬の顔を覗きこもうとしたら、彼は急に顔をあげて話し始めた。
「そーゆーことだから。」
「………なにが?」
「………だから、オレのクラスにすっげーかわいいヤツがいて、オレはそいつのことすっげー好きで、」
「うん。」
「そいつの名前は山田花子って言うんだよ。」
そう言って高瀬は両手で自分の顔を覆った。あー恥ずかしー、だとか唸っているのが聞こえる。
ヤバい、恥ずかしいのはこっちなんですけど。こんな嬉しい事があっていいのだろうか。
「あ、あたしも!」
「へ?」
「あたしもクラスにすっごいカッコいい人がいて、すっごいその人のことが好きでね、
その人の名前は高瀬準太っていうの。」
そう言った瞬間、目の前には高瀬の肩が、背中には彼の温かい手があるのを感じる。私の耳の真横にある彼の口から オレと付き合ってください、と囁かれるのが聞こえた。モチロン私の答えはずっと前から決まっている。
愛であって恋ではない
本日、私の恋はめでたく愛に変わりました。
080316 稲葉
title:ララドール
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