攘夷派で伍の御題



「――イデデッ…」


男が急に声を上げたので女はハッとし思考を元に戻した。


「ご、ごめんなさいυ」

「いやいや、ヘーキ」


女は無心で手ぬぐいを握る手を動かしていたのだった。気が付くと、うっかり触れてしまった男の膝下はバックリ割れて中の肉まで垣間見えていた。


「…ひどい…」

こんな足で、ここまでよくたどり着いたものだ。


慎重に傷口の汚れを拭き取る。


「…お前さん独り?」


女が男の正面に回り胸元に手ぬぐいを押さえると、ふと男が尋ねてきた。


「兄と二人暮らしです」

「…いねーのか?」

「はい…もう半年くらい」

「……」


自分の身体を拭きながら、表情一つ変えずに淡々と受け答える女を男はじっと見つめた。


「…あなた、攘夷志士ね?」

「おゥ」

「兄も…戦争に行きました」

「…そーか」


ここで女は初めてほんの少し口許を綻ばせた。


「男の人はみんなそう。武士の魂とか、“仇”とか、信念とか。みんな周りに残されるものも振り返らず行ってしまう…」

「……そーだな」


女の言う通りだった。
男は何も言えずにいた。


男は腹部にも深い刺し傷を負っていた。
女は真っ赤に染まってしまった手ぬぐいを一度湯で洗う。男に背を向け、桶の中で手を動かしながら言葉を続けた。


「――でも、私それ羨ましいんです。
カッコいいですもん」

「…そーか?」

「はい。だから、私はたとえ兄が帰ってこなくても、それはそれでいいです。兄が納得する最後なら」


男は頭を掻きながらちらりと女の華奢な背中を見た。


「……お前さん、まだ分かんねーだろ。お兄さんがそんな…」

「一人でいるときは、なるべく良くない方向へは考えないようにしてるんです。まいっちゃうから」

「……」


少し微笑混じりにそう言ったのが聞き取れて、男はその様子に眉をしかめた。



「…ハイ、これで前の方拭いててください。お腹は力が入らないと思うから、下手に私が触ると痛いでしょう」

「ども」


包帯と薬持ってくるので、と新しい手ぬぐいを男に渡し、板の間を出ていった。
その後ろ姿を見、男は女の言っていた言葉を振り返っていた。

若い娘がこんな村外れの小さい小屋でたった一人で、唯一の兄を待ち続けている。

彼女が見せた表情や声音は一見強気な逞しい女を思わせたが、やはりどうしても、無理をしているようにしか見えなかったのだ。
悲しさは心の内に秘めて、彼女自身にさえもそういう感情を隠し通そうとする努力が垣間見られた。


男は痛みに歯を食い縛りながら自分の腹部の傷口の汚れを拭う。今まではただひたすらに刀を振るい自分の傷口なんて見る余地も無かったが、今こうして改めて目にすると激痛に頬をひきつらせてしまった。

そして何とか一度拭い終えたところに、女が包帯と薬の入ってるであろう小さい陶器の入れ物を手に戻ってきた。


「薬草すり潰した薬塗ります。かなりしみるけど我慢して下さいね」

「……え、かなり?マジで?――Σいぐッッ?!?!!υ」


男は彼女の言葉に一度怖じ気づいたが、それには容赦なく女は男の背中の傷に薬を落とした。
声にならない叫びを発しながら、男は上下左右前後へもがいた。


「頑張れーおさむらいさん」

女は男の反応を楽しむかのようににこやかに笑みながら薬を塗り続けた。


「んな他人事のように言うけどよッ――υ お前さん塗ったことあんのコレ――Σッい゙ぃ゙ででデデッッυυ コレッ、傷治る前にショックでおっ死ぬからッッ、――ねェ?!」

「よく効きますよ〜。祖父のまた祖父の時代から調合されてきた秘薬です」

「秘薬ってある意味コレ劇物だよ!?長年の間で違う意味の秘薬になったんじゃねーの?!」

「力抜いて大きくゆっくり息吐くと楽ですよ〜」

「…お嬢さん…ソレもっと早く言ってくれたら嬉しかったのになァυ」


男の苦笑混じりの声に、女は楽しそうにくすくすと笑いを溢した。




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