攘夷派で伍の御題





―――ドンドンッッ



村外れの古い小屋に夜半、戸を叩く音が聞こえた。


「――…誰かしら」


“ほつれ”を縫い合わせていた手ぬぐいを床に置き、女は腰をあげた。



――ドドンッ…

…ドッ…

トン…


「?!」


戸を叩く音がみるみる力無くなっていくのに異変を察知し、女は戸口に駆け寄って手を掛けた。

戸を引くと同時に、崩れるように男が一人小屋の中になだれ込んできた。


「――えっ、ちょっ…!?」


明らかに、それは深手を負った武士だった。

大量の血に紅く染まる白い戦着と、その銀色の髪。


「しっかり…!」


慌てて声を掛けて助け起こそうとする女に、その男は息を荒らした声で頼んだ。


「――すんません……ちょっと、休ませて…」


言われるまでもなく、女は肩を貸した。


「…いや、ここでいいんで……ちょっと腰下ろしてぇだけで…」

「ダメです。怪我人をこんな土間で休ませるなんて」

「……申し訳ねー…」


女の強い反対に男はそれ以上何も言えず、身を預けた。
女は男の左腕を自分の首の後ろに回し、背中を支えながら囲炉裏のある板の間へと連れていった。

土間から上がって壁まで行くと、女はゆっくり腕を解き、

「すぐ止血します。布巾持ってくるからここに寄り掛かっててください」

と立ち上がった。


「…すんませんッ、 水、ください」


男は血の混じった咳をしながら虚ろな目で女を見上げた。しかし女はキッパリと

「ダメです。こんなに怪我してる状態の人に物を食べさせたり飲ませたりしちゃ」

「……のど渇いたァ〜…」


再び土間に下りて釜戸に立つ女の後ろ姿を男はうらめしそうに見つめた。
心身共に弱り疲れ果てている男には、女の押しに抵抗する気力も湧いてこなく、ただ言われるがままだった。


「それだけ血を流してたら喉もカラカラになりますよ。…ハイ、このお湯で口だけゆすいで」


男は手渡されたお椀に入ったぬるま湯を口に含み、桶に吐き捨てを繰り返した。

ゆすいだ口を手の甲で拭いふと横にいる女を一瞥すると、彼女はもう一つ運んできた桶の中で白い手ぬぐいを固く搾っていた。


「はい、傷口拭くんで脱いでください」

「――わりィなホント。いきなり転がり込んだこんな汚ねぇ見ず知らずの男なのによォ」


男はそれに従って女が自分の鎧を取り外すのを手伝った。


「怪我人ですもん。当たり前です」


女は丁寧に男の首の後ろから泥や血を拭き取り始めた。
温かい手ぬぐいと彼女の手の力加減が男にとっては心地よく、急に安堵感が生まれてきた。

終始二人の間には沈黙が続いた。

男の広い背中は、古傷からまだ斬りつけられたばかりの新しいもので痛々しかった。


「……」


女は少し前のことを思い出していた。
前はよく、同じように傷だらけの背中を手当てしたものだ。
綺麗に血を拭い、綺麗に包帯を巻いてあげても、また同じところに多くの傷を作っては笑いながら帰ってくるのだった。

またやっちゃったよ、

と……


次にその笑顔が見れるのは今か今かと彼女は一人待ち続けているのだった。



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