攘夷派で伍の御題


その日も日没の頃、あたしは少しでも太陽の光を肌に浴びたくて壁にもたれながら小屋の外に出ようとした。

すると、真っ直ぐに視界に入ってきた風に舞う落ち葉の中にある後ろ姿。


「…晋…助…」


また、そうやってどこかへ行っちゃうの…

でもいつもなら避けているのかと思えるくらいあたしに気付かれないように出て行くのに、今日はそんな所に立ちすくんで、何だか堂々と…。

しかも気のせいだろうか、ほんの少しだけこちらを振り向いた…?


晋助は着流しの中で腕を組みながら歩き出し、みんなで寝泊まる小屋からだんだん遠ざかっていく。

とにかく、あたしはその後をついていってみる。毎回上手くかわされてきたから、こんなチャンスは無いと思った。


こんな時まで女んとこ行ったりしたら承知しないんだからっ!


身体のダルさをも忘れてしまいそうなくらい、あたしは夢中で晋助を追った。



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そして、町まで降りてきた。
この辺りの土地には二、三日前くらいに来たばかりだったから、当然あたしは町中に踏み入れるのは初めてで。

スルスルと人や建物の合間を縫っていく晋助の背中を見放してしまわないように、しっかり両目を開けて意識を保とうとした。

店の軒には綺麗な女の人たちが口元を袖で隠して悠然と立っている。あたしは視線を落とした。彼女達があたしを見て笑っているのは明確だった。

一応女物ではあるけど、あたしの今の格好はくすんでしまった生地にとても華やかとは言えない模様の着物で、さらに手足には汚れた包帯や剥き出しになった傷跡。

綺麗な首元胸元と、紅色の唇で男を誘ってしまう彼女達とは比べられたくなんかない。

…晋助がこういう所へ来たがるのも無理ないか…



「――えっ…?」


周りの様子が気になっていたほんのちょっとの間に、追いかけていた背中はどこにも見当たらなくなっていた。


「…うそ…晋助…?」


足元から不安が駆け上ってきた。
振り返って見渡したりしても全くその行方は分からず、耐えられなくなってあたしは走り出した。


…怖い。でも何が怖いのかワケ分かんない…

とにかく見つけ出さないと…!


混乱した恐怖があたしの中を渦巻く。今度こそ、身体中の痛みなんて忘れ去っていた。




あたしは川沿いに出た。柳の並木が黒く怪しく風に揺れている。
心臓は高鳴りを強めた。


石積みの堤は川に沿ってだいぶ向こうまで続いている。この辺りに出てきたことで視界が随分急にひらけた。
キョロキョロと見渡して晋助の姿を探す。


「…お願い、見つかってよ…晋助」


あたしもうホントに動けそうにない。身体がすごく重いんだ。

でも、あんたの姿見ればすぐにでも飛んでいける気がするんだ…



「――ぇぇ?もう行ってしまうの?」


艶やかにゆったりとした女の人の声がどこからともなくかすかにあたしの耳に入ってきた。

「――でもまた会いに来てくれるんでしょう?」


…遊女かな。喋り方とか、到底あたしには真似できそうな感じ。
きっと相手は男だろな。あんまり良く聞こえないけど…

他人の逢い引きなんて遭遇したくなくって耳を塞いでしまおうかと、そう思ってたところに聞こえてきた低い声であたしの身体中の神経が呼び起こされた。


「…どうだかな」


――Σ!!

しんすけっ…!



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あきゅろす。
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