攘夷派で伍の御題
12
「――!?」


戸をくぐってきた声の主を把握するや否や、娘はうつ伏せに地に倒れていた体を咄嗟に起き上がらせんとしたが、殴られた腹部に力が入らない。喉を出掛かった言葉が、苦痛のあまり声にならなかった。


――坂本…!


「何の騒ぎじゃぁ〜これァ?」


暢気にも、突如現れた男は店内にざわめく天人達を見渡している。しかしすぐに彼も、地に倒れ下から自分を見上げてくる娘に気が付いて

「なんじゃおんし!?どーしただか!?」

急ぎ助け起こした。


「…フン、まァいい。多勢に無勢だ。とっとと片付けてしまえ」


手やら肩やらを鳴らし、こちらに天人が近づいてきた。


「――くっ……コイツら…わしらの船を狙って…」


絞り出すように声を出して娘は天人たちを睨み付けた。それが坂本が天人たちを一瞥するのと重なって、

「…、な、何を躊躇っている!やってしまえェ!」

近付いてくる敵の足を一瞬怖じけさせた。


すると、坂本が地を蹴った。
目にも止まらぬ速さで側に置いてあった鉄パイプを掴み、それを天人に向かって鋭く振り下ろした。


――ガガンッ ドサッ

「…人が苦労して精魂込めて作ったもんを盗もうなんてゆーちょる奴ァ〜地獄へ落ちても知らんぜよ〜?」

「――ひ、ひるむなァァァ!」


数を利用して一斉に押し寄せてくる天人。
ほの暗い店の中で、金属や鉄やらが激しくぶつかり合う音が連続した。

時々娘のすぐ近くに灯されたままの小さな炎光に反射し、天人の黄色い牙や刀身の白銀が鋭く眩しく輝いた。


陶器の割れる音、工具がばらまかれる音、何か機械が倒れる音が娘の耳をつんざく。

両耳を覆ってしまいたいぐらいのものだった。

だがしかし視線だけは自分に背を向け立ち向かう坂本を必死に追っていた。


また気付いてしまった。
自分が知ろうとしないだけだった坂本の一面に…



「――ぐふっ…畜生……」


頭の天人が地に崩れる音を最後に、店内は静寂に戻った。
唖然としたままの娘に坂本は満足気に振り返った。


「人情の分からん奴は〜みんな御奉行ゆきじゃァ」


その笑顔や腕には、赤茶色い液体がベットリと…


「Σおんしッ血がっ…」

「ん?――あぁ、燃料の油が飛び散ったき〜。血は出ておらん」

「…油…」


娘はハッとして倒れている天人たちに視線を向けた。奴らは微かに呻き声を漏らし、その手足に未だ力を入れようとしている。


「…生きておる…?」


坂本は敵を殺してはいなかった。


「無用な殺しは好かないきに。生きて地球の掟をその身で学ばせるんじゃ」


油で汚れた横顔が、ニッと笑むのが見えた。


「………ふハハハっ」

「アレ?何で笑うんじゃ?」


腹がまだ痛むが、可笑しさの方が勝ってどんどん笑いが込み上げてくる。


「こんな夜半に忘れ物取りに来る奴がどこにおるか」

「仕方のうて。さっき気が付いたきに〜」


娘は思いっきり笑った。
そのおかげで大切な、自分たちの努力の結晶を失わずに済んだのだ。


「―― ありがとう 」



やがて騒がしさを聞き付けた町の民や奉行所の役人が店に来て、侵入者は御用となった。


坂本も大きな笑顔を咲かせたまま店を去り夜道を帰路についた。娘は彼を見送った後、部屋の奥へ下がって床についた。


ある決心を胸にしながら。






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あきゅろす。
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