攘夷派で伍の御題
10
晴天ならば月が一点に輝き始めるであろう頃合いに、二つの人影が町外れに駆け込んできた。
「…噂はデマじゃねーんだろうな?」
「心配ない。確かにこの町の造船組の人間共がそう言っていた。この天候なら表に出る人もそうはいるめぇ」
その正体は人間では無かった。不自然に伸びた歯牙と、長く奇妙な色をした手足。
「ケケケッ…人間は手先が器用だからなァ。下見してその出来をすぐ親分に知らせて、今夜決行だ」
大玉が転がるように鳴るだけの雷鳴が余計に気味悪く聞こえる中、それらの足は城下町の商店街に差し掛かった。
「年寄りじゃ一人いてもいなくても変わらねーが、女だけなんてそんなやりやすい状況はねぇな」
「…行くかィ」
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すでに時刻は商店街を歩く人も少なくなってきた頃。雷は止んだようだがまだ夜空の星達は姿を見せない。
娘は奥の部屋を出て、店に繋がる廊下を進んでいた。
素足に床がひんやりと冷たかった。ヒタヒタと静かな足音が響き、土間に降りると今度は草鞋が石床を擦った。
カウンターの脇に置かれた椅子の上に灯した蝋燭を置くと、顔を上げて店内を見渡した。
途中にしたままの操縦装置と、その横には祖父から最終確認を得るだけの組み立て終わった発動機。
そして、壁に掛かった船の設計図がぼんやりと明るく照らされている。
娘は草鞋を擦ってそれに歩み寄った。
『大義じゃ』
坂本の声が脳内にこだました。
それから、この図に拳銃を掲げた姿も蘇ってきた。
思い起こせばあっという間の二日間だった気がする。二日前までは坂本の来訪をあんなにも憂鬱に感じていたが、今はそんな気もまっさらに消えてしまっている。
「…、」
ふと視界に入った角机。その上には、
「…やはり頭は空じゃ」
坂本の持ち物の風呂敷が未だにあった。
…アイツ、銃だけ持って帰って他全部忘れちょる…υ
バカ。
…ボボッ
「、?」
突然、脇に置いてあった蝋燭の火が大きく揺らめき、照らされた設計図がユラッと動いたように見えた。
ふとその風上を向くと店の引き戸がほんの少し開いているのだった。
戸に近付くと表から流れ込んでくる生温い風が娘の頬を柔らかく、どこか気味悪く撫でた。
閉めたはずじゃったのに、と娘はもう一度取っ手に手をかけた。
――ガタタッ
「…?」
今度は背後で物音がした。
「……」
小さい炎で黄白くぼうっと明るい店内に、少なからず自分以外の何かの気配を感じた。
が、それが何かを把握する前に、
「――おぉ〜っと 動かない方が身のためだよォ?」
ひやりと鋭いものが娘の首元に突き付けられた。
「――…」
背筋を悪寒が走りそして横目に見たもの…
「お嬢さん、悪いがお前さんたちの努力の結晶はありがたくいただいていくぜ。ゥケケッ」
明らかに人間の物ではない奇色の肌をした人…
わらわらと、ざっと五、六人はいる天人が店内に姿を現した。
灯した火が唯一の光源となるぼうっとした暗さの中、娘は侵入者の一人に左肩をしっかり掴まれ、首筋に怪しく光る刃物のせいで身動きが取れない。
重いものが引きずられる音、鉄がガタガタとぶつかり合う音、天人の愉快に笑う声が聞こえた。
…わしらが作る“空飛ぶ船”を狙う輩がいるようだとは噂になっていたが…
油断した…まさか天人だったとは…
無用心だった自分の愚かさに娘は唇を強く噛んだ。
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