攘夷派で伍の御題



「今日は松陽先生に謝りに来たのだ」

武士なのに情けないな、先生がもしまだ生きておられたらとても顔向けできん、
と男は己を嘲笑した。


「世を変えるという思いは変わらぬ。
…だが、俺にはもうこの国を壊せない。
壊すには…かけがえない存在が多すぎる」

しゃがみ込み、地面の亀裂に咲く小さな白い花にそっと指を触れた。


「…男の人って、難しいですね」

娘は、父親がいつも口にしていた言葉を思い出していた。


「大事なものを守るために侍は戦う。けれど、その戦いが逆に他の大事なものを失う事になってしまうんだって…。
本当は、目に見える大事なもののほうが簡単に失いやすいんだって…」


フフ、という笑いが聞こえた。

「まさにその通りだ。己の意思だけで突き進んでいくと、気が付くと周りには何も残らなかった」


それはもうなるべくなら避けたいと思うようになってしまった、と男は付け足した。


「今日のこの墓参りも、もうただのエゴでしかないのかもしれない。
今の自分の思いを、せめて正直に恩師にお伝えしておこうと。さすれば自分も少しは報われるような気がしたのだ。
…歳をとると、いろいろなことまで考えるようになってしまうな。我武者羅に戦場を駆け回っていた昔が懐かしい」

「…先生なら、きっと分かってくれています」


男は笑みをこぼした。




さてと、と膝に手を付き男は立ち上がると、娘に向き直った。

そして、もう一度

「なかなか手を合わせに来る者もいないだろうと思って来てみたのだが…おぬしが気にかけてくれていたとは。さぞ松陽先生もお喜びのはずだ。
ありがとう」

と頭を下げた。



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あきゅろす。
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