攘夷派で伍の御題




翌日も楽天的な声が店にやってきた。


「はよーございますー」


店の土間ではもうすでに娘がガチャガチャと作業していた。


「アッハッハ。早いのー。さずがじゃ」

「よう眠れなかったんじゃ」


能天気に大声で笑う坂本にちらっと視線を向けた後、改めて工具を握り直した。


「そーかァ、まぁそんなこともあるろー。アッハッハ」


…誰のせいだと思っちょるんだ


坂本は娘の隣に歩み寄り前日のように両膝を地について、口元は笑んだままその作業の様子を見つめている。


昨日途中にした発動機の組み立てが明朝のうちに完成したので、次に娘は操縦装置に取り掛かっていた。

動力の大半を人力やからくりで動かしていた従来の船の操縦方法とは異なり、新しい船は電力など科学の力を使ったものを取り入れるようになっていた。

坂本は指一本で船が動かせるその操縦装置に一層胸を踊らせ目を輝かせた。


「空から見た日本はどんななんかのー」


にこにこと楽しそうに、娘の作業を眺める。


「きっと人間はみな米粒よりも小さかろう。天人もすごい文明を持っちょるきにー、宇宙は広いのー」


坂本は店の外を眺めた。
流れる雲に陽射しが遮られて、街の空気は明るくなったり曇ったりを繰り返していた。

娘は振り返って、後ろ頭をこちらに向ける男に問い掛けた。


「…おまん、攘夷は?」

「……」


坂本から返事は無かった。けれど、彼がその表情を変えたことが背後からでも見て取れた。
少し、ほんの少し、くるくるのパーマ頭を前に傾けたからだ。

それを見た娘はまた夕べのような気持ちになった。


「…すまん…」

「何を謝っちょる〜」


きょとんとした表情で娘を振り返った。今度はすぐに暢気な声が返ってきた。


「ちょっち戦争中のこと思いだしちょったんじゃ」


坂本は首の向きを正面に戻し、


「…たくさん仲間が死んでった…」

「……」

「がむしゃらに刀ば振り回しても、実際何も変わっちょらん…何のために皆は死んでったんじゃ…」


笑みを浮かべるその口の奥で、歯を強く噛みしめている。娘は持っていた工具を音を立てずにそっと下に置き、じっくりと言葉を紡んでいる男に向き直って黙ってその話を聞く。


「わしも初めはみんなと一緒に血まみれ泥まみれになって戦場ば駆け回っちょった。この国守るため、それがわしらにできることじゃと思ったきに…」


――じゃが…


「…天人の空飛ぶ船ば見た時、呆然としてしまったぜよ。…奴らはわしらと戦う敵じゃない」

「……」

「国守るゆうて生死懸けて戦っても結局死んだらそりゃ守ったことにならんぜよ。死んでいった一人一人みなわしの守りたかったもんじゃきに」


坂本はフッと笑んで、立ち上がった。
すると店内の奥にある角机に向かうと、風呂敷をそこに置いてバラッと広げた。娘からはその中身に何が入ってるのかは明確に見えなかったが、その内坂本が手に取ったのは、一丁の拳銃だった。


「…おんし、ソレ…?」


一流階級武士の中でもそう簡単には手に入らぬ物。天人の侵入によってここ最近は良く目にするようにはなったが…


「刀は振るえば斬れる。そんな単純明快な武器は他にはのぅて。それ故に相手を傷つけんのもいとも簡単じゃ。…じゃがこれは違うぜよ」


持った武器を、壁に掛けられた船の模型図に向けて構えた。


「この代物なら、人を傷付けずに事を解決することも可能じゃ。それで何人の命を無駄にせんで済む」

改良が必要じゃけどな、と付け足し。

そして坂本は構えていた腕を下ろし、一呼吸置いて後方にしゃがんでいる娘を振り返った。
にっこりと、今度は何の迷いもない笑顔が見れた。


「大義じゃ」




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あきゅろす。
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