攘夷派で伍の御題


けんど、と坂本が繋ぐ。


「わしゃ安心したぜよ。おんしには完全に嫌われちょる思っちょったが、普通に話しできるんじゃー。アッハッハ。よがったよがった。アッハッハ」


それに娘はキッと横目を向け

「何勘違いしちょる。わしはおまんのようなクルクルパー、今も昔も嫌いじゃ」

「アッハッハ……泣いていい?」

「…フハッ」


坂本がコロッと眉を下げてみせた表情に、拍子抜けした娘は思わず吹き出した。


その後もまた坂本は娘に船について根掘り葉堀り聞き込んだ。それに受け答えする娘の表情も気持ちも、時間が経過するにつれて次第に和らいでいくのだった。



――がしかし


「…この船に乗れば…戦争で失ったもん補うだけの幸せばたくさんの人に与えるっちゅーのは可能かのぅ?」

「……」


やや沈黙があった後の男の口からは、それまでとは明らかに違う質問が投げられた。娘に問い掛けたというよりも、自問しているかのような。

娘が振り向くと男は、口元こそは微笑んでいたがその横顔は悲しみを帯びていて…


「……」

彼に対して娘は何も返せなかった。

そしてしばしの沈黙が続いた。先ほどまでうるさいと思うくらい陽気な声で笑い飛ばしていたのに、一変して耳鳴りも聞こえてくるような静けさになった。

娘は知らぬ間に作業の手を止め、気になる坂本の次の言葉をじっと待つ。顔だけ少し振り向くと、坂本は船の発動機を一点に見つめていた。


店の外を走る子供たちの楽しげな笑い声が店内にもこだまする。


「…アッハッハ、すまんのぅ。わしゃ何を言うちょるだか」


するとまるでその笑い声に思い出させられたかのように坂本が急に大口を開けて笑い出した。そして膝に手をつきゆっくりと立ち上がった。


「子供たちが学舎から帰ってきよった。そんな時間になってたんかのー。楽しそうじゃ」


坂本に言われて、娘も初めて時の経過に気が付いた。山の峰々のすぐ上に橙に強く輝く陽が浮かんでいる。


「――じゃあ今日はそろそろ失礼しよう。とっても勉強なったきに。また明日来てもええんかが?」

「あぁ、構わん」


考えるよりも先に言葉が出たことに、娘は内心ハッとした。

文句のつけようのない笑顔で ほいじゃ、と手のひらを見せて店を出ていく坂本を、娘はその姿が完全に壁の向こうに見えなくなるまで見つめていた。


店の前の通りは、それぞれの家に帰ろうとする人々の声で賑わいでいた。みな、一日の終わりを心待ちにしていたと言わんばかりの満ちた表情で、仲間と別れを告げ帰路を歩いていく。

娘も組み立て作業を切りのよい所まで少し進め、ばらまいていた工具を箱に整理し立ち上がった。




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